来週の15日から3日間、上京します。懐かしい皆さんともお会いしたいのですが、今回は滞在期間が短いので、ちょっと厳しいかな。
土曜日に大分東高でソフトボールを取材し、翌日は宮崎で九州大会準優勝の宮崎工(野球)。その翌日は串木野まで移動し神村学園を取材し、その翌日に上京。
上京する15日の午前中は月刊ホークスさんへのご挨拶なので、土曜日からちょっとしたツアーになります。その為、本日はこれら取材に必要な資料集めに充てているというわけであります。ただいま昼休み。
さて、ドラフト連載も3回目になります。結構好評をいただいており、次は誰だ? というような声もちらほら聞こえてくるようになりました。ありがたいことです。さて、本日登場するのは……
運天ジョン・クレイトン(日本ハム4位)
投手 右投左打 浦添工
アメリカ人の父、日本人の母との間に生まれる。浦添工高進学とともに才能が開花。148キロの伸びのあるストレート、縦方向の“えぐい”スライダーで
“沖縄のダルビッシュ”の名を欲しいままにする。甲子園出場経験はないが、2年夏の沖縄開幕戦では延長15回を無失点、無四球で12三振を奪い、その名を全国に轟かせた。沖縄県宜野湾市出身。
皆さんは昨年夏の甲子園に出場し、4強進出を果たした浦添商の右腕エースを覚えていらっしゃいますか? その名を
伊波翔悟。140キロ中盤をコンスタントに叩き、精度の高いカットボールで聖地を沸かせた、あの投手です。昨春センバツで優勝した沖縄尚学の東浜巨投手(亜大)と並び、沖縄のダブルエースと称された伊波投手。現在は沖縄電力でプレーしています。
その伊波投手の1学年下で、彼のことを追い続けてきたのが運天ジョン・クレイトン投手でした。
小・中学校ともに同じ学校で同じやチームに所属。中学時代までは「ごく普通の選手に過ぎませんでした」というジョンに対し、伊波投手は宜野湾ポニーズの大エースとして全国大会に出場。さらにポニーのナショナルチームにも選出され、アジアで優勝。世界大会にも出場しました。
伊波投手が抜けた後、彼が付けていた背番号「18」が手に入るものと期待していたジョンでしたが、なんとそのエースナンバーはチームで“永久欠番”にされてしまったとか。
「翔悟さんは別格でしたね」
ジョンは伊波投手と同じ浦添商進学も考えましたが、結局は「翔悟さんと対戦したいから」と、同じ浦添市内にある浦添工へと進みました。
高校時代には1度だけ、ふたりの直接対決があったんです。試合は7回まで0−0の投手戦。雲の上のスターを相手に、一歩も引かない投手戦を演じたジョン。試合は結局、3−0で伊波投手の浦添商が勝利しましたが、この試合がジョンにとって大きな転機になったことは言うまでもありません。
「
“抑えるオーラ”ってあるんですよ。翔悟さんには、それがある。まわりをリラックスさせる力というか、チームメイトに緊張感を与えない力というか。これがエースってものなんだと思い知らされましたね」
そのオーラが私生活の態度から来ているものだと確信したジョンは、人への対応の仕方、歩き方を含めた、実生活そのものを見直したそうです。
“沖縄のダルビッシュ”と言われることに対して、「すごく嬉しいし、光栄です」と、以前はミーハーに近い感覚でしか捉えることができなかったと言います。しかし「そろそろ“運天ジョン・クレイトン”という、ボクの名を覚えてほしいんですよ」と、自覚も芽生えてきました。
“関東のダルビッシュ”と言われた中村勝投手(春日部共栄)とともに、本家ダルビッシュ有投手の待つ日本ハムへの入団を果たしたジョン。奇しくも北海道で勢ぞろいした「ダルビッシュ軍団」ですが、ジョンは日本最高のエースに肩を並べることができるでしょうか?
そしていつの日か、本家ダルビッシュを
超えろ、ジョン!
<運天ジョン・クレイトン投手に関するロチオ・ロチオーネ寄稿誌>
・ホームラン 10+11(10月号/No.13)
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