▼ 歴史を知らずに中国を語るなかれ
私は,10月14日から北京への祐気とり旅行記を連載したが,田中宇氏はその直後から「台頭する中国の内と外」と称する中国礼賛記事を連載し始めた.
◆台頭する中国の内と外(有料記事)
http://tanakanews.com/091016china.php
どうも田中氏は,中国に有利な記事ばかり集めて脚色,誇張し,中国に不利な記事やニュースは無視,過小評価するか,「裏読み」によって珍妙な結論を導く傾向がある.一方で,米英に対する分析は切れ味鋭く,その影の部分を深くえぐっている.そのため,ドルや米英関連の記事は,素直に読んでも差し支えないが,中国や特亜関係の記事は,眉に唾をつけて読むか,反対側から考察した分析と併せて読むことが必要だ.
田中氏は,米英関連の記事は,歴史をさかのぼって,詳細に分析しているが,肝心の中国の歴史については,モンゴルとイスラムの交流など,あまり本質的ではない歴史談義に留まり,非常に重要な近代中国の歴史について完全にスルーしている.(この時期にモンゴルとイスラムの関係を話題にしたのは,ウイグル暴動で中国がイスラム社会を敵に回したことに対する反駁という意味があったのであろう)
世界史解読(1)モンゴル帝国とイスラム
http://tanakanews.com/090819history.htm
これからの中国を語る上で,近代中国の歴史分析は欠かすことができない.特に清朝末期からトウ小平の改革開放までは,中国の失敗と苦悩が凝縮された歴史の宝庫である.このあたりの歴史を駆け足で振り返りながら,今回の北京旅行の総括をしたいと思う.
▼ 清朝と漢民族
清は,満州に住む女真族による中国支配で成立した国である.
明の末期、李自成の乱によって北京が攻略されて明が滅んだ。清は明の遺臣であった呉三桂の要請に応じ、万里の長城を越えて李自成を破った。こうして1644年に清は首都を北京に遷し、中国支配を開始した(「清の入関」)。しかし、中国南部には明の残党勢力(南明)が興り、とくに鄭成功は台湾に拠って頑強な抵抗を繰り広げた。
異民族である満州族の支配を漢民族が比較的容易に受け入れた背景には、明の王室を武力によって取って替わったのではなく、明を滅ぼした李自成を逆賊として討伐し、自殺に追いやられた崇禎帝の陵墓を整備するなど、あくまで明の後を継いだことを前面に出していた事が考えられる(Wikipedia)
明の滅亡に限らず,漢民族は「内紛」「権力闘争」が大好きである.これは秦の始皇帝による史上初の中国統一以来,現在の共産党政権まで決して変わらない民族のDNAである.そのため,漢民族の王朝は,比較的短期間で,南北に分かれたり,内紛が絶えなかったりと安定経営が困難であった.「創業は易く,守成は難い」とは漢民族の格言である.
一方で,異民族であるモンゴル人や満州人が中国を支配した場合,その体制は強固であり,版図も著しく拡大したことは歴史が証明している.世界の歴史上最大の帝国は「元王朝」である.少数民族のモンゴル人が広大な中国大陸と漢民族を支配したのは,モンゴル人たちが少数であるがゆえに,出自にとらわれずに,有能な官吏を積極的に登用し,「支配者」としての技術を存分に発揮したからである.
漢民族は,才能豊かな民族であり,歴史的に優れた文化や芸術を残してきた.わが日本の文化も,元をたどれば中国から輸入されたものだ.しかし,漢民族は「支配される」ことによって素晴らしい才能発揮するが,「支配者」としての才能は著しく劣っている.元王朝も清王朝も,このことをよく理解しており,漢民族を「被支配民族」として上手に活用することで,彼らの才能を引き出して帝国経営を成功させたのだ.
▼中国人移民の歴史
中国人は,世界一の移民民族であり,政治の安定している欧米のみならず,東南アジアにも大勢の中国人が存在する.中国人の移民願望は筋金入りであり,その歴史は古い.移民の端緒は唐の時代であるが,本格的に展開したのは明の時代である.明王朝は太祖の朱元璋が貧農出身だったこともあり,重農政策を基本として,対外貿易は海禁政策によって禁止してしまった.
