2012/2/22 22:56
お気に入り焼酎E「本格焼酎 喜六」 酒
今日の棋盤井は晴れのち風。
朝方の気温は−2℃、日中の気温は+3℃。
寒いのが収束したと思ったら、今日は大風が吹き、今年初めての黄砂が舞い上がっており、お昼の散歩時(昨晩は東京からの出張者のご接待で飲み過ぎ、朝寝坊の為散歩出来ず…)、口の中がジャリジャリしてました。
始まりましたね、黄砂の季節。さて、
前回は大分の麦焼酎「ほんのりお湯割り泰明」をご紹介しましたが、今回は芋です。
「百年の孤独」を造る宮崎の黒木本店が世に送り出す「喜六」(ホントは七が三つの喜ですが)であります。
しかも、今日ご紹介するのは2011年の新酒で、無濾過・無調製・黒麹・無農薬・有機農法芋使用の冬季限定版であります。


この黒木本店は、HPに掲載されている「ビジョン 私たちの目指すもの」をご覧戴ければお分かりになると思いますが、非常にマジメに酒造りに取り組んでいます。
社長の黒木さん(四代目)は、「酒造りは農業」と断言されているようです。
「人と大地が一体となった生き方とものづくりを目指して
人間同士が心を合わせ、汗を流して仕事に励み、自然と調和した質素で謙虚な『生き方』をすることと、土地を耕し、作物を育て、収穫に感謝する『ものづくり』を実践することにより、地球環境と自然の美しさを守り、すべての人を幸せにする『生き方』の手本となり、この大地に息づいた『土の文化』を醸し出していくことが私たちの求めるビジョンです。」
そして、具体的には焼酎カスの肥料を使い、有機農法とリサイクル、地域循環型農業に取り組み、良い焼酎を造り出す為に良い原料を自らの手で栽培・収穫し、昔ながらの造り方で全てを手作りしていると言う徹底っぷり。
脱帽ですねぇ。
そんな黒木本店が放つ数多くの焼酎については、麦であれ芋であれ、どれも素晴らしいモノばかり。
その黒木のコダワリの新酒で、しかも無濾過・無調製・黒麹・無農薬・有機農法芋使用の冬季限定版となれば、不味かろう筈はなし。
飲み口は非常に円やかで、深みのある味。
無濾過だけあって、ナニやら非常に濃ゆい味わいであり、キリリとした芋の甘みもありますなぁ。
こりゃ、美味い。
中々手に入らない銘柄ではあるようだけれども、ネットで探せば売っているお店もあるようなので、是非一度お試しあれ。
コレは、良い!
1
朝方の気温は−2℃、日中の気温は+3℃。
寒いのが収束したと思ったら、今日は大風が吹き、今年初めての黄砂が舞い上がっており、お昼の散歩時(昨晩は東京からの出張者のご接待で飲み過ぎ、朝寝坊の為散歩出来ず…)、口の中がジャリジャリしてました。
始まりましたね、黄砂の季節。さて、
前回は大分の麦焼酎「ほんのりお湯割り泰明」をご紹介しましたが、今回は芋です。
「百年の孤独」を造る宮崎の黒木本店が世に送り出す「喜六」(ホントは七が三つの喜ですが)であります。
しかも、今日ご紹介するのは2011年の新酒で、無濾過・無調製・黒麹・無農薬・有機農法芋使用の冬季限定版であります。


この黒木本店は、HPに掲載されている「ビジョン 私たちの目指すもの」をご覧戴ければお分かりになると思いますが、非常にマジメに酒造りに取り組んでいます。
社長の黒木さん(四代目)は、「酒造りは農業」と断言されているようです。
「人と大地が一体となった生き方とものづくりを目指して
人間同士が心を合わせ、汗を流して仕事に励み、自然と調和した質素で謙虚な『生き方』をすることと、土地を耕し、作物を育て、収穫に感謝する『ものづくり』を実践することにより、地球環境と自然の美しさを守り、すべての人を幸せにする『生き方』の手本となり、この大地に息づいた『土の文化』を醸し出していくことが私たちの求めるビジョンです。」
そして、具体的には焼酎カスの肥料を使い、有機農法とリサイクル、地域循環型農業に取り組み、良い焼酎を造り出す為に良い原料を自らの手で栽培・収穫し、昔ながらの造り方で全てを手作りしていると言う徹底っぷり。
脱帽ですねぇ。
そんな黒木本店が放つ数多くの焼酎については、麦であれ芋であれ、どれも素晴らしいモノばかり。
その黒木のコダワリの新酒で、しかも無濾過・無調製・黒麹・無農薬・有機農法芋使用の冬季限定版となれば、不味かろう筈はなし。
飲み口は非常に円やかで、深みのある味。
無濾過だけあって、ナニやら非常に濃ゆい味わいであり、キリリとした芋の甘みもありますなぁ。
こりゃ、美味い。
中々手に入らない銘柄ではあるようだけれども、ネットで探せば売っているお店もあるようなので、是非一度お試しあれ。
コレは、良い!
