新潟市は今年、非核平和宣言を行なう予定です。
これまで何回かの懇談会が開催され、原案が新潟市HPに掲載され、今日までパブリックコメントを募集していました。
http://www.city.niigata.niigata.jp/info/soumu/heiwa_sengensoan.htm
以下が宣言案です。====================
新潟市非核平和都市宣言
−北東アジアの平和のために,核不拡散を願って−
わたしたちのまち新潟市。
日本海に面した湊町,実り豊かな田園地帯。
水と緑に恵まれた魅力ある国際都市。
今,市町村合併によって新・新潟市が誕生し,
本州初の「日本海政令市」を目指す。
先の大戦で,新潟市は,尊い生命や貴重な財産を失った。
新潟市は,広島・長崎に次ぐ第三の原爆投下予定地だった。
あれから60年。
私たちは,現在の私たちの暮らしが,戦争による多くの方々の尊い犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならない。そのことを後世に伝えていかなければならない。
核兵器の廃絶。世界の恒久平和。これが,私たちの永遠の願い。
しかし,いまだに世界各地で紛争が絶えず,飢餓,貧困,差別,人権侵害,環境破壊,・・・・,
私たちの平和な暮らしを脅かすものが,世界に満ちている。
北東アジアでも緊張関係が続いている。核兵器の脅威がますます強まっている。
私たちは,核兵器の不拡散を強く訴える。
私たちの安心で安全な暮らしを脅かす全てのものを無くすこと。
地球上の全ての人々が,平和で豊かな暮らしを送ること。
地球全体が,共生互恵関係を築き,ともに繁栄発展すること。
それが,私たちの願い。世界の人々の願い。
私たちは,そのために不断の努力を重ねていく。
海のむこうは,友となる国ぐに。
私たちは,世界の平和のかけ橋となる。
子供たちの未来のために。
北東アジアの人々が手をとりあって,
日本海を「平和の海」に!
市町村合併による新市誕生の記念すべき年に,
核不拡散を願い,
環日本海の拠点都市として,
北東アジアをはじめ広く世界に向けて,
新潟市が非核平和都市であることをここに宣言する。
============================
文案については、全体として、微妙なバランスに配慮して、北朝鮮の核武装に対し「不拡散」という表現で牽制しつつ、平和への願いを、通り一遍なものではなく新潟的な表現とされようとされた努力の跡がよく伺われ、まず、関係者のご努力を高く評価したいと思います。
しかし、北朝鮮を視野にいれて「不拡散」を強調しているために、核保有国(アメリカのみならず、対岸のロシアや中国も含む)の核独占を放置し、「核廃絶」の立場から遠いものといわざるを得ないものになっていると思います。
広島市など「世界平和市長会議」などの立場から遠く離れたものです。
しかし、核廃絶の重要性はもう少し強調すべきだと思います。新潟市が強調する「核拡散」の現状は、核保有国の核軍事戦略が生み出した、それと裏返しの、鏡のようなもの、あるいは、いわばパンドラの箱のようなものでもあるからです。
「私たちの安心で安全な暮らしを脅かす全てのものを無くすこと」とした文言によって核不拡散だけではなく核兵器そのもの全体をも将来的には無くしていきたい、という意思の表現とも受け止めれなくもありませんが、そうであれば、副題で「核不拡散を願って」などと限定的にすべきではないと思います。
「北東アジアでも緊張関係が続いている。核兵器の脅威がますます強まっている。私たちは,核兵器の不拡散を強く訴える。」についてですが、
北朝鮮はすでにパキスタンなどから核兵器開発技術を導入している可能性もあります。また、本当かどうか真偽は別にして、すでに核兵器を開発済みという主張もあります。
そうした場合、すでに「不拡散」では現実的ではないとも言える可能性もあります。
また一方、北朝鮮の側から見れば、この段落は「自分のことを非難しているな」「それなのに在韓米軍の核武装の可能性や在日米軍への核持込疑惑については言及していない」と受け止められる可能性があります。彼らが偉そうなことをいえる立場でないことは言うまでもありませんが、しかし、外交とは相手の譲歩を引き出すための技術や配慮も必要です。
その意味では、例えば
「北東アジアでも緊張関係が続いている。核兵器の脅威がますます強まっている。しかし私達は、日本海を臨む関係各国政府が、それぞれ緊張と対立、脅威の拡大ではなく、その危険をひとつひとつ取り除き、相互理解を深め信頼を醸成するための努力を重ねることが必要だと考える」
くらいの表現の方が、具体的で現実的、かつ緊張を深める双方の政府の行き過ぎたナショナリズムを批判する意味でもいいんじゃないかと思いますが、どうでしょうか。
また、新潟が原爆の「第三の投下予定地」という表現については、正確なのでしょうか。予定候補地だったことには間違いありませんが、もうひとつの候補地である小倉と比べて、新潟がほんとうに「第三」だったのかどうかについては、正確に確認する必要があると思います。
(以上の意見の趣旨を、僕も一市民として先日市に送付しました)