それに不満を持った福建省や広東省などの華南地区の中国人は,密貿易を盛んに行い,一部は「倭寇」となった(倭寇は日本人海賊ではなく,半数以上は海禁政策に反発した華南人との説が有力である).明朝の腐敗と重税と人口増加を背景にて東南アジアに流出する中国人が続出した.現在においても東南アジア社会の経済を握っているのは華人である(現地の人間による華人への反発は相当に根強く,暴動が起きるたびに中華街は放火される).
清朝の末期,英国によるシンガポールの開発が始まり,労働力として中国人が東南アジア地域に流入するようになった.1842年にアヘン戦争の敗北による南京条約の締結で,中国人の対外流出が本格化する.アヘン戦争後の銀の高騰と重税に苦しむ農民たちが,海外資本やそれらと結託した中国人ブローカーの手によって各地に「輸出」された.
移民先の国では,強固な団結力をもつ中国人に対する排斥運動が頻発し,中国人は祖国からも移民先からも苦汁なめさせられたことになる.そのため,在外華人は祖国の発展を願い,孫文による辛亥革命を支持した.日中戦争においても華人は国民党政府に多大な支援を行い,自ら志願して日本との戦いの前線に赴くものも多かった.しかし,そのために太平洋戦争によって東南アジアが日本の占領下に置かれた時に,日本軍によって数万の華人が虐殺されたと言われる.
世界中で華人に対する警戒は強く,マレーシアのマハティール首相は,露骨な現地人優遇政策をとった.インドネシアにおいては,共産党が軍部によって壊滅に追い込まれ,スカルノに代わってスハルトが権力を握ると,インドネシア共産党に加盟していた華人とそのシンパ数十万人が虐殺されたともいう.また,中国本国の文化大革命が激化した時期には,在外華人とその親族はブルジョワ・知識人・スパイとして迫害を受けた.
トウ小平によって改革開放政策がとられるようになると,中国も在外華人との関係改善に乗りだし,香港やシンガポールの華僑による対中投資も活発化した.そして台湾が1987年に政策の大転換を行って大陸との交流を認めた結果,台湾の人・モノ・カネも中国本土に流れて,これが中国の華南地区を爆発的に経済成長させる原動力となった.
しかし,改革開放以降も中国人の「移民熱」は決して収まらなかった.香港変化前には,大勢の香港人がカナダなどへ移民した.また中国本土からは,密入国など手段を選らず米国やカナダ,豪州へ移民する中国人が後を絶たなかった.このあたりの詳しい事情は田中宇氏の2000年の記事が秀逸である.
移民問題(2)アメリカをめざす中国人
http://tanakanews.com/a0911china.htm
▼福建省は今も密航者の震源地
福建省の沿岸部が多くの移民を輩出してきた歴史は、今も続いている。最近ヨーロッパに適正なパスポートやビザを持たずに入ろうとして検挙される「不正移民」のうち、8割前後は中国人であるが、そのうち7−8割は福建省の沿岸部、特に福州市の近郊に住んでいた人々だ。
(彼らの中には、中国政府による人権弾圧に耐えかねて出国したと主張する人々が多く、その主張に従えば「不正移民」ではなく、人権上国際的に認められた「亡命者」「亡命申請者」ということになるが、実態は欧米や日本への出稼ぎである場合が多いので、ここでは「不正移民」という言葉を使う)
福州市の近郊には、不正移民で有名な町がいくつかある。このうち、福清からは日本に行く人が多く、長楽や連江からはアメリカを目指す人々が多い。そのほか、比較的入国が簡単な東欧地域の中で、経済が割と発展しているハンガリーに集中して移民者を出している町もある。その多くは、正式なパスポートやビザを持たずに出かける人々である。
最初に渡航した人々が、渡航先で経済的に余裕が出てくると、親戚を次々と呼び寄せ、最後には町の若者のかなりの部分が渡航しているという状況になる。長楽市には、若い男性のほとんどがアメリカのニューヨークに行ってしまい、妻と幼い子供たちと老人しか残っていないため「寡婦村」と呼ばれている地域がある。その地区の家々の多くは、アメリカからの送金で立派に建て直され、プールがついている豪邸も珍しくない。祖先の墓も立派に作り直されている。
▼豊かな人々こそが密航する
そもそも、欧米や日本に不正移民するのは貧乏人ではない。密航するには、アメリカまで5万−6万ドル(500万-600万円以上)、西欧へは3万−4万ドル、日本へは1万−1万5000ドルもの金を蛇頭に払わねばならないからである。福建省は経済特区などもあり、中国で7番目に平均収入の多い地域で、不正移民を多く出している沿岸地域は、省内でも特に豊かな場所である。
福州市の周辺地域の人々は、1980年代に改革開放政策が始まると、香港や台湾からの密輸入品を卸売りするビジネスで富を築いた。だがその後、輸入規制が減って密輸が儲からなくなったため、欧米や日本への出稼ぎが流行するようになった。
