「13日の金曜日、でも私は仏教徒だからただの一日」
茶陶
黒楽茶碗を生み出した千利休と織部焼を生み出した古田織部。
千利休の茶を「侘び寂び」とあらわし、
古田織部の茶を「きれい寂び」とあらわすらしい。
茶室にも2人の特徴がよくあらわれ、
晩年の利休の茶室は、二畳台目や一畳台目など無駄(世間の塵)をどんどん省いてゆき、そこに客と亭主が一碗の茶を介して向き合う世界を追求したのだろうか?
ところが、利休の高弟である織部は武士であったからでしょうか、
二畳台目では、お成り、つまり秀吉や将軍などの訪問の際には狭すぎると、
三畳台目をより好んだようです。
同じ武士で信長の弟の織田有楽も、
「二畳半、一畳半などは、客をくるしめるに似たり」といっています。
茶は「おもてなしの心」といっていますが、
「もてなす」といっても人それぞれ、いろいろな角度から見ていかないと
気づかないこともあるのだとうなぁ。
最近、「数寄の革命」児島孝著をよんでいて、
はっ!! と気づいたことがありました。
はっ!というか、やっと気づいたことかもしれません。
なぜ、茶の湯の世界が居心地が良いのか・・・・
茶の湯の世界には、「自己主張が少なく、ささいな言動や行動のはしばしから相手の意図、気持ちを推測する」そんな日本人の性向が大切にされているからなのかもしれません。
適当な銘が浮かばない何気ない茶碗ですが、
こういう茶碗で茶が飲めるような時間を目指そうかなぁ。
でも、現在では織部風のきれい寂びの方が受け入れやすいですかね。


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