このブログでその凄さを何としても伝えなければならない、と思っていたものの最たるものが四阿山の的岩である。
位置はここを参考に→
地図
国道144号線、群馬と長野の県境を、鳥居峠という。
その鳥居峠に国(森林管理署)が管理する林道の入り口がある。
通称鳥居峠林道。この林道、以前はゲートがかかっていたが、昨年は土日だけ解放された。そして今年はGWから解放されている。試行期間として今年の11月まで解放されているそうだ。解放、とはいえ、ゲートは閉まっている。ただ、鍵がかかっていないので押せば開けて入れる。入ったらまたゲートは閉めて下さい、ということらしい。
なぜこの林道が解放されたか、というと、四阿山に鳥居峠側から登る場合、このゲートがかかっていると林道の終点まで徒歩でたっぷり1時間弱はかかる。もしこの林道を車で走って終点まで行ければ、往復約2時間短縮になる。これは大きい。そして、これから紹介する四阿山の的岩は、この林道の終点から健脚な方なら20分、多少体の重い方でも35分前後あればたどり着ける。
この林道が開いた事により、的岩までは気軽に行ける「ハイキング」の部類になった。今まで相当な覚悟が無いと登れなかった四阿山と、この的岩が身近なものとなったのは有り難い。利用される方はいつでも止まれるような速度で走って欲しい。大きな車ではすれ違いが出来ないからだ。
終点には乗用車が15台ほど止められるスペースがある。そこから標識案内に従って歩く。
最初はさほどキツくない。春ならウグイスの声の掛け合いが聞こえる小道を、カラマツの林を過ぎてミズナラの林になった頃、次第に急坂になる。そしてまたカラマツ林になり、そのカラマツの間から、なにやら岩が見えて来る。
最初は、なーんか岩があるね、程度だが、次第にそれが巨大なものだと解って来る。そしてそれが恐竜の背中のような形に見えて来た時、この異様な姿に心拍数が上がって来る。いや、早く見たいために早足になって、息が切れて来るだけなのだが。
これが四阿山の的岩。国の天然記念物だ。
とにかく写真を何枚か見て欲しい。
一見、石を積んだ石垣のようにも見える。高さは15mから20m近くあるだろうか。正確に測った訳ではないが、真下から見上げると迫力がある。垂直に切り立った岩山だ。
しかし、これは岩山ではない。回り込んで横から見ると、なんと厚さが1.5m〜2mしかないことが解る。それで高さが20m、まさしく岩の壁、なのである。上州(群馬県)側では的岩、というが、信州(長野県)側では、この形状から屏風岩と呼ぶらしい。
この物々しい威容の的岩には、数々の伝説が残っている。詳しくは
→こちらを見て欲しいのだが、1万の騎馬隊を率いてこの浅間高原に狩りにやってきた源頼朝の伝説だ。そう、「いい国作ろう鎌倉幕府」(1192年)のフレーズで覚えた、あの源頼朝である。なんだって?本当に源頼朝がそんなところに来たのかって?それについては諸説あるが、古くから伝わる地名に、その名残りがあるとしたらどうだろう。北軽井沢から薬師温泉に抜ける峠道を、源頼朝が1万の騎兵を連れて通ったことから「万騎峠」の地名が残っている。このブログでも一度紹介してる。
→過去ログ
地名に残ってるってことは、、、ホントに来てたかも、と思うでしょ?
その頼朝が、弓の訓練のために、1万人の中から弓の強い者100人を選び、この岩に的を10個作らせた。しかし、誰も当たらないどころか、的まで届きもしない。相当の距離があったんだろうね。自分の軍隊に絶対の自信を持っていた頼朝は面白くない。そこに現れたる勢子、勢子というのは、狩りの時、獣を追い込む人のこと。マタギ、というか狩猟で今も使う言葉だ。この勢子が、自分なら握り飯で当ててみせようぞ、と言うわけ。そんなことを言うならやって見せよ、もし当てたら褒美を取らすぞ、と。勢子が握り飯を取り出し、なにやら呪文を唱え、勢い良く握り飯を投げつけると、岩に当たっただけではなく、火花を散らし、岩を貫き、信州の空が見えた、というんだから凄い。勢子は雲に乗り四阿山の彼方へ飛んで行ったというが、的岩には本当に穴が空いていて、向こうが見える。
嬬恋村の役場の人が言うには、この握り飯が当たった跡が他にもある、という。この岩の中央にある丸いくぼみ、これこそ、その握り飯の跡だ、というのだ。
すごい。岩が丸く溶けているようにも見える。巨大なエネルギー弾が当たったような跡。もしかして、これってカメハメ波?(笑)
この的岩を見ていると、それらの伝説が、目に見えるようで、本当だったんじゃないかって気にさせられる。
他にも、真田の忍者がここで修行した、とか。ここは群馬と長野の県境だと書いたが、この的岩の向こうは、長野県上田市。でも、市町村合併の前は、ここは真田町だった。そう、伝説の戦国武将、真田幸村の出た土地なのだ。それだけに説得力がある。真田の忍者が、この上を命がけで走って訓練していたのだろうか。失われた歴史に想いを馳せ、ロマンを感じるのは人の自由だ。
そして、そもそもなんでこんな岩が積み上げられたような、巨大な壁が出来たのか。もしかして、これはエジプトのピラミッドやイギリスのストーンヘンジに勝るとも劣らない、巨石文明なのではないだろうか、なんてロマンを感じるのも自由。あ、ピラミッドは巨石文明とは違う?それはまあ置いといて。
夢をぶち壊すようだが、これは火山学上では、
→ダイクというらしい。
溶岩が冷えて固まったものだとしても、それはそれで貴重なものだ。浅間山の煙も、この的岩も、地球が生きている事を雄弁に物語る。先に書いたおにぎりが当たった丸い跡、これは元々ここには丸い岩があって、それに沿って溶岩が広がり、それが冷えて固まり、周りが浸食され、丸い岩も落ちて、ここだけ丸く凹んでいる、と考えると合点が行く。でも、おにぎりカメハメ波の方が、僕は好きだなぁ。
ところで的岩に登ると、菅平の牧場が見える。そしてはるかに、北アルプスの峰々が連なっている。この眺望を独り占めだ。
登るのは自己責任で。私のように高い所が大好きな人以外はおすすめできない(笑)
実はこの的岩が分水嶺だ。的岩の手前に落ちた雨水は、吾妻川を下り、利根川を下り、やがて太平洋に出る。的岩の向こうに落ちた雨水は、千曲川を下り、やがて日本海に出る。
色々書いて来たが、これらのことを合わせて考えると、冒頭に書いたようにこの的岩は凄いところだと思わないだろうか?ここがパワースポットであるかどうか、その筋の人に聞いてみないとわからないが、自分にはここが特別な場所である気がしてならない。
嬬恋村に住んでいても的岩と聞いた事はあるがまだ一度も見た事が無い、という人がたくさんいる。それくらいだから、全国的にはまだ知られていない。林道が開いたことで気軽に行けるようになった今、是非行ってその目で見ていただきたい。
国の天然記念物、的岩を見に行く途中、運が良ければ、これまた天然記念物のニホンカモシカが出迎えてくれるかもしれない。
