(「胆 汁 余 滴」その2)
愛国的妄想
日本は特別の国である。金甌(きんおう)無欠の君主国である。これに異様の国体がある。これに特殊の道徳がある。これに独特の美術がある。何事も例外でないものはない。
故に日本は、万国の標準によって測るべきではない。欧米の実例によって照らすべきではない。日本は世界を同化するようになることはあっても、世界は日本を訓化することはできないと。
このような考えは、今日の日本人の大多数が、なお唱道し、確信するところである。新聞記者がこれを唱え、政治家がこれに和し、小学生徒がこれを歌い、これに賛成しなければ、日本人として見られないように感じられるに至った。
このような次第で、日本教と称する異常な倫理学的系統が編みだされ、世界史の攻究は疎んじられ、紫式部の源氏物語は愛国的読本として採用され、バーク、ゴールドスミス(
http://en.wikipedia.org/wiki/Oliver_Goldsmith ?)の作は、博愛主義を教えるという理由で、あるいは恋愛を説くという理由で、教科書としては使用を禁じられる。
科学ではワット、ニュートンの跡を追うが、倫理では鎌足や正成を仰ぎ、西洋を学ぶのに常に実利的観念をもってし、西洋の技芸を受けて、その精神を退ける。
ところが私が見るところでは、自然は日本のために特例を設けない。日本人が宇宙の大道に従わなければ、宇宙は日本を許すことはない。それは技芸学術の分野においてだけそうであるのではなく、政治においてもそうであり、道徳においてもまたそうである。
日本の国体は、国民の腐敗から来る国家の衰退を妨げない。日本の美術は、民心の堕落を感受せざるを得ない。国家は国民の組成する集合体であるから、国民が宇宙の大道に背けば、どのような制度も、どのような習俗も、その腐食を防ぐことはできない。
その過去の歴史に頼り、その祖先の武勇に誇り、奢侈淫逸(しゃしいんいつ)を顧みない国民で、永く栄光を保持した者があったとは聞かない。このようなわけで、私は、世界の標準に照らして、日本を攻究する必要を感じるのである。
「犬の糞」
カーライルの名著「サーター、レサータス」
(「衣装哲学」 http://100.yahoo.co.jp/detail/%E8%A1%A3%E8%A3%85%E5%93%B2%E5%AD%A6/ )の主人公は、トイフェルスドルックという名前である。これを訳せば、
悪魔の糞という意味である。
理想的人物の名前に、
糞という語を使う(しかも悪魔の)。この語は必ずしも不名誉な語ではない。
ウグイスの糞は、粉粧剤として青白男女が争って求めるものであった。ラクダの糞は、燃料として価値がある。馬糞は園芸上欠くことのできない物であり、湿地冷壌に植生の繁茂を促すには、これを除いて他に好肥料はない。
オオカミの糞は、煙火製造上の必要剤であると言う。その他鶏の糞、鳩の糞、牛の糞、豚の糞、ウサギの糞、それらは各々特効や特用がある。
しかし、ただ
犬の糞に至っては、一つも美術的あるいは経済的価値があるということを耳にしたことはない。いかなる廃物利用論者も、未だ私に犬の糞の利用について教えてくれたことはない。
これは、汚穢(おわい)の代名詞であるに過ぎない。これを路傍に見つければ唾をし、これを暗夜に踏めば怒る。これは、粋な洋犬のものにしろ、貴嬢が飼っている狆(ちん)のものにしろ、犬の糞は品の良いものではない。
病んだクジラの糞には香料(Ambergris 竜涎(りゅうぜん))が存することがある。しかし、健全な肉食の犬といえども、未だかつて、芳糞を放った例を聞かない。
口さがない京の童は、束髪の婦人を
犬の糞と呼ぶ。それは、その髷(まげ)の形が、この廃棄物に類似しているからだということである。私は、この悪口があまりにもひど過ぎることを認める。
既に我が国の上流淑女の間に採用されたこの新流行の髷に対して、このような侮辱的称号を付けるとは、もしこのようなことを女性崇拝のアメリカでしたりすれば、不敬罪の厳罰は免れないであろう。
ことに束髪は、我が国の新婦人が選んだ髷形である。故にこれを嘲るのは、女性の進路を遮るに近い。女権拡張を笑うのに等しいであろう。