1
2012/2/21 22:34
司馬遼太郎「草原の記」 本(中国・モンゴル)
今日の棋盤井は晴れ。
朝方の気温は−11℃、日中の気温はナンと+9℃迄上昇。
う〜ん、コレはココ棋盤井にも本格的な春が訪れつつある、っちゅうコトでありますなぁ。
今日は南風が吹いて、日中はホントに暖かかった。
ダウンじゃ暑い位でした。さて、
司馬遼太郎大先生の「草原の記」であります。

超有名な司馬さんのコトなので、皆さんはご存知だと思いますが、このお方は大阪外国語大学でモンゴル語を専攻されていたのであります。
「空想につきあっていただきたい。
モンゴル高原が、天にちかいということについてである。」
と言う出だしから始まるこの物語は(流石に、ツカミはバッチリです)、司馬さん自身のモンゴルに対する個人的な強い思い入れ、憧憬から書かれている部分と、第二次大戦当時、自身が兵役で当時の満州国の四平と言うトコロで軍事訓練を受け、後に東満州の石頭と言うトコロに駐屯していた久留米戦車第一連隊に赴任していた時の部分、1973年(当時司馬さん50歳)とその17年後の1990年(当時67歳、亡くなる6年前)の二度、憧れのモンゴル高原(外モンゴル)を訪れた際に接待係として案内してくれた「ツェベクマさん」(当時、名門のウランバートル・ホテルに渉外係として勤務)と言う一人の女性の数奇な運命を辿った人生のコトを中心に書かれている部分から成っています。
流石に偉大なる歴史小説家のセンセイでいらっしゃいますので、その様々な場面でモンゴルの歴史、出来事、エピソードが散りばめられており(特に、寡欲で実にモンゴル的なオゴタイ・ハーンのおハナシは誠にオモシロい!)、非常に読み易く、ナニやらご本人に語り掛けられているかの如く感じる読み物であります。
ヒトに拠っては、この作品を叙情詩と迄言う人もいるほどであります。
この物語の中心人物であるツェベクマさんの人生は非常に数奇でありまして、元々はロシア領のブリヤート共和国に生まれ、幼くしてロシア革命の争乱を避ける為に避難したと思われる当時の満州国のハイラル近辺にあるソロン旗と言うトコロで青春を過ごし、結婚・一児を儲けた後にフフホトで文化大革命の荒波に揉まれ、最後は中国から子供だけを連れて逃亡し、一旦ブリヤートの親戚を頼むものの最終的には当時のモンゴル人民共和国に落ち着くと言う、モンゴル高原の中での4つの草原を転々とし、歴史と各国の政権交代等に翻弄された壮絶で、そして波乱万丈の人生だったのであります。
先に触れた、このモンゴル人を代表する寡欲な大ハーンでもあるオゴタイ・ハーンが、どこ迄ホントに言ったのかは良く分からないけれども、司馬さんはオゴタイの言として、以下を紹介しています。
ナニやら随分と哲学者めいた無常観を語っていますが、真実を語っているようにも思います。
「財宝がなんであろう。金銭がなんであるか。この世にあるものはすべて過ぎゆく」
「永遠なるものとはなにか、それは人間の記憶である」
「なぜあなたは財産をたくわえているのです。人間はよく生き、よく死なねばならぬ。それだけが肝要で、他は何の価値もない。あなたは、財産が人間を死から守ってくれるとおおもいになっているのか」
そして、この物語の主役のツェベクマさんは、歴史に翻弄され乍ら辿り着いた4番目の草原ウランバートルの地で、中国からモンゴルに「北帰」(?)し、26年振りに再会を果たした旦那さんを自らの腕の中で看取り、最後は郊外の草原に戻ってゲルで牛二頭と共に暮らしたと書かれています。
まるでオゴタイ・ハーンの言うモンゴル人の寡欲さを体現したような生き様であり、物欲のカタマリである日本人や中国人にはとても真似出来る生き方ではないのかも知れません。
司馬さんの願いを聞き入れてツェベクマさんが彼女の半生を語った後に、司馬さんが彼女に対して「ツェベクマさんの人生は、大きいですね」と言うと、彼女は「私のは、希望だけの人生です」と切りかえすように答えたのだそうです。
そして最後に、司馬さんが懇請して掲載されたと言われる、劇作家の山崎正和氏による毎日新聞の書評では、以下のように分析・解説されています。
「政治には裏切られつづけ、故郷も夫も奪われ、終生、不遇に甘んじながら、草原の天幕にもどった彼女はしたたかに明るい。彼女に苦痛はあっても絶望感がないのは、人間の歴史の真の支配者にありえず、この世にあるものはすべて過ぎゆくと、彼女の体内の血が教えているからにちがいない。」
