朝、テツから携帯に電話。寝ていたので半分寝ぼけて電話を受ける。盆に東京から帰ってきたから、例年通り飲もうという誘いだと思い、寝ぼけた声で応じたら、おやじさんが亡くなったと言う。明日6時通夜、明後日葬式の予定を知らせる電話だった。そうか、とだけ言い、わかったと言い、電話を切る。
テツのおやじさんは国道18号を自転車で横切ろうとして交通事故に遭い、長いこと自宅で寝ていた。毎夜、夜中に何度もおやじさんから小便の用で起こされるようになって、おふくろさんが共倒れになりそうになり、おやじさんは介護施設に入った。テツは東京に仕事があるので、家族で東京に住んでいたが、毎週土日に帰っていた。おふくろさんは、自宅からおやじさんが入っている介護施設に通っていたのだと思う。
昨夜10時に亡くなったそうだ。おやじさんは、盆で介護施設から自宅に帰ってきていたのかもしれない。ここで死にたいと思い、死んだのではないか。その頃、俺は頭の毛を刈っていた。盆と正月頃、年に二回しか刈らない。ぼさぼさしてきていたのを丸坊主にした。テツのおやじさんは俺の頭が丸坊主になった頃、亡くなった。頭の毛というものは、刈られてからどのくらい生きているものなのか。あれは刈られたら死ぬのだろうか。
こっちからテツに電話し、何か手伝うことはないかと聞いた。葬儀屋に全部やってもらうから、何も手伝いは要らないと言われる。
女房にテツのおやじさんの死を知らせたら、女房が泣き出した。小島に住んでいた頃、女房はちょくちょくテツの家に遊びに行き、世話になっていた。
ひとまず女房と線香をあげに行く。玄関から入って左の部屋に、おやじさんは横たわっていた。掛け布団が金色の布で覆われていた。鉦を鳴らし線香に火をつける。手を合わせる。目を閉じる。ごくろうさんでしたと胸で言う。テツの息子さんに顔を覆っている布を取ってもらい、おやじさんの顔を見た。女房がまた泣き出した。このおやじさんは、東京の下町の男によくあるような、気持ちがさっぱりした人だった。口数は少ないが、気持ちのさっぱりした感じは少し話すだけで伝わってきた。
高校生の頃からテツの家には遊びに行ったので、おやじさんと顔を合わせた回数は女房より俺の方が多いだろう。しかし、顔を合わせれば頭を下げる程度の挨拶をしただけで、あんまり話をしたことがない。女房は、テツのおふくろさんのところによく遊びに行っていたから、おやじさんとも一緒にテーブルや炬燵を囲んだりしたのだと思う。女房は話し好きだから、おやじさんとも俺よりもたくさん話をしたのだと思う。
テツの息子さんに、おやじさんの顔を布で覆ってもらい、そのまま玄関に出る。俺たちより先に、焼香に来ていた人が別の部屋でおふくろさんと話していたので、おふくろさんを忙しくさせてはいけないから、そのまま帰ろうとした。おふくろさんがお茶を飲んでいけと玄関まで出てきてくれた。明日、お通夜に来るから、今日はこれで失礼すると言い帰宅する。テツは、お寺に打ち合わせに行っていて留守だった。
ウドから何時に来るかという電話。行くことに決める。
何年か前からウドが上田の郊外に古い農家を買って住居として再生させているのは知っていた。まだ一度も訪ねて行ったことはなかった。その再生中の家を見に行くのである。
お盆の前、12日(お花市の日)、トミコの実家の前を車で通ったら、ウドがいたので車を止めて窓を開けて話した。町の食堂から、使用済みのてんぷら油を集めてきて、ディーゼル車の燃料を作っているところだという話だった。装置を見せるというから、車から出て装置を見た。ウドとは何度も喧嘩して、その度にしばらく顔を合わせないようなことを繰り返したが、久しぶりに会うと懐かしい。
その日の夜、お花市で女房と娘が西沢書店の前にテントを張り、雑貨を売った。その中に、タイから買ってきた真鍮の家具の取手があり、ウドが見て全部買うと言ったそうだ。翌日、店まで取りに来ることになったとのことだった。俺は女房と娘が店を張っている間、シロウにビールをおごってもらって、路上のビヤホールで飲んでいた。
