2017/3/25  0:00

あたし、アンジェリュス!笑いって。  

あたし、アンジェリュス!アンジュ!
あまりにムカつく相手がいたら、あたし、想像しちゃう。
こんな頑固者にだって、素直な赤ん坊時代があったのよね。
こんな見栄っぱりだって、膝小僧をすりむいて泣いてた子供だったのよね。
こんなクソじじいだって、青春時代があったのよね。
そして、あたし、心の中で笑って、余裕を持つの。

嫌なことがあったら、あたし、できるだけお笑いを探すの。
嫌な相手をパロディーにして物語を作ったり、カリカチュアのような絵を描いたり、ユーモアのセンスを駆使するの。
流浪の民として辛酸をなめてきたユダヤ人のユーモア、ブラック・ユーモアのセンスを学んで、現実の苦しさから離れた視点を持とうとするの。

笑いのセンスって、現実逃避ではなく、現実に向かい合う心の余裕、心の力になるのよ。



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2017/3/25  0:00

僕、ブレーズ!成長に従って。  

僕、ブレーズ!
現実にあったことを語ることは、言葉を覚えた子供の時から練習してきます。
でも、大きくなったら、現実を語るだけでは、足りなくなります。
現実は何を意味しているのかを考え、エッセンスを抽出し語ることで、抽象思考ができるようになり、考える力が伸びていくのです。

例を挙げれば、小学校の算数では、主に自然数を使います。
そのうちに、中学生になれば、具体的な数字だけではなく、ABCなどの記号を用い、数字を抽象化したりすることが増えていきます。
図工では、初めは親の顔や友達を描いたりします。
そのうちに、幾何学的なデザインなどをするようになっていきます。
子供の成長に従って、具体的なものから抽象的なものへと移行していくのです。
また、国語の授業では、物語を読むと、初めは好きだ嫌いだ、楽しい面白いかわいそうなどの感情を感想文として書かせます。
そのうちに、なぜこの人がこのような態度をとったのだろう、なぜこのような感情を抱いたのだろうと分析して考え、自分の感情から離れたものを書くようになっていきます。
自分の感情の吐露ではなく、客観的な分析を書くようになっていくのです。

現実にあること、あったことの意味、なぜそうなったかの理由や動機を考えることは、感情から離れて左脳の思考力を伸ばしていきます。
抽象的な思考、分析能力を身に付けていかなければ、大人としての成長はないと、僕、考えているのです。

井戸端会議で感情をぶちまけている人を見ると、まだ成長不十分な子供なのかなと、僕、思ってしまうのです。



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2017/3/25  0:00

僕、ツィポール!不安と闘ったら?  

僕、ツィポール!
鶏口となるも牛後となるなかれって諺があるよね。
これは、大きな集団の後ろにいるよりも、小さな集団のトップにいたほうがいいということだよ。
だけど、僕、それじゃあ成長できないんじゃないかって疑ってるんだ。

小さな集団の中でちやほやされていれば、いい気になっちゃうかもしれないよ。
皆、自分より下だからね。
だけど、大きな集団だと、自分以上の人がたくさんいるかもしれないんだ。
お手本がたくさんいるかもしれないんだ。
自分以上の人を目指し、自分以上の人から学ばなければ、この程度で良いやと自分の成長を止めちゃうんじゃないかな。

鶏口にいたら、安心できるかもしれない。
牛後なら、不安かもしれない。
でも、上を目指して成長したいなら、不安と闘う必要があるんじゃないかと、僕、考えているんだ。



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2017/3/24  0:00

あたし、アンジェリュス!本当に今のことなの?  

あたし、アンジェリュス!アンジュ!
強い感情が迸り出たら、ちょっと考えて。
それが本当に今のことなのか、今目の前にいる相手やその物事に対する感情かどうかを考えて。

怒りが止まらなくなったら、それは現実の今の問題なのか、それとも類似性の過去の問題なのかを考えて。
友達に約束を破られたと強く激しく怒るなら、子供の頃に親に約束を破られた強い怒りを隠していなかったかと考えて。
子供の頃の怒りを今目の前にいる相手にぶつけたら、それこそ八つ当たりなんだから。

テレビを見ながら、映画を見ながら、小説を読みながら、涙が止まらなくなったら、本当にその対象から生ずる涙かどうかを考えて。
自分が類似性のある悲しみを抱えており、その悲しみを抑圧してきたかどうかを考えて。
テレビや映画や小説で泣いても、自分の悲しみの減り方は少ないのよ。
自分の秘めていた感情を認めて、自分として泣いたら?

