ディディエ・ベザスはどう選んだのですか?
当時、私はヴァンセンヌの薬莢保管所(訳注:ここを劇場として使ってる)とアクエリアム劇場へよく行っていたんです、その舞台演出をジェン=ルイ・ベノワとディディエ・ベザスがやっていたのです、ベザズは自分の演出作品によく出演していました。私は彼の作品が大好きでしたし、『小さな泥棒』では有名な俳優を使いたくなかったので、彼のことを考えたのです・・・これはこの作品で初めて映画に出たのです。
なぜ有名な俳優を起用しなかったのですか?
当時、それは意識的に考えたことではなかったのですね、でも今では説明できます。トリュフォーへの遠慮があったんだと思います。それは彼に代わって自分は有名俳優を起用することはできないと思ったのです、無名の俳優の方が使いやすいし、対等でいれますし、シャルロット・ゲンズブールは企画の段階からですから彼女は別ですが。有名な俳優がいないのはシナリオのフォルムにも関係しています。『小さな泥棒』はロード・ムービーで、通りすがりの出逢いがたくさんあります。ジャニーヌ、ダヴェンヌと小さなコソ泥、シモン・ド・ラ・ブロスが演じているんですが、彼は『なまいきシャルロット』ではシャルロットの兄を演じました。素晴らしい俳優でしたね。ハンサムで、品もあり、フレッシュ、若さがありました・・・(訳注:ブロスはこの作品から10年後に自殺した)
この作品はトリュフォー本人が撮れたでしょうね、あの世代のドワネルになれたはずだと思います・・・
ええ、そうですね。彼の台詞として書いた少し自慢げな台詞などはドワネル精神ですね、ジャニーヌを恋愛へ結びつけるその精神は、トリュフォー的な無垢さ、美しさや幼少期に近いものです。この2人のコソ泥はシナリオではなかなか品があるんですね。トリュフォーがこの二人がとても気に入っていたのではないでしょうか?泥棒になる過程にもはっきりした事は何もないのです。ジャニーヌとラウルは初恋を生きる子供二人に過ぎないのです。ジャニーヌが映画館でラウルをニュース映画の中で戦争へ向かう姿を見る時、感動的ですよね。ラウルはゴロツキになったようなドワネルなんですね。(続く)