密航の旅は高価なだけでなく、危険に満ちている。今年6月には、オランダからイギリスのドーバーへフェリーに乗ってきたトラックの積荷のトマトの奥から、58人の死体と2人の瀕死の男が見つかる事件があった。今年1月には、アメリカ西海岸のシアトルで、中国からの船に積まれていたコンテナの中から、3人の死体と15人の瀕死の中国人が見つかっている。いずれも、福建省の福州市周辺からやってきた不正移民であった。
生きていくお金には困らないであろう人々がなぜ、高い金を払い、危険を冒してまで欧米に渡航しようとするのだろうか。その理由の一つは、一族の中に1人でもアメリカや西欧に渡った人がいると、一族全体の信用度が上がり、名士になれるからである。
福建では月に5000円も稼げれば良い方だが、ニューヨークのチャイナタウンの中華料理屋で必死に働けば、月に20万円になる。欧米に親族がいれば、そこからの送金で一族中が超リッチになれる。金融機関などからのお金が借りやすくなるので商売をするにも事業資金には困らないし、娘をその一族に嫁がせたいと思う近所の人も多くなる。こうした状況なので、一族の中の誰かが欧米に密航したいと言えば、親戚中がお金を出してくれて、何万ドルもの資金調達が可能になる。
彼らはなぜ命と財産を賭して移民するのか?
答えは簡単である
「中国政府を信用していないから」に他ならない
田中宇氏がいくら中国を礼賛しようとも,当の中国人たちが中国政府を信用していないのである.「当事者の行動」は嘘をつかないのだ.
中国人短期留学生の失踪相次ぐ=不法移民狙った計画的行動か—カナダ
2009年8月、カナダ華字紙・環球華報は夏休み期間を利用した中国人短期留学生の失踪事件が相次いでいると報じた。不法移民目的との見方が濃厚だという。15日、中国新聞網が伝えた。
7月14日、湖南省から短期留学中だった生徒3人が失踪した。いずれも政府の交換留学プログラムの参加者で年齢は13〜17歳、7日〜4週間の滞在予定だった。そのうち1人はカナダ当局に出頭、難民申請を行った。8月5日にも11歳と15歳の生徒2人が失踪している。
生徒の失踪はカナダへの移民を狙っての計画的行動と見られる。難民として申請するか、または一定期間在住した後に恩赦を申請することを狙っているという。正規の長期留学や移民を申請するよりも費用が安く済むと子どもにこうした行為を強要する親が少なくないという。ただしこうした行為は違法であり、まだ若い子どもたちにリスクを負わせることになると留学関係者は懸念している(レコードチャイナ)
最近では,中国政府自身が漢民族の世界への「輸出」を後押ししている印象がある.日本も中国人移民や不法入国者でひどい目に遭っているのは言うまでもない.
過激な中国人排斥運動、世界で広がる=華人の海外急進出を反映―英メディア
2009年8月14日、英誌「エコノミスト」電子版8月11日号に「海外進出と攻撃」と題した記事が掲載された。中国人労働者を狙った暴動が激化しているという。新華網が伝えた。
今月初め、アルジェリアの首都アルジェの中国人街で発生した中国人労働者と地元住民との乱闘事件では数人が負傷、中国系商店1軒が略奪の被害に遭った。さらに今年5月にパプアニューギニアの各地で頻発した暴動では、中国系商店と中国人を狙った地元住民による略奪が横行。中国人少なくとも1人が犠牲となった。
ここ数年間で中国人を狙った同様の事件が世界各地で多発している。最も深刻な被害を出したのは2006年にソロモン諸島で発生した大規模暴動。当時の総選挙に華僑が介在したとして中国人排斥運動に発展した。ホニアラのチャイナタウンは放火により炎上、壊滅的被害を出し、大多数の中国人が出国する騒ぎとなった。また、アフリカのザンビアでは、中国人が経営する銅山で働く地元住民たちの間に中国人への憎悪が渦巻いており、つねに一触即発の状態。昨年3月には労働条件に不満を持つ労働者たちが抗議の暴動を起こし、中国人経営者が負傷する事件も起きた。
近年、中国企業は海外に資本を投入し生産拠点を拡大、これにともない海外で雇用される中国人労働者の数も増加している。中国系企業や中国人商人の進出により、発展途上国では現地の就労状況の悪化や小規模商店の倒産につながり、地元住民の反発を招いている。また、現地の習慣と異なるライフスタイルも反感を生んでいる。特にイスラム諸国では「飲酒」と「売春」は中国人の専売特許とみなされている。こうした海外での一連の中国人排斥運動について中国政府は一貫して沈黙の姿勢を崩しておらず、国内メディアの報道が過熱すればするほど中国政府への見えない圧力は強まっている(サーチャイナ)
急激な中国経済の伸展とは裏腹に,激増する中国人の移民と,移民先でのトラブルは後を絶たない.中国は徹底したメディア統制をしているので,日本人を含め,外国人には北京や上海にような都市部の先進的な映像しか接点がない.しかし,中国は戸籍制度によって,住民が土地に縛られており,移動の自由が存在しない.一部の大都市の発展をもって,中国全体を語るのは危険である.