翌日、村田君がホームページに載せる予定の音声ファイルを取りにきた。DVD書き込み用のドライブをパソコンが認識しないので、村田君に見てもらっているとき、庭の話し声でウドが来たのがわかった。女房が、ウドさんが来ていると言いにきたが、ちょっと待たせておくように言い、パソコンをいじり続けた。パソコンがDVDドライブを認識しないのは、100Vから電源を供給するコンセントの口の内部が壊れていたせいだという馬鹿らしい原因がわかり、拍子抜けして疲れが出た。庭のテーブルに出てウドと話す。今日、バーベキューをやらないかと言うと、いいねと言うことになり、ウドはいったん家に帰った。
夕方、ウドが来てトミコに何度か携帯から電話する。バーベキューをやるからネイシサンちへ来いと言い、電話でもめている。先祖をお墓に迎えに行くので、行かれないとトミコが言っているらしかった。今日は大事な日だとウドに言うが、お盆の何が大事なのかウドはわからない。お盆は好きじゃないと言う。好きか嫌いかというような問題ではないが、ひとまずウドと飲み始める。お前はどうしてお墓に行かないのかとウドが俺に言う。俺のおやじの家の人たちが迎えに行く。俺は明日おやじの家へ行き、自分で作った野菜など仏壇の前に供えて、先祖にお線香をあげると言うと、わかったと言う。うちの家族とウドだけで飲んで食っているうちに、9時頃になってトミコとトミコのおやじさん、トミコの姉さんと二人の息子、ウドの娘のヴェラと息子のルーカスが来た。いっきょに子供の数が増える。孫がはしゃぐ。家の一階は土足で走り回れるので、子供達が庭を走り回り、そのまま家に飛び込んで家の中を走り回り、飛び出してきて、庭を走り、家の前の公園を走り回り、また家の中に飛び込む。めまぐるしく走り回る。誰か固いところで転んでひっくり返るのではないかとひやひやする。その後、花火をしてルーカスが指に火傷をした。トミコのおやじさんは、途中からカラオケに行った。ウドが再生中の家を見に来いと言う。行きたいと思っていたが、これまで今日という日がなかったので、お盆休みの間に行こうと思い、行くと返事をした。いつ来るとウドが言う。両方の都合のつく直近の日が日曜日(今日)だった。
娘も孫も楽しみにした。だけどテツのおやじさんが亡くなった。どうしようかと思ったが、テツから手伝いは要らないと言われたし、ウドからの電話では、うちの人数分、すでにバーベキューの準備にかかっている様子だった。2時半に着くように行くと返事をする。
それほど苦労せず、家がみつかる。もっと山の中かと思っていたが、50軒ほどの民家が集まった谷の一番東寄りに再生中の家があった。日本の古い家具や、天井を剥いで、剥き出しにした梁などいい感じになっている。梁はわざわざヤスリをかけて、ステインを塗ったらしく、日本人が剥き出しのまま使っているのとテイストが違う。ヨーロッパのテイストと日本の昔の民家のテイストがちょうど半分半分くらいに混じっていて、奇妙に調和がとれている。
ウドの家の裏側は斜面になっていて、畑の中に梨の木が一本生えている。家の屋根より高い斜面にある梨の木の下にテーブルがあり、そこで飲んで食うことになる。長野市郊外から、三十代くらいの女の人とその娘さんが遊びに来ていた。孫はさっそくルーカスと遊び始めて、バーベキューの火の回りや飲んでるテーブルの回りには来ない。家の二階でルーカスのおもちゃで遊んでいるらしい。バーベキューの場所からすぐ下にウドの家の屋根が見える。新しくした瓦屋根がきれいに見える。その向こうに山の裾まで集落が広がっている。
娘がトミコと大笑いしながらよく話した。ウドはしょっちゅう俺と喧嘩した頃とくらべると、ずいぶんと日本語が上手になった。女房とウドは日本語でよく話していた。
ウドの家の裏の斜面の土は硬いらしく、横穴を掘った室がある。戦争中の防空壕ではないらしい。東京の大学から調査に来たとのことで、明治時代に作られたものだとわかった。4メートルほど奥まで一本の横穴があり、そこで左右に分かれている。入ってみなかったのでわからないが、上から見てT字型の横穴だろう。この横穴に女房と娘が腰をこごめながら、孫やルーカスと一緒に入ったらしい。穴の行き止まりから入口を振り返ったら、入口から入ってくる光の中で、苔がすごくきれいだったと娘が言った。私は入ったことがないとトミコが言った。入らない方がいい、入ったら、途中でつっかかって出られなくなると俺が言った。トミコはふくぶくしいので、途中でつっかかる可能性があるのだ。トミコは大笑いしたが、大笑いしているうちにむかついたのか、「根石さん、肩こってる?」と言い、俺の肩を揉み、やたら力を入れて俺の肩を痛くした。思わず、「痛えな」と声に出た。
