最初の共同作業が上手く行ったのを考えても、ミシェル・オディアールがそんな風にあなたへ戻って来たのは驚くべきことですね・・・
ミシェル・オディアールは『レイプ殺人事件』の演出を買ってくれていたのですね。彼は撮影所には一度も来ませんでしたし、完成した映画を一度見て、とても気に入ってくれたのです。『レイプ殺人事件』の成功は私も彼にも同様に嬉しかったのです:ミシェル・オディアールの素晴らしい台詞とクロード・ミレールの美しい映画と言ってもらえました。オディアールは私とまたやりたいと言えばよかった訳ですね。『レイプ殺人事件』の成功のお陰で、私は彼の一番良い所を引き出すことができたと思います。彼はとても教養のある人でした。戦後のアメリカの偉大な作家も詳細に知っていました。当時、より個人的なテーマを追求し始めた時期だったのです。もうお金のためだけに仕事はしたくなかったのでしょう。オディアールが関わった最後の3作は『レイプ殺人事件』と『死への逃避行』とジャック・ドレーの『トレンチコートの女』は弔いの映画で、子供を失うことを描いた作品です。特に『死への逃避行』は別格ですね。オディアールは既に病魔を予感していたのかも知れません、それに交通事故で亡くなった彼の息子の一人を弔っていたのです。
それで『死への逃避行』の脚色を始めた訳ですね?
いえ。この小説は映画にするにはあまりに文学的だと思っていましたから。それでそのままになっていたのです。"L'adoption"という名前の映画を作ったばかりのマルク・グリューンバウムがオディアールと一緒に脚本作りを始めました。でも彼も別の企画へ移ってしまいました。ある日、オディアールから電話があり、こう言われたのです:「あの不可能なシナリオだけど、仕上がったよ。息子のジャックと書いた、君の意見も聞いてみたいんだが」そのシナリオを読んで、素晴らしいと思ったのです。(続く)

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