2012/2/5
前にアップした「災害時対策マニュアル」の中に、「クラッシュシンドローム」という耳慣れない言葉がありました。
私の得意分野「人体生理学」とも大いに関わりがあるうえ、生命にも関わる重要事項なので、少し詳しく説明をしておきます。
「挫滅症候群」ともいい、倒れた木や柱に、大腿などの大きな筋肉が夾まれて筋肉細胞が押し潰され(挫滅)たあと、その柱などを取り除いた直後に起こる重篤な症状をいい、場合によっては致命的なので注意が必要です。
理由を説明しましょう。
動物の体を構成している「細胞」は、「細胞膜」という袋に包まれています。
細胞の内側も外側も、様々なたんぱく質とともに、一定の組成の塩類溶液で満たされています。
詳細は略しますが、血液や組織液などの細胞の外側を浸している溶液には、ナトリウムイオン(いわゆる食塩)が多く、カリウムイオン(野菜に多く含まれる健康ミネラルと呼ばれるやつ)はごく微量しか含まれません。一方、細胞内には、カリウムイオンが多く、ナトリウムイオンは微量と、ちょうど細胞外と反対の濃度に保たれています。
このような状態に維持されていることで、神経や筋肉、心臓といったすべての組織が正常に働くことができます。このバランスが狂うと、正常に機能できないだけでなく、特に細胞外液のカリウムイオン濃度が少し上がるだけで、心臓がぎゅっと収縮したままになる「心筋拘縮」を起こします。当然、血液が送り出されなくなるので、数十秒で意識を失い、十数分で致死的状況に陥ります。
ここまでが、生理学的基礎知識です。
「クラッシュシンドローム」ではどのようなことが起こるでしょうか?
大腿の大きな筋肉が夾みつけられると、多くの筋肉細胞が壊れます。
細胞の中に多く含まれていたカリウムイオンが漏れ出して、細胞外液のカリウムイオン濃度が高くなります。
通常では、壊れた細胞から少しずつ漏れ出したカリウムイオンは、血流によって腎臓に運ばれ、どんどん排泄されるので、急激に細胞外液のカリウムイオン濃度が高くなることはなく、大きな問題にはなりません。
ところが、柱などで夾まれて、その部分の血流が停滞していると、壊れた細胞から少しずつ漏れ出したカリウムイオンは周辺の組織中に溜ってしまいます。
このような状況で発見され、急いで助け出そうとして柱を取り除くとどうなるでしょう?
圧迫され、閉塞していた血管が開放され、血流が再開するのはよいのですが、そのときに周囲に貯留していた高濃度のカリウムイオンが血流に入り、一気に心臓へ流入します。
上に書いたように、少しでも細胞外液のカリウムイオン濃度が高くなると、「心筋拘縮」が起こり、心臓の鼓動が停止します。心臓が止まると、心臓の中に溜った高カリウム濃度の血液も滞留するため、自然回復は期待できなくなり、きわめて危険な状況に陥ってしまいます。
これが「クラッシュシンドローム」、「挫滅症候群」の恐ろしさです。
脚を倒れた柱に夾まれて動けず、助けを求めている人を発見したら、一刻も早く助け出したいと思うのが人情です。
でも、それが一気に「仇(あだ)」となるかもしれません!
こういうことを知らない人が、被災者を救助しようとしているときに、「専門のレスキュー隊が来るで、ちょっと待て!」といって、みんなが聞くでしょうか?
「何を間抜けたことを云ってる、急いで助け出せ!」と怒鳴りつけられるに違いありません。そのまま、すぐに助け出したからといって、必ず「クラッシュシンドローム」で死ぬとは限りません。少しくらい「クラッシュシンドローム」の症状が出ていても、「大怪我をしたのだから大変なのは当たり前」と、区別もつかないでしょう。
「ぎりぎりの瀬戸際を乗り越えなくて良かったね」とつぶやくのが関の山です。
仮に落命に至っても、「ぐずぐず云って、すぐに助けなかったから手遅れになったんだ!」と、逆に責められるのでしょう。
表には出てきませんが、おそらくこういうケースは多かったと思います。
正しい知識は大切ですね。
ところで、そういう場面に出くわした場合、レスキューを待つ間にどうするべきか、考えておきましょう。
まず、よく観察しましょう。
夾まれている部分から出血している場合は、細胞から漏れ出したカリウムイオンも体外へ流出しているので、すぐに救出です。
ただし、動脈血の場合は、圧迫が取り除かれると一気に噴出す恐れがあるので、止血してから、あるいはすぐに止血できるよう準備をしてから救出です。
「クラッシュシンドローム」が予想される場合は、レスキューの到着を待つ間、水分補給をしてあげましょう。血液中の水分が多いと、流出したカリウムの濃度も下がるので「クラッシュシンドローム」の予防にもなり、ショックによる血圧低下の対策にもなります。
でも、こんな知識は役立たないのが一番なんですが・・・・。

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