奥さんがプロデューサーだと、色々と変わることもありますか?
俳優にも技術スタッフにも言えることだと思いますね。良く知ってる者同士だと、仕事も早いんです。この親しみが人間関係をより軽く、よそよそしさを軽減してくれるんですね。それは決して悪い気持ちじゃありません!アニーは私のシナリオの最初の読者ですし、ラッシュを見てくれる最初の観客です。常に対話するので少し疲れることもありますけどね、まあ夫婦にとっては暫定協定みたいなものかも知れません。彼女が私の横でこの役を何度が引き受けてくれて私は満足しています、とても疲れる仕事でもあるので、私が監督する作品の製作を彼女がもうしていないことも良かったと思っています、他のプロデューサーの時よりも私は彼女に対してキツイ事を言ってしまってるんですね。私は人当たりの良いタイプなのですが、満足いかない事があると、それが判るし、知れてしまう。言葉も激しいものになることもあるんです、ならないように注意はしていますが。対立よりも調和の中で仕事をしたトリュフォータイプの監督だと自分では思うのですが、人と対立することは避けがたい場面もありますからね。
『小さな泥棒』はどのように受け入れられたのでしょうか?
とても好意的でしたね。あのカイエ・デュ・シネマでさえ、悪くは言わなかったんです!この作品は病気だと言っていましたが。それが賛辞ではありませんが、この作品の前と後で言われたことと比較すればましでしょう・・・『小さな泥棒』はトリュフォーというこもあって、批評家たちはこき下ろしも目論んでいたのかも知れませんが、トリュフォーの顔に泥を塗るようなことにはなっていないのは認めてくれましたね。皆ほぼ同じ意見でした:「これはトリュフォーへの美しいオマージュだ、良い作品である」と。観客にはとても評判は良かったんです、『なまいきシャルロット』で好きになったシャルロットをこの作品でも気に入ってくれました。観客は『シャルロット・フォーエバー』で父親が彼女に与えたイメージがあまり好きではなかったので、『小さな泥棒』では望んでいた通りの彼女を見る事が出来たんでしょう。それにポスターが大成功を収めたんですね:少女の靴を脱いでヒールを履こうとするシャルロットの足しか見えないのです。これはアニーのアイデアでした。(
fin)