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2009/11/8

また『だいせん』…  工作室から

この土日は久々にゆっくり出来るので、久々に工作台を引っ張り出してみました。最初は10系気動車を工作していたのですが、ピンバイスの針を立て続けに折ってしまい意気消沈… 意欲を失ってしまいました(息)

ゴロンと横になって本棚を眺めていたら、14系の本が目に止まり何気なく眺めていたら、『だいせん』に使用中のスハネフ15が…

『これだ!!』

押入れの中を大捜索し、昨年購入してそのままになっていたTomix製の14系15型寝台車を発掘し、問答無用でバラしてしまいました(笑)

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スハネフ15

『だいせん』で14系15型寝台車を用いていたのは最末期の頃、スハネフ15の寝台側のルーバーを埋める必要があるので、この加工が中心となります。工程は思いっきり手抜きをし、ルーバー部分に瞬間接着剤を丁寧に薄く流し込み、ペーパーヤスリで丁寧に仕上げました。

実車では、鉄板を張っただけの改造で、晩年までそのままの姿であったようです。模型では、鉄板を貼り何度も塗装し塗膜に埋もれかかった姿を表現したかったのですが、結果は 殆ど目立ちません(涙)

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ルーバーを削り終わったら、帯を丁寧にマスキングしGMカラーの青20号を吹き付けます。その後、JRマークのインレタを貼り付けクリアー塗装をすれば再び組み立てます。色指しをして金属インレタで車番を貼れば完成です。

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2日間で楽しんだ寝台車達、次は座席車の12系3000番台ですが、謎が一つ…

屋根上のクーラーの間にある補強板(?)、ある車両と無い車両が居るんですよね。どう区別したらいいんだろう…(謎)

2009/11/1

路面電車祭り  ひろでん

今年も『路面電車祭り』が開催されました。もう14回にもなるんですね…

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さて、昨年同様にスタッフとして参加したのですが、祭りが始まると外界との接触がなくなるので、静かなうちに車庫内をウロウロしておきました。

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【許可を得て撮影】

開催前、一番大変なのは車両の入換です。展示車両の配置は勿論ですが、営業車両の予備車を通常留置している16番線から移動させなければなりません。

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今回は、先頃に営業線から退いた2006+2007号が展示されました。しかも、このカットでの撮影は最初で最後でしょうね。何故なら向きが逆なんですよ(驚)
聞けば、午後の無料電車で横川駅行に使用されるため、予め横川駅で向きを替えて入庫したそうです。横川線を走る2000型を撮影したかったなぁ…(息)

他にも工場内をウロウロしましたが、ただウロウロしたんぢゃあ銭になりません。ネタ…もとい、資料になりそうなものを記録しておきました。
今回は5102号が入場中だったので、分解された足回りを撮影する事ができました。

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主電動機
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動台車の台車枠

今年は、生憎の天候でしたが、多くの方々に楽しんで頂けたのではと思います。遠くからお越し頂いた方々には御礼申し上げます。そして、スタッフとして活躍された方々、お疲れ様でした。




2009/10/27

大きく変わった浜田駅  廊下から

この土日は急な用件で、実家に帰省しました。久々に高速バスで帰省しました。

話には聞いてはいましたが、新しくなった浜田駅を見るのは初めて。山陰では珍しい橋上駅舎です。

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駅正面

中に入ってみると、駅のスペースはほんのちょっと。こじんまりとした姿には一抹の寂しさが…

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改札口

機関区と貨物ホームのあった辺りは全て嵩上げし整地され、新たに北口として生まれ変わっていました。そして跡地には国立病院機構浜田医療センターと附属看護学校が移転し浜田駅と直結します。このような駅は珍しいのでは?

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左が医療センター、右は浜田駅

華やかだった頃の写真が無いので比較できませんが、画像の中央辺りに機関車検修庫があり、左側には機関車留置線、更に貨物ホームがありました。貨物扱い廃止後は旧型客車を始めとした休車が留置されていた場所です。

因みに再開発前の姿は…。
http://green.ap.teacup.com/maronefu-29/298.html

駅舎は新しくなりましたが、ホームを散策すると、こんな忘れ形見を見ることが出来ます。

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給水栓跡

上りホームの先端には蒸機時代の給水栓の跡が残っています。その反対側にはSG用の給水栓もあります。

また、裏に回ると昔の面影がまだ残っております。

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岡山区から借入中のキハ120−357

洗條線は昔のままです。今では気動車1両分の長さしか必要ないようですが…

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人の手で車体を洗浄している姿は、今も昔と変わりません。

子供の頃、浜田にお買い物に出かけると必ず利用した浜田駅。鉄道の要衝でもあった頃の賑やかさが、懐かしく思い出されます。

2009/10/19

セキの残像…  泥沼より

重安から宇部岬を走っていた石灰石輸送列車、通称『赤ホキ』がその輸送の歴史に幕を下ろした。
これにより、美祢線での石灰石輸送列車が消えたわけであるが… 『黒いヤツは任せた』と高宮今日子さまに丸投げされ、のぶ太郎さまがいつも味わう『拍手に似たビンタの嵐』が怖いので、眠い目をこすりながらアルバムから、セキの画像を探し出した。