▼政府と人民の化かし合い
相も変わらぬ移民願望,中央に対する暴動が激増しているのも中国人民が政府を信用していない何よりの証拠だ.現地ツアーでガイドを務めた中国人女性は,欧米の大学で経済学を専攻しており,学費を稼ぐために,故郷の中国でガイドをしていると語っていた.もちろん,欧米での永住権取得が先にあるのだろう.
私の大学時代にも中国人留学は多数存在し,
私は彼らと大の仲良しだった.
参照 「中国の友人への伝言」
http://green.ap.teacup.com/kyusiro/363.html
海外に在住のときも,中国出身の女性とよく話をしていたが,彼らに共通しているのは,中国共産党政権に対する不信感である.考えてみれば当然のことだ.あれだけ発展して,世界に誇れる近代化を成し遂げたのに,政治ステムは一党独裁の中世の政治とさほど変わらない.将軍様の世襲制である北朝鮮よりも幾分ましな程度である.海外在住者なり,インテリ層が,その現状を肯定的にとらえるはずがない.ましてや現在はインターネットで情報が瞬時に手に入れられる世の中である.
田中宇的なロジックでは「発展途上の国や,多民族国家では,ある程度独裁の方が国がまとまって発展しやすい」となるが,これは独裁システムの利点のみに光を当てた一面的な見方だ.このロジックが中国に当てはまらないことを私は以前に喝破した.
世界の歴史において、中央集権による独裁システムが短期的な国力増強と国難克服に有効なのは疑う余地がありません.しかし、あくまでも「短期」なのです.
独裁システムは、必ず壁にぶつかって国の衰退と分裂の危機が訪れます.北朝鮮が良い例です.建国当初は韓国よりも北朝鮮の方が経済的にも軍事的にも優れていました.それが50年経過した現在ではどうでしょうか?
今や北朝鮮人民は史上最悪の環境で生活しています.本来は、北朝鮮の方が天然資源の点でも地政の点でも韓国に勝っていたのです.南北で大きな差がついたのは、政治体制の差であることは疑う余地がありません.韓国は朴大統領(故人)による軍事独裁政権で漢江の奇跡を遂げましたが、その後の民主化への移行と文民政治により難局を乗り切って、ほぼ先進国と肩を並べています.一方で北朝鮮は、独裁者を神格化して世襲体制を継続しています.民主主義の「み」の字もない中世の封建国です.
田中宇氏は、「欧米の主張する民主化は、外交カードの1つとして、混乱を誘発するために利用されている」と解説されています.これは確かに真実です.欧米の主張は、その裏に狡猾な意図が隠されていることが多いです.
しかし、「国家が高成長の次に来る調整期や国内矛盾を克服するためには、民主主義による優れた政策変更と意思決定が不可欠」なのも厳然たる事実なのです
私が今回の北京旅行を通して感じたのは,高度成長によってもたらされた矛盾に有効に対処できず,苦悩を深める中国共産党中央の虚勢である.北京オリンピック,60周年記念式典,来年の上海万博など「目をそらす仕掛け」によって誤魔化しているが,根本解決とは程遠い.何よりも海外を目指す中国人が引きも切らず,彼ら自身が中国政府に対する不信感を口にしていることが象徴的である.
ここまで考察が非常に長くなってしまった.
続きと結論は次回へ持ち越す

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