2011/6/7

大島渚『わが封殺せしリリシズム』  

 大島渚『わが封殺せしリリシズム』(清流出版)読了

 そもそも、「リリシズム」ってよく聞く言葉だし、イメージとしてはわからないでもないが、どういう意味なのか。

 ある知人は「「凛々しい」ということだよ。だから「りりしずむ」だ」と、とてもくだらないことを言うのだが、私はそういう言葉遊びが大嫌いだ。
 ビル・エヴァンス「ワルツ・フォー・デビー」がリリカルだ、という感想はよく見かける。
 かつて、TV番組「題名のない音楽会」で、オスカー受賞直後の坂本龍一が、フルオーケストラで『ラスト・エンペラー』を指揮したとき、司会の黛敏郎が「非常にリリカルな、美しい音楽ですねえ」とコメントしたのは、はっきり覚えている。
 「大辞泉」によると、「抒情詩的な趣や味わい」とのことだが、これはさっぱりわからない。

 「ワルツ・フォー・デビー」や、「ラスト・エンペラー」のテーマをリリカルというなら、何となくイメージ的にはつかめるような気はする。
 それを、非常なシリアスな緊張感をはらみつつも、きわめて美的なロマンチシズムにあふれた様子としてみよう。
 となると、それはなるほど大島渚というよりは、同時代の監督では吉田喜重こそが、リリシズムの監督といえそうな気もする。

 ではしかし、大島渚は何を封殺しようというのか。
 実は本書の表題となった、「わが封殺せしリリシズム」という文章は、収録文中でも最も短く、たったの2ページしかない。
 しかしそれが書名にまでなるとは、その意図はぜひとも探らねばならない。

 大島渚は、『愛のコリーダ』の仕上げでパリ滞在中、エッフェル塔がふとしたはずみに、目の前に現れたとき「私はこんな風景に出会うことを人生の最終目標にしていたこともあったという強烈な感傷」を抱く。

 やがて大学に入った大島は、一年生だけで劇団を作ったが、そのときどうしてもやりたかったのが、デュヴィヴィエ監督作品でも有名な『商戦シナシチー』だったという。
 その「暗く甘い」感傷を愛し、同作品で「女にふられる役のセガール」を演じた若き大島は、「細い細い雨の降る北フランスの港町に恋をし、そこの安ホテルの食堂に座っている感傷的な自分に恋をした」と書く。

 そして「『商船シナシチー』のあと、私はそんな感傷を封殺して三十年を生きた」(下線Incidents)と、文章をしめくくるのだ。そして、この文章が書かれたのは1978年。作品としては『愛の亡霊』の頃だ。
 ここで初めてわかる。大島渚が封殺した「リリシズム」とは、「感傷」の意か。

 そこで私は不意に思い当る。吉田喜重はそもそも「感傷」などという言葉を用いたことはなかった。
 直ちにその著書、『変貌の倫理』(青土社)と『小津安二郎の反映画』(岩波書店)を、慎重にひもといてみる。一字一句たどったわけではないので、正確さは欠くことをご了承願いたいが、全ページ確認した限りでは、「感傷」などという言葉は1度とて使っておらず、その文章があまりに素晴らしいので、ついつい幾編かを通読してしまうことには、吉田喜重にあってそもそも「感傷」などという感情は、根本からしてないように思えてならない。
 大島渚がわざわざ意識的に「封殺」せねばならなかった「感傷」は、吉田喜重にとっては、そもそも「封殺」するまでもなく、初めから存在しないのだ。

 さて、わざわざ「封殺」したと宣言している、大島渚の「感傷」だが、本書を読んでいくと、不意にその「感傷」がほとばしるのを、いやというほど感じさせられる。
 何篇か収められた追悼文がまずそうだ。特に川喜多和子へのそれは感傷にあふれている。

 もちろんだが、これは批判ではない。
 編者、高崎俊夫さんは、この本において「クローズアップしたいのは、そのような大島監督の<繊細で心優しいセンチメンタリスト>の側面」と「あとがき」で書く。
 「そのような」とは、「過激なまでにセンチメンタルで抒情的な資質を隠し持つ大島渚」ということで、ここで「隠し持つ」と書いておられることが、最重要ポイントだ。
 その「封殺」したはずの「感傷」は、不意にほとばしる。その放出が、本書に収録された文章の魅惑に他ならない。




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