2017/11/24  2:03

あたし、アンジェリュス!痛みを感じる時には。  

あたし、アンジェリュス!アンジュ!
身体の痛みって、その痛みに意識を向けていると、余計痛みを感じるようになったりするのよね。
痛みって、身体のSOSのサインだから、無視してはいけないわ。
だけど、あまりに激しい痛みなら、その痛みを意識して増幅させることはないんじゃないかしら。

自分で自分の痛みを煽る人っているのよね。
自分の痛さを語ってるうちに、だんだん大げさになったり、誰かと無意識に張り合って、自分の方が痛いんだと思うようになったりすることってあるのよね。
痛い痛いと言っているうちに無意識に自分に暗示をかけて、痛みを増幅させることって可能なのよね。

痛い時は、痛くて仕方がないの。
だけど、あえて痛みを増やすことはないんじゃないかしら。
あたし、気晴らしと言われるかもしれないけど、痛みが強い時は、感覚に集中しないことにしているの。
あえて難しい本を読んで左脳の思考力を使うようにしたり、痛みとは関係のない話をしたり、痛みという感覚から離れるようにしてみるの。
何かに夢中になっている時も、痛みを忘れることができるわ。
そして、痛みを感じている自分を痛みから離れて休ませようとするの。

痛い時ばかりじゃなく、苦しい時だって少しは苦しみを忘れるように苦しさから離れて、自分を休ませることって必要じゃないかしら?


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2017/11/24  2:02

あたし、シュエット!誰かと食事するって。  

あたし、シュエット!
その人が自分にとって楽な相手か疲れる相手かを見極められない時は、あたし、その人と食事をしてみるの。
食事の時って、本音が出やすいわよ。
楽な相手だったら、食事が楽しいわ。
食欲が出るわ。
嫌な相手、疲れる相手だったら、食欲が出なくなるわ。
また、話題が乏しくなって、食事のことのみに集中したりするわ。

食事の時って、気が緩みやすいの。
警戒心も薄くなりやすいの。
フランス料理には、自分で落としたナイフを自分で拾ってはいけないというマナーがあるけど、昔、わざと落としたナイフを拾うふりをしてテーブルの下で持ち替えて、誰かを暗殺するなんてことがあったのよね。
食事の時はみんな気が緩んでしまう、安心してしまうことを利用した暗殺だったの。
で、自分で落としたナイフを自分で拾ってはいけないというマナーが、つまり、暗殺禁止のマナーができたの。

相手と腹を割って話したかったら、一緒に食事をするといいわよ。
適度なアルコールだって、緊張をほぐすのに効果的よ。
食事が無理なら、ケーキセットでも一緒に食べるといいわよ。
緊張感が減ると、相手の本音が見えやすくなるわよ。

誰かと食事するって、いろいろな使い道があるのよね。


あたし、いつも本音で生きているから、自分の本音を相手に読まれるのは平気なのよね。
どすこい!


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2017/11/24  2:02

ぼく、ジョシュエ!完璧なんていらない。  

ぼく、ジョシュエ!
人間の中には、こうでなければいけないと、完璧を狙う人がいるみたいだね。
完璧主義の人って、完璧じゃない自分が嫌いなのかな?
ありのままの自分より、自分で決めた理想のモデルの方が好きなのかな?
理想を追い求めるというよりも、自分を何かの枠にはめようとすることが好きなのかな?
枠にはめないと、不安なのかな?

だけど、人間って、理想とか、完璧とかいう枠にはまるものなのかな?
生きるって、毎日変化するってことだよ。
予想できない変化だってあるんだよ。
自分の予想内の枠にはまらないなんて、当たり前のことじゃないのかな?

完璧主義なんて枠にはめることを自分に強いていたら、自分の予想外の枠からはみ出た可能性を無視することになっちゃうんじゃないかな?

ぼく、自分に枠なんて決めない。
他者と共存する最低限のルールは守るけど、自分の可能性に枠決めなんかしない。
実存は本質に先行するんだよ。
自分をこういうものだと決めつけていても、生きている限り毎日変化するから、枠から飛び出ていくんだ。

ぼく、完璧なんていらない。
だって、生きているってことが、ぼくに完璧な満足を与えてくれるんだ!
ぼく、毎日、成長中!