列車については過去呟いたので、今回はセキ6000の残像をご覧頂き、在りし日を懐かしんで頂きましょう。

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牽引機を待つセキ 美祢

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横ハンドルのセキ

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縦ハンドルのセキ

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手ブレーキ、側面にはその表記も…

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開口用のハンドルは間違えないように黄色に塗られ…

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昭和37年製造、人間ならまだ働き盛りだった…

黒い石炭から、白い石灰石に積荷を替え、機関銃のようなジョイント音を響かせて走る姿は、今でも脳裏に焼きついています。

過去の呟きは…
http://green.ap.teacup.com/maronefu-29/193.html

2009/10/18

2001号  ひろでん

去る10月16日を持って、広電唯一の連結車2000型が定期運用から退きました。
あいにく最終日は仕事で、最後の姿を見ることは出来なかったが、乗務員に嫌われながらも、よくぞここまで頑張ったと思います。

私は最後だからと騒ぐのが好きではありません。だからと言って普段の姿も記録していないので、古いアルバムから私が入社した昭和の63年に撮影した2000型で単車のまま残った2001号の画像を紹介します。

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昭和63年 荒手車庫

2000型は昭和35〜37年に9両が製造され、昭和49年に2002〜2009号が永久連結化工事を行い現在のような姿となりました。
2000型は、2001〜3と2004〜9とでは、制御器のカムの進段方法に違いがあり、1〜3は全段が電動機で進段するのに対し、4〜9では加速段は電動機、弱め界磁段は圧縮空気による進段する方法です。ですから番号順に連結工事を行った結果、2001号があぶれたようです。

古い先輩の話では、2001号は昭和50年代前半まで直通運用(宇品2丁目行だったらしい…)で使用されていましたが、晩年は事業用となり、高床車両の千田車庫入場の際の牽引やレール運搬車を牽引していました。

話が脱線しますが、高床車と低床車の連結はどのように行っていたかというと、このように特殊な連結棒を用いておりました。

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画像のものは、荒手車庫の原っぱに転がっていたものです。もしかするとレール運搬車用のものかもしれませんが…

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1070型連結器

高床車への連結棒取り付けは連結器のナックル下部にあるナットの部分に固定します。
私が車掌教育で聞いた手順は、

1.ナックル下部のナットの下の割りピンを抜く。
2.ナットを外す。
3.連結棒を取り付けナットを嵌め、割りピンを差し込む。

と記憶します。

高床車もなくなり、殆ど動かなくなった2001号は、台車に不具合が見つかった上に、モーターを2006か7に転用し動けなくなったと記憶します。
一時は保存の噂も立ち、車体を全塗装まで行いましたが、そんな話もいつの間にか立ち消えとなり結局解体されました。

綺麗になった姿もですが、高床車牽引の時の写真が失敗し記録に残せなかったのが残念です(涙)

2009/10/11

3軸台車の食堂車  工作室から

先日、3軸ボギー寝台車の駄作をネタにしましたが、同じく3軸ボギーの客車には食堂車も作っております。これも『古の九州急行』に感化され作ったものです。

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これら客車を作る時に参考にした資料が、レイルロード刊『サイドヴュー』シリーズと鉄道ファンでした。最近では諸先輩方が撮影された写真が、資料となり公開されているので、当時を知らない私には大変ありがたく、感謝するばかりです。
表紙の汚れを見て頂けると、どれだけ頼りにしていたかが判っていただけるかと…

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スシ28−103

スシ28はスシ37を改番した非冷房食堂車です。100番台は丸屋根タイプの車両です。103番は冷房化されマシ29となっておりましたが、冷房装置をマシ49に譲った為、非冷房となりスシ28に編入されたものです。他のスシ28と床下機器の配置が異なります。

作品は谷川製キットを素組みしたものです。一寸あっさりし過ぎているのでもう少し手を加えたいところですね…

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スシ28−151

この車両は、昭和9年に火災で消失したスシ37724の台枠や台車を再利用し復旧した車両で、広窓の車体にTRー71台車のアンバランスさに魅せられて“つい”作ってしまった車両です。

作品は谷川製マシ38を改造したもので、喫煙室窓と調理室窓を加工し、当時としては大掛かりな加工をした車両です。

他に製作予定の車両が、マシ29−100とマシ38、マシ49の3両です。マシ29は最晩年に青塗りとなった110番にして、他は茶塗りできちんと作りたいなぁ…(遠い目)



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