私が運営するウェブサイト「中島パフェ」には事実を書くことにしている。
そして、このブログには「真実」を書いているつもりである。 自分が考える「真実」であり、かなりの思い込みが含まれる。
「男のエッセイ」は自分自身の楽しみと自己紹介のつもりで書いている。
人物も地名も仮称だが、「真実」を書いているつもりである。
事実だけを書くと、いろいろ不都合が生じるので、エッセイという形をとっている。
登場人物に迷惑がかからないように配慮しているが、 一言でいうと事実に基づいた作り話である。作り話を含めた事実と言った方がより正確かもしれない。
私の感想を言うと事実だけでは「真実」は語れない。もちろん、ここで言う「真実」とはカッコ付きであり、私の思い込む真実である。
「男のエッセイ
巨悪に挑む男」公開に先立ち、言い訳じみたことを
ひと言、書かして頂いた。
「男はタフでなければ生きていけない。男は優しくなければ生きる資格がない」というのは、映画「人間の証明」のキャッチコピーであった。
「男のエッセイ」のキャッチコピーは
「冗談言わなきゃ生きていけない。真実なければ生きる資格がない」
<事実と真実の違いについて>
以下は、新聞学原論 1996.10.17 ブライアン・コバート氏 講演抜粋
いわゆるジャ−ナリズムにおける5Wのうち「いつ、どこで、だれが、何を」ということについて言うのは事実です。
しかし表面には現れない「なぜ?」を見つけるのが真実を見つけるという
ことなのです。
これはとても大きな違いです。真実を追求するというのは、あらゆる事件や問題の背後にあるなぜ物事がそうなのか、またどのようにそうなのかを
見つけることなのです。