天使の階級については、その読みも言語により様々です。本来なら統一すべきなのかもしれませんが、今回の小説では響き重視で選びました。
それと外骨格アシストですが、10年以上前に書いた「ガリア」で似たようなことをやってますね。今では怖くて読み返すこともできませんが・・・
実際こうした外部アシスト機能は、軍事だけに止まらず、医療分野での活躍が期待されています。
最初から読みたい方はこちら↓
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http://green.ap.teacup.com/applet/katsuta/msgcate23/archive?rev=1
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5 闇に降る光
「何を考えている。ドミニオンβ」
「何を…と、おっしゃいますと?」
「今回の『鎮魂の儀』に、お前が一切口を挟まなかったことだ。老ドミニオンαは胸を撫で下ろしているようだが、中にはいぶかる者もいる。私としてもいささか不安でな」
「デュミナスθ(シータ)。もちろん、今でも『鎮魂の儀』に疑問を抱いていることに変わりはありません。まして外界への干渉は本来我々――」
「分かっておる。アークエンジェル共が己の領分を越えて発言権を増していることは周知のこと。これはドミニオンとアークエンジェルの既得権争いの問題だけではないのだ。天界の不安定化は、やがてシェルにも波及する。我々デュミナスとしても看過できん問題だ。だがお前の本音はそれだけではなかろう?」
「私にも己の領分があります。ご存知のようにアジエルの件では、私はデュミナスの不満を買ってしまいました。もしあなたが賛同して下さらなければ、今頃私の立場はより厳しいものとなっていたことでしょう」
「何もお前を思ってのことではない。一つには教会の徳を高める意味合いもあった。水面下で広がる民衆の不満は、芸術の奨励や天使のガス抜きだけではなかなか難しいのが実情だ。まして教会の言葉は以前ほど民衆に届いてはおらぬ。しかし何より、ドミニオンのナンバー2であるお前の言葉を否定すれば、ますますアークエンジェルの増長を招く。やむを得ずそうしたまでだ」
「ドミニオンとアークエンジェルが反目しあうのは、己が領分をわきまえてさえ自然なこと。相容れることはありません。しかしそのバランスこそが、天界の安定を司ってきました。事の発端は私の領分を越えた失言にあったとはいえ、デュミナスθの判断は賢明でした」
「失言?――フン、私はそうは思っておらん」
「と、おっしゃいますと?」
「天使球が新しい発見をもたらしたのではないか…とな。お前は天界内に生まれた緊張をこれ幸いに、何かを目論んでいる。違うか?」
「その考えはデュミナス議会全体の総意ですか?」
「いや、私個人の勝手な憶測だ。そして仮に真実であったとしても、お前が上級三隊天使のため。ひいては天界の安定のためにのみ動いていると、私は信じている」
「…デュミナスθ」
「どうした。改まって…?」
「私の天性を見出して下さったあなただから言いますが…、感じるのです」
「いったい何を?」
「『予兆』です。この世界を変える者が現れるという、確かな…」
「まさかお前はそれを望むのか?」
「恐らく…」
「ドミニオンβ!それは安定の放棄ではないのか?お前がそのようなことで――」
「違います、デュミナスθ。或いはその者の言葉には、上級三隊天使すらも従わなければならないかもしれません。いえ、そうなる予感があるのです。なぜなら夜ごと、私の夢の中にある者がやってくる啓示と、その者を示す言葉が…」
「それは一体、どんな言葉なのだ?」
「『私はαでありΩである』…と」
・ ・ ・
ジェスは、上からゆっくりと水中を沈降する潜水服の姿を捉えた。暗闇の中にあってもその輪郭は光に縁取られ、クッキリとした姿が浮かび上がって見える。やがてそれは水底の砂を微かに巻き上げる光を放ちながら、やや猫背気味に両足で綺麗に着底した。バランスもほとんど崩した様子はない。
(スパーキーの初降下の時よりうまいな…)
ジェスはそんなことを思う。だがそれは、アジエルが余計な思考をせず、それ故に力みがないからでもあった。
次にジェスは、潜水服の右腕にある突起から幅1p程のコードを引き出し、その先端をアジエルの左腕にある穴にねじり込むように接続した。
潜水服の手は一見して人間の手と変わらなかったが、実際はロボットハンドだった。潜水服内にある手袋型のマニピュレーターを動かすことで、ロボットハンドも連動して動く仕組みだ。そのため潜水服の腕は手首の辺りで一番太く、長さも少し長めだ。
〈…こ…ザザザ…通信が再…ザザ…はずだ。どうだ、アジエル。聞こえるか?〉
〈はい、チーフ。聞こえます〉
〈OK。まずは感想を聞こうか。初めてのシェオルはどうだ?〉
ジェスは言い終えてから、シェオルという俗語を初めてアジエルに使ったことに思い立った。