文芸クラブには、既に幾多の女史を見る。女性教育や伝道でも少なからぬ女性の活動を見る。桂冠を奉るべき我が国の新婦人に、この汚臭嘔吐を催すような名称を呈する京の童は、口と筆とを慎むべきである。
吉野参詣
日清戦争以来、急速に滅却した私の愛国心を回復しようと思って、私も観桜の時節の流儀に習い、明治29年4月某日、友人某と吉野観桜に出かけた。それは、私が「日本風景論」の著者の紹介によって次の歌を読んだからである。
花より明くるみ芳野の、春の曙見しなれば、もろこし人も
高麗人も、大和心になりぬべし
私はそれで思った。吉野がもし支那人や朝鮮人をそれほど瞬間的に日本化するだけの秘密の力を有するのであれば、まして日本生え抜きの私においてはなおさらであろうと。
途中で箱庭的な春日公園を嘆賞し、金剛山下に一夜を明かし、車坂を超えて吉野郷に入り、六田淀を渡って長峯に登れば、眼下に菜摘(なつみ)の清流を眺め、老桜は峡路を挟んで、早既に私の眠っていた愛国心を喚起し始めた。
吉野神社の社前を脱帽して通過し、右傍にある村上義光の古墳にお辞儀をし、口の千本に、朝日ではなくて夕日の香を嗅ぎ、黒門に入って銅の鳥居をくぐり、蔵王堂の石畳を回って、宿に入った。
その後杖を竹林院天皇橋の辺に曳き、はるかに延元帝の陵を拝し(私は良心の許可を得て、これを行った)、勝手の社壇に貞和(じょうわ)の昔を回顧し、吉水院に太平記的悲憤をかもし、やや再び日本化された感がして、宿に帰った。
自然的吉野と歴史的吉野とは、それほど著しい、日本化する力を有していた。人物的吉野はどうであったか。
巻煙草をくわえ、ポケットに手を入れて桜林の間を逍遥する若紳士は、確かに文治延元時代の実直熱誠な面貌を留めず、竹林院の丘上は、猩々(しょうじょう)と正覚坊
(大酒飲み)との巣窟かと疑われる。
急に、南朝皇居の正面辺りに、弦声謳歌がかまびすしく上がった。これは有名な振袖山に神女が降臨して、聖主の美曲に応じて、歌い舞うのかと思ったが、そうではなかった。静御前の法楽の舞と比べれば、甚だ雅致(がち)を欠く感があった。
木寺相模(こでらさがみ)(参考:
http://www.aozora.gr.jp/cards/000283/files/3332_15107.html )が四尺三寸の太刀の切っ先に、敵の首を刺し貫き、蔵王堂の広庭において、「戈せん剣戟(かせんけんげき)を降らす事電光の如くなり、磐石巌を飛ばす事春の雨に相同じ」と剣舞したのに比べれば、悲壮感はない。
どのような魔性の輩がこの聖地を汚すのであろうかと、障子を開けて眺めてみれば、これは何と髯を蓄えた日本紳士が、田舎歌舞伎と戯れていたのである。怪声醜歌はようやく夜に入って止んだ。
するとたちまち、一群の野蛮人が、私の隣室に帰ってきた。県知事不信任に投票する田舎紳士は、他人の安眠妨害の理を弁(わきま)えず、彼らの喧騒は続いて夜半に及んだ。
彼らは淫らなことを語った。欲を誇った。
私は、馬族に舌を与えたならば、あのように語るであろうと考えた。話題は転じて、金儲け問題に入った。髯を蓄えた紳士は、声をひそめて語った。私は耳をそばだてて聴いた。
今日は、私宛の郵便は来なかったか。……和歌山の銀行員は私の友人……吉野は桜花の名所、全国民の思考を引く所……私はここで日本人の愛国心に訴えて、一大事業を起こしたいと思う。
資本は少しで足りる。先ず医師と結託し、彼に薬品を調合させ、アルコールに混ぜる。製造所をこの吉野に定め、吉野の桜酒と命名して、全国に販売する。
君聴きたまえ。日本人には吉野の花を慕わない者はいない。吉野の桜酒であれば、愛国的飲料として、全国に売れわたるようになるのは、理の最も見やすいものである。
先ずこれを全国の有名な酒店に配布し、貴顕紳士が来るたびに、吉野の桜の実から製造したものだと言って勧めれば、賞賛を得ないということはないであろう。これは実に、百万円以上の事業である。
これを聞いた私の愛国心は、全く冷却したので、私は一首の歌を宿坊に止めおいて、翌朝早々山を下った。
三芳野の花は昔に変はらねど
いと朽ち果てし大和魂
(「胆汁余滴」完)