エレミヤ記感想
(私の古い聖書から)
明治39年4月10日、5月10日
私の特愛の預言者はエレミヤである。私はイザヤを尊崇し、エゼキエルを畏敬し、ダニエルを嘆賞する。しかしエレミヤに至っては、私は彼を
親愛する。
預言者と言えば、如何にも厳格で近寄りがたい者のように思われるが、しかしエレミヤに就いては、少しもそういう感覚が起こらない。私は、私の親しい友人として、彼に近づくことが出来る。
彼は、私にとっては、預言者というよりは、むしろ詩人である。神の僕というよりは、むしろ人類の友である。旧約聖書人物中で、私が最も親しんだ者は、この「涙の預言者」である。
彼は、祭司の子であった(1章1節)。しかし、彼自身は、祭司にならなかった。彼は死に至るまで、純然とした平信徒であった。そして幾回となく祭司(今のいわゆる宗教家)を敵にした。
彼はどこまでも民の預言者であった。即ち神と民との間に立って、
祭司を経ずに、直ちに神の御心を民に伝える者であった。預言者中彼ほどなれなれしく神に近づいた者はなかった。彼は神に恨みを述べた。幾回か強いて、その恩恵を求めた。彼は神の愛を信じて、幾回か神の尊厳を冒した。
民の預言者であった彼は、自ずから田舎の預言者であった。彼は、エルサレムから三マイル離れた、ベニヤミンの地アナトテに生れた(1章1節)。そして彼は終生、居をこの地に定めようとした(37章7節以下)。
イザヤが都会の預言者であり、ダニエルが朝廷の預言者であるのに対して、エレミヤはどこまでも田舎の預言者であった。彼は特に、地方の村々のために弁護した。彼は、閑静と孤独とを愛した。都会の紛雑は、彼の最も忌み嫌う所であった。
彼はまた、情の人であった。彼の理性はしばしば情に支配された。彼は怒った。泣いた。彼はイザヤのような、円満な思想家ではなかった。ダニエルのような、政治家ではなかった。またエゼキエルのような意志の人ではなかった。
彼には婦人の情性があった。彼のように強い人はいなかったが、またそれと同時に、彼のように弱い人はいなかった。彼には細美な所があった。彼の愛は、婦人のそれに似ていた。深くてこまやかであった。
そのように親しい預言者の記事であるから、私は幾回となく繰返して、エレミヤ記を読んだ。私の古い聖書は、そのエレミヤ記において、赤字で記入された感想で満たされている。
私は、エレミヤの実験は、悉く私の実験であるかのように感じる。今から順を追って、私がこの書から感得したことを、少し読者の前に述べたいと思う。
エレミヤ記第一章は、預言者の預言職就任に関する記事である。聖職就任と言えば、如何にも荘厳な儀式でも執行されたように思う人もあろうが、しかし、それは決してそうではなかった。
平民的預言者の就任式なるものは、如何にも平民的で、如何にも単純であった。彼のこうべに膏(あぶら)を注ぐ祭司の長(おさ)もいなかった。彼のために祝福を祈るレビの族(やから)もいなかった。また彼のために証人に立つ同志・友人などもいなかった。
彼は、独り神の前に立ち、神から直ちに預言の職を授かった。エホバの言葉は、ヨシヤ王の治世十三年に始めて彼に臨んだということであるから、彼が始めてこの大任を自覚したのは、彼が十九歳の時であったであろうとのことである。
神を知るのに最も良い時は、青年時代である。宗教は老年のことであるなどとは、私が私の国人の口からしばしば耳にしたことであるが、私はここに一青年が独り自ら進んで、神の預言者となることを受諾したことを知って、大いに私の青年時代の確信を強くした。
エホバの言(ことば)我に臨みて云ふ。我れ汝を腹に造らざりし先に汝を識
り、汝が胎を出でざりし先に汝を聖別し、汝を立てゝ万国の預言者とな
せり。 (4、5節)
エホバの言葉は、
どのように彼に臨んだのであろうか。祭司の口によってであろうか。いや、そうではない。あるいは天から響き渡る声によってであろうか。多分そうではなかろう。
これは多分、青年のエレミヤが、彼の成育の地であるアナトテ付近の郊外を独りで歩いていた時に、あるいは古いオレブ樹の下で独り黙祷に耽ったころ、彼の心琴に幾度となく触れた、細い微(かす)かな声であったであろう。
彼は幾度となく、これを打ち消そうとしたであろう。しかしその声は、彼を去らなかったのであろう。彼は終に彼の預言者として、神に予定された者であることを信じざるを得なくなったのであろう。
「
我れ汝を腹に造らざりし先に汝を識り、汝が胎を出でざりし先きに汝を聖別し、汝を立てゝ万国の預言者となせり」と。人からではなく、また人に由らず、宇宙万物の造主であるエホバの神によって、万国の預言者として立てられたと。