ウドが一連のやりとりがわからなくて、どんな話なんだとトミコに聞き、トミコが英語で説明する。途中でつっかかって出られなくなると俺が言った場面で、ウドが爆発したように笑い、俺の肩を叩いたが、トミコがウドに、あんた自分の女房がからかわれたのに、その態度は何だとからんだら、ウドは急にまじめになって、「ネイシさん、駄目ね、そういうこと言っちゃ」と日本語で言った。俺を叱る目が笑っていると言って、トミコはさらにウドにからんだ。
暗くなって、涼しくなる。ウドは中国製のちょうちんを五つ、梨の木の枝からぶらさげた。ちょうちんの明かりで、テーブルの上が見えるし、風にゆれて面白い。
八時過ぎ、畑の斜面を降り、家の中に入る。ウドは上田の森林組合の仕事を受けて、きこりをやりながら、家の再生をやっているので、間伐で出たヒノキを使って、古い家の構造を補強したり、クリの木で窓枠を作ったりしたところがある。台所になる予定の部屋に、大型のキッチンストーブがあり、女房、孫がウドから説明されていた。俺はフラッシュを焚いて、あちこち歩き回り写真を撮ったが、フラッシュの光りがあまり届かず、うまく撮れなかった。
ずいぶんと歓待してもらった。うちの庭でやったバーベキューは、ごく簡単なものだったので申し訳ない気もした。ウドの家族に見送られて帰路。今日で孫の夏休みは終わり。さんざ走り回ったので、孫は車の中で喉が渇いたと言った。コンビニに寄りジュースを買ったら、今度は腹が減ったと言う。そういえば、孫はルーカスの部屋で遊んでから、ルーカスと一緒にやたらあちこちを走り回り、あんまり食べていない。近くのラーメン屋に入り、孫の分として、つけめんを注文。大人は腹がいっぱいなので、大人の分はウーロン茶を頼む。人がよく入っているラーメン屋なので、この店はうまいかもしれないぞと言い、ラーメンを一杯頼み、大人で分けて食べる。うまい。上田方面に来たとき、寄る店の候補が一つできた。
8月上旬、日本海に遊びに行ったとき寄った上越のラーメン屋もうまいラーメンを出した。若い人が本気で作っているラーメン屋がぼちぼち出来てきた。ラーメン屋のうまい店なんか、この辺にはねえよとずっと言ってきたが、少しは出来てきている。少し値段が高いが、まずいラーメンを食って不機嫌になるよりはいい。
再度帰路。上山田の亀の湯に行こうと思っていたが、車の中で孫がこっくりこっくりした。お湯はやめとくかと言ったら、孫が目を覚まして、まだ寝ていないと言う。しかし、亀の湯に近づくと、お湯へ入らずに帰って寝ると言ったので家に直行する。
香取線香を用意するウド
一番手前がウドが再生中の古い民家。
綺麗な人とうちの孫。綺麗な人を撮ると手ぶれする。
トミコ。べらんめえの英語を猛スピードでしゃべる能力あり。トミコを撮ると、ピントが合わない。
左から、美人、ウド、女房。
肉をゲットし、ルーカス先輩(小五?)をまたぐうちの孫。
ウドと娘のビーちゃん。「ビーちゃん」と呼ぶとウドが文句を言う。「ヴィーちゃん」と呼ぶと、ウドはうんうんと言う。
うちの女たち。二人ともとても恐い人たち。
右からウド。ビーちゃん、美人、美人の娘。
夕暮れ、談笑する人々。って言っても、ウドと家の連中だけど・・・。
ウドんちで飼ってる猫。
ウドが梨の木につり下げた「トミコに似ている提灯」。「提灯に似ているトミコ」は禁句。肩を揉まれる。
禁煙してるくせに煙草を吸って、ビーちゃんに怒られる寸前。
キッチンストーブを説明するウド。聞いているうちの孫と女房。黄色い背中は、もうさんざ聞いたという様子のルーカス。
放置された日本の古い家屋が再生されていく。

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