〜いつの間にか消えた、100匹の鯉〜
「あんたの書いたフィクションなんか、
つまらないから読まないよ」
「そうは思いますが、事情がありまして……」
「事情があって事実とは言えない? なるほど」
「そんなことないんですが……」
「そんなことないけど、関係者に知られるとヤバイ?
ふ〜ん」
「作り話ですよ! 本当にフィクションなんです」
「分かったよ。そうムキになるな」
一見やくざ風。その男を仮に「親分」と呼ぶことにする。
親分は飴玉を三つくれて「みんなが迷惑するから誰にも言うんでない」と、口止めをした。
「有難うございます。お陰さまでようやく謎がとけました。誰にも、なにも言いません」
その時の私の正直な気持だ。不思議で仕方がないからいろいろ調べていたが、分かればそれでいい。
もめ事はゴメンだ。
事件はこうして始まった。 北国の街A市B公園の池で、大量の鯉が突然消えたた。何故だろう? 原因はおろか「いつ消えたのか」さえ分からない。ある日突然いないことに気がついたのだ。
以前は、そこらじゅうで泳いでいた鯉が突然パッと消えたのである。 当局からの発表もなければマスコミ報道もない。こんなことがあっていいのだろうか。
A市、B池に鯉が初めて放されたのは明治23年(1890年)のことである。 昭和21年(1946年)にもマゴイ10万匹の幼魚を放流している。戦争中に荒れた池の回復を願ってのことと思う。
それから116年たった2006年の春、凍結が融けてみると池の中の鯉が、一匹残らず消えてしまっていた。
長年にわたり棲息していた鯉が、文字通り水の泡となってしまったのだ。 いったい凍結した池の下で何が起こったのだろう。
春になると表面に張っていた氷が融け、水温が徐々に上がると、池の底に眠っていた鯉が目を覚まし泳ぎ始める。 この時期になると、春の陽気に誘われるようにして、公園を散歩する人たちも次第に増えてくる。
デジカメで池に向って写真を撮っていると、見知らぬおばさんに声をかけられた。
「鯉が見えないでしょ。みんな死んじゃったのよ。工事で水を止めたから酸欠をおこして死んじゃったの。子供たちが池の主といっていた大きな鯉が、一匹残らず死んじゃったのよ。悲しいよね」
おばさんは怒っていたが、私は信じられなかった。
資料画像: 河川工事中の中島公園内 鴨々川。 川の水を止め、川底を掘って直系1mの導水管を埋める。工事中、止めた水は両脇のホースで流している。画像はこのエッセイと関係はないが、参考の為掲載。
「そんなことないでしょう。地下鉄工事で池の水を抜いた時だって、鯉は養鯉業者に預けていたんですよ。 酸欠を起こす前に何処かに預けるでしょ。ここの鯉は昔から大切にされてきたのです。心配ないですよ」
とは言ったものの、気になって池のまわりを鯉を探しながら歩いたが、一匹の鯉も見つけられなかった。
ボート小屋のおじさんに聞くと、「寒いからまだ、池の底に潜っているのだろう」と気にする様子もない。何か変だ。
既に、温かくなっている。鯉が泳ぎだすほどの水温になっているのだ。 何か胡散臭い。おじさんが横を向きながら話しているのも気になった。
10人以上の「散歩の常連さん」に聞いてみたが、見た人は誰もいなかった。
中には「私はウオーキングに専念しているから、池なんか見てないよ」という人もいたが、大部分の人は「不思議だ」と言って、首を傾げていた。
いろいろ調べたが池に鯉がいないことがハッキリしたので、新聞社に知らせた。さっそくC記者が取材に動いた。素早い対応に問題の深刻さを感じた。しばらくして電話が来た。
「公園事務所やA市公園課を取材したのですが、おかしいですね。まったく関心がないのですよ。住民も、なぜ騒がないのでしょうね。100年間続いた環境が破壊される可能性だってあるんですよ。原因が分からないのですからね!」
着任早々、この事件に遭遇した記者は義憤を感じているようだ。 特に、公園関係者やA市住民の無関心ぶりには呆れているようだった。
ともかく大量の鯉がいっぺんに消えた。果たして鯉だけの問題ですむのであろうか?
都心に残された最後の自然が、今まさに壊れようとしている。記者が怒るのも、もっともである。しかし、住民としての私にも言い分がある。
「関心があっても、マスコミが取り上げてくれなきゃ、どうにもならんでしょ。何とかして下さいよ」
「公園事務所では池は関係ないと言うんですよ。 公園の中の池ですよ。そんなことってあるんですかねぇ。 取材に行っても何もないの一点張り、取り付く島もないんです。 ともかく、現場を見た人がいなけりゃ話にならんですよ。 見つけてくれたら徹底的にやりますよ!」
少なくとも100匹以上はいただろう。鯉がこんなに沢山一度に死んだのなら、死骸を見た人がいるはずだ。 死骸を片付ける現場を見た人だっているはずだ。
魔法じゃあるまいし、パッと消えるはずがない! 「見つけろ」という記者も横柄とは思うが、乗りかかった船だ。今更降りるわけにも行かない。何とかして「証人」を見つけたいと思った。
おばさんは現場を見たと思うが、会うことはできなかった。 鯉のいない公園に愛想をつかしたのかもしれない。
2週間一生懸命探したが、現場を見た人にも死骸を見た人にも会えなかった。まったく不思議なことがあるものだ。
大量の鯉が一匹残らず、誰にも知られずに消えてしまった。こんな不思議なことはない。この謎は絶対に解いてやろうと決意を新たにした。
〜巨悪に挑む男(上)おわり〜 続編は「深まる謎」。
ご期待下さい。