今の感情の底には、もっと深い感情の塊が隠れていることって、よくあるのよ。



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2017/3/24  0:00

ぼく、リケ!生物の本来のあり方を取り戻そうよ。  

ぼく、リケ!
生物って、自分にとって居心地の良い状態を求めるように本能が働く筈だよね。
嫌な状態から必死で逃れようとするのが、普通の生物のあり方だよね。

だけど、人間って、ちょっと違うのかな?
自分は鬱だから仕方ない、自分は辛い状態にあって当然なんて思っている人もいるみたいだね。
嫌な状態から離れて居心地の良い状態を求めようとしない人がいるって、僕、不思議だな。

嫌な状態を変えようとしないのって、PTSDの人なら、僕、なんとなく分かるよ。
動けなくなることもあるし、諦めの気持ちが深くなってるものね。
だけど、それ以外の人なら、やっぱり不思議だよ。
嫌な辛い状態の自分を特別な存在とでも思っているのかな?
こんなに辛い自分ってのに酔っているのかな?
元々自分はこんなもの、自分のことを誰も理解出来ないなんて、自分を孤高の存在であると捉えて、自己陶酔してるのかな?

ねえ、本来の生物のあり方を考えようよ。
辛い嫌な状態から逃れようとしないのは変だと考えようよ。
そして、自分にとって居心地の良い状態を探そうよ。



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2017/3/24  0:00

僕、エルミット!初めてのことがいっぱい。  

僕、エルミット!
僕、まだ子供の猫。
大して物事、知らないよ。
だから、初めてのことがいっぱい。
で、初めてのことなら、僕、すぐに覚えようとする。
新しいことなら、知りたいなと思うんだ。

そして、少しずつ僕なりに経験が増えてきたんだ。
この時間だとご飯が出るぞとか、あの猫は僕をからかって遊ぶぞなんて、いろんなことを知ってきたんだ。
僕、まだ子供だけど、これが普通なんだと思うことが増えてきている。
子供のくせに、常識という枠を自分なりに作り上げてきたみたい。

だけど、僕、狭い枠に囚われたくないんだ。
既に知っていたことと違うことを知ったら、不思議だと思う。
どちらがいいかと考えるんだ。
どうして違いや変化があるのかと考えるんだ。
例えば、水入れの中に牛乳が入っていたら、不思議だなと思う。
牛乳を舐めてみて悪くないなと思ったら、僕、飲んじゃう。
いつも僕をからかって遊ぶ猫が僕の体を舐めてくれたら、ちょっとびっくりするけど、こいつは悪くない相手かもしれないと考えちゃう。

狭い枠にとらわれているって、新しいことを怖がっているからじゃないのかな?
新しいことを怖がるって、親に依存して生きている子供の状態じゃないのかな?

僕、まだまだ半人前というか半猫前だけど、新しい世界をもっともっと探すんだ。
せっかく生きているなら、いろんな経験をしなきゃ損じゃないのかな。



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2017/3/23  0:00

あたし、アンジェリュス!遊び仲間に愚痴るよりも。  

あたし、アンジェリュス!アンジュ!
日本って、以前は、男の世界は女にはわからないということで、男は男だけで遊んでいたわよね。
今では、女も自分の世界を主張して、ママ友でランチをしたりと、女性同士で遊んだりもするわよね。
結婚しても、遊ぶのは男は男、女は女と別れているなんて、あたし、ちょっと不思議。

ヨーロッパなら、夫婦同士で一緒に付き合い、楽しむってこと、結構あるんだけどな。
夫婦やパートナーって、最高の友達だと捉えられているんだけどな。

ねえ、自分の配偶者やパートナーと、ちゃんと向き合っている?
対等な関係で話し合うことがある?
相手に不満があるなら、自分の遊び仲間に愚痴るよりも、相手と直接話し合ったら?
相手との関係を維持したかったら、相手を対等な人間として扱い、二人で話す時間を十分に持ったら?



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