「今までに、あなたは誰かをこころから愛したことがありますか?
何一つ変わっていないのに、その人だけがいない感じが、どんなものか、その寂しさがわかりますか?」
これは、あの「冬のソナタ」の一場面でのユジンのせりふです。
家族、友人を亡くしたことがある人なら、本当にこの気持ちは良くわかります。
どんな人の命だってとってもとっても大切なものなんです。
それぞれに名前があり、生活をして、生きていました。
友達があり、家族があり、かけがえのない人だったはずです。
断じて、数じゃない。
「何人死んだ」なんて言ってほしくない。
残った人たちは
「あの時ああすればよかった」
「つまらない意地を張って殆どしゃべらなかった。あのとき素直に--」
「自分がおくれていったから---」
こんなことを ずっと ずっと 考えて生きてきています。
そういう思いがあったからこそ、あの無茶苦茶な戦争に負けて、新しい憲法をつくろうとなった時に、自らがアジア全体に未曾有の惨禍をひきおこし、同じく沖縄、大空襲、広島、長崎で膨大な非戦闘員の死者をうんでしまったことを激しく省みて、憲法のあの前文と九条を中心に据えたのではないでしょうか---。
それをまた、国の名にもとに軍隊を持とうなんて---。
不可抗力でも事故でもなく、国家の意思で戦争が始められるようにして、人々の生をむりやり絶ち切れる ようにするなんて、ひどいじゃないか。
なんで安易に戦力に頼ろうという考え方に行くのか
自衛のためといわない戦争なんてないんだ。
交戦権というのは「国家による殺戮」におすみつきを与える事なんだよ。
皆、認めちゃいけないよ。
人間ならやっちゃいけないことがあるでしょう。 そういい続けることが外交じゃないの。
9.11の後、アメリカ中で報復攻撃の声があがったときに、犠牲者の家族 「Peaceful Tommorows」の人たちの選んだ行動は、まさに日本国憲法を実践する行動だったとあらためて思います。
私たちが絵に描いた餅にしていて良いはずはないですよね。

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