〈想像していたより深いと思いました。チーフ〉
アジエルは何の突っかかりもなく答えた。ダカールとの会話をちゃんと聞いていたのか、言葉の流れで理解したのか。いずれにしろ外界を意識していることにジェスは安堵した。それともう一つ、アジエルが地下水脈の深さを事前に想像していたことにも。
〈ここは水深にして200メートル近くある。生身のまま外に飛び出したら水圧で肺がペシャンコになる深さだ。幸いこの潜水服は水深8千メートルまで耐えられるよう設計されている。転んだぐらいで壊れちまうようなことはないから、保険には十分だろう〉
〈はい、チーフ〉
〈じゃあ、次だ。そのバイザーからどんな景色が見える?」
〈闇の中にチーフの潜水服が見えます。それと…遠くに他の人達の姿と、山や柱のようなものも見えます〉
ジェス達は一番最後に降下したため、他の者達は既にだいぶ離れた場所を歩いていた。潜水士達は降下地点から放射状に広がり、西側の水底をくまなく探索していく。ただしジェス達だけは、訓練も兼ねて東側ルートに向かう予定になっていた。
〈まぁ、いいだろう。だがそれは見えているんじゃない。バイザーの機能によって強調された輪郭線の光を捉えているだけだ。そうだな?〉
〈はい、チーフ〉
〈流刑地の技術者にとってもそいつの理屈はさっぱりだが、おかげで闇の中でもどうにか行動することができるってわけだ。ただしそいつは万能じゃない。足元を見てみろ〉
〈はい、見ました。チーフ〉
アジエルは返事に関しては律儀だったが、会話をそれ以上自分から膨らませることは一切しようとしない。
〈闇の中に俺達の姿が浮いているように見えるだろ?つまりこの機能は、境界がハッキリしているものは強調して光の輪郭線を描いてくれるが、なだらかなものに対しては反応しない。こいつが意外と厄介でな。慣れないうちは、人間の平衡感覚を失わせちまうんだ。地平面の起伏をグリッド表示してくれる機能もないわけじゃないんだが、そのためにはアクティブに働きかけて周辺を走査する必要がある。だがそいつはこのシェオルじゃ一番やっちゃいけない方法だ。危険な生物をおびき寄せちまうからな〉
普通ならここで危険な生物について質問するものだ。スパーキーもそうだった。だがアジエルは何の反応も示さなかった。
ジェスは納得がいかないまでも、構わずに先に進んだ。左腕に装着された端末をいじり、今度は胸の前辺りの、何もない空間に向かって右人差し指をポンポンと叩くそぶりをした。すると不意に潜水服の何カ所かでライトが点り、地面を照らす。
〈これで足元も確かになる。慣れればあまり必要ないが、今回はこれで探索に出る。説明するから同じようにやってみろ〉
ジェスの説明を受けながら、アジエルは同じように左腕の端末を操作した。すると不意にアジエルの目の前――正に胸の辺りにモニター画面のようなものが浮かび上がり、文字情報で次の操作を要求してきた。搭乗者のバイザー越しにしか見えないバーチャルなものだ。その架空のモニターに対してタッチパネル操作(物理的接触は一切ないが)を行うことで、潜水服の様々な機能を呼び起こすことができるわけだ。
〈OK。じゃあ次は歩行だ。この潜水服は重量にして約300sある。浮力が調整されているとはいえ、質量そのものが変わるわけじゃない。そんなものを着ながら人間が動き回るなんてことは普通なら不可能だ。歩いてみろ」
〈はい、チーフ〉
アジエルは疑問を投げかけることもなく、それに従った。1歩踏み出したその様は、月面をヨタヨタと歩く宇宙服さながらだ。アジエルは着地の際にバランスを崩しながらも何とか踏み止まり、2歩、3歩と水底を歩いて見せた。
〈強制的に別の力が働いたのが分かるか?〉
〈はい、チーフ〉
〈そいつが外骨格アシストだ。搭乗者の動作を感知して、筋力では補えない分の力を補助してくれる。こいつも学習型だ。じきアジエルの動きや筋力と完全に同期して、フラつくこともなくなるはずだ〉
〈はい、チーフ〉
ジェスは微かに顔をしかめた。ヘルメット内は計器や情報表示の明かり、或いは地面を照らすライトの間接光を頼りに、朧気ながら搭乗者の表情を確認することができる。終始うつむきがちのアジエルも、返事をする時だけは微かに顔をあげるのだが、しかしそれでも、その瞳は捕らえどころがなかった。相手を見ているのかいないのか…
ジェスは気持ちを切り替える。この程度のことは想定済みだ。
〈まずはこんなもんだ。さてと、東へ向けて楽しい水中散歩としゃれ込もうか〉
〈はい、チーフ〉
相も変わらぬ返事。
ジェスはため息混じりに、上部バイザーから天を仰いだ。そこには地下水脈にゆっくりと降り注ぐ塵のような降着物が、バイザーの強調処理により闇の中で浮かび上がって見える。光は降りてきているのかいないのか…
永遠に続くかと思えるアジエルの変わりばえのない返答に、さすがのジェスも憂鬱にならずにはいられなかった。
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