もしそうであるとすれば、彼はこの職を否もうと思っても、否むことは出来ない。また彼の父も彼の母も、彼の兄弟も姉妹も友人も、彼が預言者になることを拒むことは出来ない。
憐れむべき人は、神にその職を定められた者である。彼は、先天的な神の捕虜である。事業の選択などは、彼が為し得ることではない。彼は否応なしに、彼のために定められた職に就かなければならない。
予定の天職を示された時の神の子供の心の状態は、決して感謝ばかりではない。エレミヤにとっても、多分そうであったであろう。彼も、彼が懐いた多くの小さな希望(アンビション)を放棄する苦痛を感じたであろう。彼もまた、父の職を継いで祭司となって欲しいと願う父の意思に背くことに苦痛を感じたであろう。
しかし止むを得ない。彼は、母の胎内に造られる前から、神によって定められた預言者である。預言者とならなければ、彼は無に等しい者である。預言者になることは辛い。しかし止むを得ない。その職に就くか就かないかは、彼にとっては死活問題である。
エホバの聖召(めし)の声に接して、青年のエレミヤは、エホバに答えて言った。
「噫(ああ)主エホバよ、視よ我は幼少(おさな)きが故に語るを知らず」(6節)と。彼は、彼の年令不足を理由として、預言の大任を辞退しようとした。
彼は一には、未だ自分を信じ得なかったであろう。二には、社会が彼の若年を侮り、彼の言葉に耳を傾けないことを恐れたであろう。あるいは彼の親戚・友人で、彼に起立は未だ早いと説き、なお数年の修養を勧めた者もあったであろう。
いずれにしろ彼は、内気な青年であった。彼は、生れつきの格闘家ではなかった。彼は、むしろ臆病者であった。彼は公的生涯を嫌った。
もし彼の意思そのままを言わせれば、彼は、ユダの山地にオリーブを植え、その谷間に麦を播き、前の雨と後の雨とを待って、穂にエホバの恵みが実るのを見て、エホバを讃美することを望んだであろう。
彼の理想は、多くの詩人の理想と同じで、「藁ぶきの屋根の下にちいさな妻と共に居る」ことであったであろう。しかし、彼に関するエホバの御心は、これと正反対であった。
エホバ我に言ひ給ひけるは、汝、我は幼少(おさな)しと言ふ勿れ。全て我
が汝を遣はす所に往き、我が汝に命ずるすべての言(こと)を語るべし。汝、
彼等(人)を畏るゝ勿れ。そは我、汝と偕(とも)にありて、汝を済(すく)ふ
べければなり。(7、8節)
青年のエレミヤは、イザヤ、アモス、ホセヤ、ミカのような預言者にならなければならない。彼は自分の年齢が足らないという理由で、預言の重職を辞退してはならない。なぜなら、預言者であることは、自己の知恵で謀り、自己の言葉を語ることではないからだとのことであった。
エレミヤは未だ、預言が何であるかを知らなかった。彼が預言者となるのは、神の機械となることであることを知らなかった。「
我の意志は、神の意志を我が意志となすにあり」という信仰の秘訣は、今始めて彼に伝えられた。
彼は若年でもよい。そして実に、もし神の御心であれば、無学でもよい。ただ神の声を識別する能力さえあればよい。この能力さえ神から与えられれば、彼は人を恐れるべきではない。神は彼にとり、「
最(い)と近き援助(たすけ)」である。彼は今から独り立って、万国を相手に戦うべきである。
エホバ遂に其手を伸べて我口につけ、エホバ我に言ひ給ひけるは、視よ、
我れ我が言を汝の口に入れたり。視よ、我、今日汝を万民の上と万国の
上に立て、汝をして或ひは抜き、或ひは毀(こぼ)ち、或ひは滅(ほろぼ)し、
或ひは覆(たお)し、或ひは建て、或ひは植(うえ)しめん。(9、10節)
始めにエホバの「言」が彼に臨み(4節)、次にその「手」が彼の口に触れたと言う。これはそもそもどういうことであろうか。言葉で伝えたことを、手で実行されたということであろうか。
あるいは手を伸べて閉じた口を開き、彼に雄弁の能力を与えられ、彼に沈黙を破らせられたということであろうか。あるいは、「
我言を汝の口に入れたり」とあるので、大思想を彼の心に注入して、彼が大声疾呼せざるを得ないようにされたということであろうか。
文字の解釈は、至って困難である。目に見えないエホバに肉の手があるはずはない。実に、
エホバの手はエホバの力である。それが預言者の口に入ったというのは、力がエレミヤに臨んだのであろう。
彼はこの時、彼が未だかつて知らなかった権能が、彼に加えられたのを感じたのであろう。臆病な彼は、今は勇者となったのであろう。懐疑の彼は、今は確信の彼となったのであろう。
彼は今、
頼るべき、ある確実な物を感じるようになったのであろう。そしてエホバは、この新しい能力を彼に加えられて、さらに彼に宣(の)べられたのであろう。「視よ我、今日汝を云々」と。
(以下次回に続く)