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2017/11/23  0:00

あたし、アンジェリュス!怖れから離れて考えて。  

あたし、アンジェリュス!アンジュ!
誰かに責められるからということを怖れて、こうすべきだ、こうしたらいけないなんて判断している人がいるみたいよね。
だけど、それは、本当の善悪判断ではないのよ。
相手の気持ち、気分に合わせて、その場を取り繕っているだけよ。

気分や感情って、その場その時のものなの。
その人その人で違いがあるものなの。
一貫性のないものは、基準にできないの。
善悪判断は、理性的に客観的になされるべきものなの。

だから、「そんなことをすると怖い思いをするぞ」なんて脅しをかけて子供を育ててはいけないの。
感情、感覚に訴えて相手を縛るだけなのよ。
怖れで相手を縛るのは、洗脳と同じじゃないかしら。

誰かに責められるからこうしなければいけないと思っていたら、怖れから離れて、理性的に考えて。
何が正しいかどうかを考えて。
怖れを前提として行動するのって、迷信を怖れるのと同じようなものなのよ。


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2017/11/23  0:00

私、エラン!愛情って。  

私、エラン!
誰かを好きになったら、互いの間の愛情の交流を望むわよね。
だけど、注意して。

好きになった相手の顔色ばかり伺って、相手に奉仕することが愛情だと思っていたら、それは奴隷の愛情よ。
相手に何かをしてもらうことが愛情表現だと思い、相手に奉仕を要求してばかりだったら、それは王様や女王様の奴隷に対する接し方と同じよ。
互いの自由意思など、そこには存在しないの。
どちらか一方の気分、感情に合わせて尽くすことが愛情だと思い込んでいるだけなの。

愛情って、利害関係の中に存在するものではないと、私、考えているの。
互いの感情、感覚の快を追求するだけでは、互いのエゴイズムを増長するだけになっちゃうんじゃないかしら。
依存関係に陥ってしまうんじゃないかしら。

愛情って、まずは、相手への信頼よ。
そして、相手の肯定よ。
相手のどんな面も肯定しながら、相手の可能性を信じて、一緒に歩いて行くことじゃないかしら。

これって、恋愛関係のことだけじゃないのよね。


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2017/11/23  0:00

俺、ウィンウィン二世!自分のエゴイズムから離れて生きていたいんだ。  

俺、ウィンウィン!
『新約聖書』の『ヨハネによる福音書』の12章24節に次のような有名な文章があるんだ。
「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」
これは、十字架に向かって行くイエスのことをまず示しているんだ。
だが、一粒の麦の死とは、単に肉体の死のことだけではない。
エゴイズムの死では無いだろうか。

自分の業績をあげたいと学問に取り組む学者は、それなりの成果をあげるかもしれない。
しかし、その人の業績ということで終わってしまうんだ。
自分のための時間を割いて、周りの人達を教えようとすれば、その人の業績はさほどのものにならないかもしれない。
だが、その人から学んだ後継者は、その人だけではできなかったものを後に作り出すかもしれないんだ。

仕事で自分の手柄を立てようと自分のことばかり考えていたら、単なるスタンドプレイに終わるかもしれない。
しかし、他の者達に教えながら、自分以外の人達も評価されるようにと努めるなら、自分一人では成し得なかったことが可能になるかもしれない。

自分のことばかりにこだわると、エゴイストのままで突っ走ると、必ず壁にぶつかるのではないだろうか。
人間って、互いに共存しているんだ。
他者への配慮を忘れていたら、自分の利益ばかり求めていたら、行き着く先は孤独な死ではないだろうか。

俺、自分は他者のための敷石、肥料になっても構わない。
俺の後に、俺を肥しとして、新たな生命が一つでも生まれてくれればと願って生きているんだが。
俺、自分の生きた証はどんなに小さくても、他者の踏み石になれたら満足だと思っているんだ。
俺、自分のエゴイズムから離れて生きていたいんだ。


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2017/11/22  2:36

あたし、アンジェリュス!合わせてばかりでは。  

あたし、アンジェリュス!アンジュ!
いくら素敵な靴であっても、靴に足を合わせようとしたら、無理がかかるわよ。
足が痛いだけじゃなくて、体全体のバランスが崩れてしまうわよ。
足に合う靴を選ばなきゃいけないの。

いくら素敵な恋人と付き合っていても、その人に合わせようとばかりしていたら、無理がかかるわよ。
自分自身の個性も自分の考えも、どこかに消えてしまうかもしれないわよ。
自分自身を失って相手に尽くしたって、それじゃ相手の奴隷になってしまうようなものよ。
自分と対等に意見交換できる相手、自分と同じ目標を持っている相手じゃなければ、最後には自分自身がなくなって、虚しくなってしまうわよ。

必要ならば何かに合わせることもあるでしょう。
自分を抑えて我慢しなければいけないこともあるでしょう。
だけど、何かに合わせてばかりでは、自分を失ってしまうの。
自分と相手の区別がなくなり、依存関係に陥ってしまうの。
自分の自由を失い、奴隷になってしまうのよ。


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