10.21浅草ウオーク−デモ編
声を聞き、歩くことからはじめてみよう。
戦後補償のゆがみを正し、「すべての人々が分かち合える平和」を求める。
意味の深い言葉だとおもう。
昨年に続いて二回目、政府の唱える受忍論を突破するために、被爆者、東京空襲被害者、中国残留孤児、重慶爆撃被害者がみんなで浅草を歩く。 なかをとりもっているのは、ボランティア、和・ピースリングの人々。
まさに ”ゆがみを正し、「すべての人々が分かち合える平和」を”実現したいとその一点でつながっている。
この浅草は二天門以外がすべて焼け落ちた。
そして言問橋の上では一瞬にして5000人が焼け死んだ。
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今年は 警備担当という役割だったが、年配の方々になるべくゆっくりあるいていただくこと、わき道からの車に注意するぐらいである。あとは隊列が切られたときの調整と伝令ぐらいか。
台東区民会館をでて馬車道、言問通、国際通、浅草通、雷門、と観音様のまわりを一周し吾妻橋で解散となる。
快晴の中、汗ばむくらいの陽気の中のウオークとなった。
年配の方がほとんどだが、中年や青年もいる。
雷門前
旗をもっているのは地元のSさん。去年も旗をもっていただいた。
神谷バー前
ビラの受け取りは大変いい。沿道からの応援の声もかかる。
浅草ならでは、花嫁花婿が人力で。
中国残留孤児の方々 未だに日本語が覚束ない。政府は言葉を教えることさえ満足にしていない。
車椅子で行進される名古屋空襲の被害者
一戔五厘の旗
デモの趣旨を訴えるやまさん
音楽がながれる。 ふるさと、エノケン、イムジン河・・
赤いのぼりは東京空襲被害者、青いたすきが被爆者、
今年は、原爆の実物大模型がでた。長崎に落とされたファットマンである。 被爆者の福地さんというかたが製作された。 その福地さんは裁判の勝訴判決を聞けずに亡くなられた。
ファットマンを引く若者
殺すな、小田マサノリさん製作、岡本太郎の眼と字。持っているのは S野さん。
最後尾を歩く市民、ボランティア
さまざまなプラカード、自分のオリジナルを一つ持ってくる。
ここからはじまる。
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翌日の東京新聞Web版に載った。
来年も歩きたい。

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