「タランティーノが語るイングロリアス・バスターズ:その4」
インタヴュー和訳
1部ネタばれがありますので、読む方はご注意!
40年代の反ナチ映画は敵と戦う不安が言動力になっていました、ジャンルをやり直す場合は壊してしまう危険がある第一段階ですね?
実際、僕はより具体的な、サブジャンルを作ってみたいと思うんだ。お約束に文字通り従いたいとは思わないし、でもこうした作品がもたらしてくれる嬉しさは、まるで初めてでもあるかのように体験してほしいな。でもそれは出発点にしか過ぎないよ、ジャンヌを超えてもみたいし、少し覆しても見たい、でもやらなければならないことはきっちりやってね。最初から終わりまでジャンルと戯れていることも出来るけど、ある時にはきちんとクライマックスがあるようにしなくちゃいけないし。今回初めて徹底的にやってみたんだ。ショシャナがプレミア上映で最後のフィルム巻を上映する時、破壊することで遊ぶわけには行かないんだ、それをやってしまうと遠くから見ることで、ジャンルに対する考察になってしまう。『キル・ビル』の武術の戦い以来の「凄いシークエンス」の1つになった、映画的に自分自身を試しているんだよ。『デス・プルーフ in グラインドハウス』では、カーチェイスのシーンだった、ジェローム・ボッシュ風のシーンだね。挑戦とも言えるシークエンスで、ただ成功するだけじゃだめで、その分野で最高じゃなきゃダメさ。あの撮影の何日か前は凄く緊張してたよ、立ちつくしてしまうことも十分あり得たんだ。技術的な準備は整っていた。撮影して見ない限り、わからなかったんだ、でも自分を信じなくちゃならないのは解っていたし、撮影しながらアイデアが浮かんで来ることも解っていたからね。解決案を見つけるのは、自分の固い決心なんだ。何年もの間、あれこれ方法論を考えれても、撮影すると「そうか、これでいい、解ったぞ」と言える瞬間があるのさ。全てがオープンだと凄く不安にもなる。僕は絵コンテは全く描かない。頭の中にはいくつかのイメージがあって、ある時期になれば、それが出て来る。あの火事のシーンは、火を起す機械を準備したけど、炎の壁が目の前に浮かんでいた訳じゃないよ、これでいい、あるいはもっとと言うのは実際に見ないと解らない。1日目はスタントマンたちとリハをやって、押し合いへし合いをやって見たんだ、炎は使わなかったけど、あれでかなり心配の日々が消えたよ、「これでいい、これで大丈夫だ」って思ったよ。アクション・シーンはいつでもこんな具合さ。書いてシーンをリストアップすれば、何千ものカットが必要になるんだと思うけど、撮影して見れば、ちゃんと漏れなくカバーできてるんだって解るものだよ。
ショシャナが切り盛りする映画館はなぜガマー(Gamaar)という名前なんですか?
本当はガルマー(Garmar)じゃなければならないんだが、美術がヘマをした。今でも腹立たしいよ。子供の頃、ロサンゼルスの東、モンテベルロにあるガルマーという映画館へ連れて行ってくれたんだ。あそこは僕のお気に入りでね。80年代の初めに閉館になってしまったんだ。スペルが間違っているのを見た時は、「馬鹿野郎!」って思ったよ。でもだからって撮影を中断しようとは思わなかった、それじゃあ自分で自分を罰するようなものだ。実は当時のフランスの時代考証については、僕が正して行ったんだ:美術スタッフが雇った専門家があまりいい仕事をしてくれなかったんだよ。例えば、当時の映画のポスターを見せられても、「だめだ、使えない。なぜかって?占領下で映画はナチスに禁止されていたからだよ、おい!」って感じでね。小道具とかも本物よりもきれいな方を好んだりで。リリアン・ハーヴェイ(注:1906-1968英国女優:代表作「会議は踊る」)の映画ポスターを張ったりしてくれちゃってさ、彼女がナチス・ドイツを去った時、彼女の名前を言う事さえ出来なくなったんだそうだ、ゲッペルズにそれほど嫌われていたんだね。
『イングロリアス・バスターズ』の登場人物はほとんど(少なくとも)二ヶ国語を話します。しかしバスターズが嘘で数カ国語を話すのです:不完全な真似ですが。
まるで外国語をマスターしたと思っているアメリカ人みたいな感じだね。ルミエール劇場(注:カンヌ映画祭での上映)での観客の反応を嬉しく思ったよ。映画の仕事をやると、いつでも問題になるシークエンスがあるものなんだ、たいがいそれは笑いを誘う場面なんだね:うまく行くだろうか?自分は好きで、面白いと思うけどさ・・・でも、それは実際に映画が封切られるまで解らない:観客が笑ってくれるか否かは。もし笑ってくれなかったとしても、カットはしないと決めていたし、爆笑ならずとも機知に富んでるってこともあり得るだろう。プレミア上映の時に、ブラッド・ピット扮するアルド・レインが仲間と共にイタリア語を話すシーンだけど:これはあまりに馬鹿げているだろうか?これはサスペンスを殺すことにならないか?自分では可笑しいと思っていたけど、疑問もあったんだよ。でもルミエール劇場では、観客は大爆笑だった!アルドのふざけたイタリア語のせいだけじゃなくて、ランダ大佐のイタリア語が完璧だからだ。バスターズたちはイタリア語を話せるんだ、シシリアでの実戦体験もあるし、でも彼らが口を開くと、連中がイタリア語を?もうおじゃんだな!と思うわけだ。(続く)

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