官製談合問題」を契機に、新潟市は「(仮)新潟市における法令順守の推進に関する条例」の素案を策定し、パブリックコメントを募集しました。
<この条例の問題点を明らかにすべく議会で徹底質疑の予定だったため、内容の後半は暫時非公開としましたが、残りは5月30日分の日誌に掲載しました>
昨日、担当課がこの素案について説明。
非常に重要な課題で、しかも法律で義務付けられた条例とは異なり、市の基本姿勢などを示す「基本条例」的な性格を示すとのこと。6月議会には上程、可決の上施行したいとの意向です。
僕は、こうした制度が必要だという点ではもちろん賛成します。
しかし、重要な「基本条例」的性格を示すからこそ、拙速審議は危険。
僕からすれば、そもそも「法令順守」とか言ってるのが、検討不足の愚の骨頂、ちゃんちゃらおかしい。
「日本国憲法」はじめ、国内の数百に及ぶ法律・政令・規則などの中では、法令の「順守」という文字を使っているのはたった1つ、しかも条文本体ではなく小見出しでつかわれているのみ、他は全て「順守」ではなく「遵守」が用いられています。
そんな細かいことを、と言われるかも知れませんが実はこんなことひとつとっても公共機関の仕事としては非常に重要です。
以前、担当課は「広辞苑で調べたら一緒の意味でしたので『順』にしました」などと適当な判断を下したことを恥ずかしげもなく明らかにしていました。
確かに多くの日本語辞典には同じ意味として掲載されています。また、新聞などでは簡単な「順守」に統一されているようです。
しかし、そもそも、「順」という漢字は「恭順」「従順」という言葉に示されるように、「消極的に仕方なく従う」「逆らわない」という意味を持っています。ですから、「順守」は特に個別の規定や条項を守ることに一般的に用いられ、例えば「制限交通速度を順守」というふうに使われます。
一方、「遵」は、「しんにょう」を除けば「尊ぶ」という文字であることからもわかる通り、「尊重して従う」という意味です。したがって「遵守」は、法体系全体、法の理念等も含めた全体を守る意味で使われるのが一般的です。例えば、戦時捕虜に対しては、関係する国際法や国内法および各規定を「遵守」する旨が、最近制定された有事法制下でも定められています。
そういう意味で言えば、今回新潟市が制度化しようとしている「法令順守の推進に関する条例」の目指すところからすれば、明らかに「遵守」が正しい。
これはただの「文字」の話にはとどまりません。
他の条例ならいざ知らず、そもそも、「法令遵守」を謳う条例ならば、国内法体系を「遵守」し、それとの整合性を図る必要があるはず。
どのような文字を使用しているかなどについても、総務省の法令データベースシステムなどで少しでも検索すれば、あっと言う間にわかること。条例を定める際、他の法体系との整合性を確認するためにも、そういう作業は最低限必要なことであるはず。
彼ら自身「基本条例的」と銘打っているのに、そんな最低限の簡単な作業もおこなっていない、ということなのです。上に述べたように、普通の「辞書」を調べて「ああ意味は同じだな。オッケー。」ってな具合で、大切な「基本条例」がつくられているわけです。お粗末。
実際、市民向けパブリックコメント時に「順守」だった素案が、このような僕の指摘もあって、昨日の説明時には「遵守」に変わってしまっていました。−オイオイ、そりゃあ結果的に正しいけど、じゃあ市民向けにオープンにした中味はいったい何なのか、どうしていつの間にか変わったのか何の説明もない。
<これ以降の内容は、5月30日へ>