「いうまでもなく、モンゴルは著者にとって年来のこころのふるさとである。それに満腔の感情移入を示して書かれたこの本は、著者のもっとも底深い歴史観を洩らしている、と見ることができる。平安朝から明治にわたって、日本の歴史を作りそのなかに生きる人間像を描きつづけた著者は、かつて、必死に生きる男を高所から俯瞰する感覚が好きだ、と述べたことがある。この言葉の真意が、けっして人間を小さく見る傲慢にあるのではなく、むしろ歴史そのものへの無常観、苦い諦念にあったことを『草原の記』ははしなくも告白しているように思われる。」
モンゴルの悲しい歴史、モンゴル人の思想・生き方、そして司馬遼太郎と言う人物及びその歴史観を知るには、大変良い本であると思います。
是非一度、読んでみて下さい(字も大きいし、ページ数も少なく、且つ平易な文章で分かり易く書かれておりますので、非常に読み易い本でありますよ)。
因みに、この書の中で度々登場する鯉渕信一教授と言うお方は、司馬さんと同じ大阪外国語大学モンゴル語学科出身で、開高健の「オーパ、オーパ!!」(モンゴル編)にも登場する鯉渕教授なのであります。
色んなトコロで繋がっていたんですねぇ。
また、この主人公であるツェベクマさんは「星の草原に帰らん」と言う本も出されていたのですね(鯉渕さんの日訳?)。
こりゃ、買わなきゃ。
おススメっ!
5
朝方の気温は−11℃、日中の気温はナンと+9℃迄上昇。
う〜ん、コレはココ棋盤井にも本格的な春が訪れつつある、っちゅうコトでありますなぁ。
今日は南風が吹いて、日中はホントに暖かかった。
ダウンじゃ暑い位でした。さて、
司馬遼太郎大先生の「草原の記」であります。

超有名な司馬さんのコトなので、皆さんはご存知だと思いますが、このお方は大阪外国語大学でモンゴル語を専攻されていたのであります。
「空想につきあっていただきたい。
モンゴル高原が、天にちかいということについてである。」
と言う出だしから始まるこの物語は(流石に、ツカミはバッチリです)、司馬さん自身のモンゴルに対する個人的な強い思い入れ、憧憬から書かれている部分と、第二次大戦当時、自身が兵役で当時の満州国の四平と言うトコロで軍事訓練を受け、後に東満州の石頭と言うトコロに駐屯していた久留米戦車第一連隊に赴任していた時の部分、1973年(当時司馬さん50歳)とその17年後の1990年(当時67歳、亡くなる6年前)の二度、憧れのモンゴル高原(外モンゴル)を訪れた際に接待係として案内してくれた「ツェベクマさん」(当時、名門のウランバートル・ホテルに渉外係として勤務)と言う一人の女性の数奇な運命を辿った人生のコトを中心に書かれている部分から成っています。
流石に偉大なる歴史小説家のセンセイでいらっしゃいますので、その様々な場面でモンゴルの歴史、出来事、エピソードが散りばめられており(特に、寡欲で実にモンゴル的なオゴタイ・ハーンのおハナシは誠にオモシロい!)、非常に読み易く、ナニやらご本人に語り掛けられているかの如く感じる読み物であります。
ヒトに拠っては、この作品を叙情詩と迄言う人もいるほどであります。
この物語の中心人物であるツェベクマさんの人生は非常に数奇でありまして、元々はロシア領のブリヤート共和国に生まれ、幼くしてロシア革命の争乱を避ける為に避難したと思われる当時の満州国のハイラル近辺にあるソロン旗と言うトコロで青春を過ごし、結婚・一児を儲けた後にフフホトで文化大革命の荒波に揉まれ、最後は中国から子供だけを連れて逃亡し、一旦ブリヤートの親戚を頼むものの最終的には当時のモンゴル人民共和国に落ち着くと言う、モンゴル高原の中での4つの草原を転々とし、歴史と各国の政権交代等に翻弄された壮絶で、そして波乱万丈の人生だったのであります。
先に触れた、このモンゴル人を代表する寡欲な大ハーンでもあるオゴタイ・ハーンが、どこ迄ホントに言ったのかは良く分からないけれども、司馬さんはオゴタイの言として、以下を紹介しています。
ナニやら随分と哲学者めいた無常観を語っていますが、真実を語っているようにも思います。
「財宝がなんであろう。金銭がなんであるか。この世にあるものはすべて過ぎゆく」
「永遠なるものとはなにか、それは人間の記憶である」
「なぜあなたは財産をたくわえているのです。人間はよく生き、よく死なねばならぬ。それだけが肝要で、他は何の価値もない。あなたは、財産が人間を死から守ってくれるとおおもいになっているのか」
そして、この物語の主役のツェベクマさんは、歴史に翻弄され乍ら辿り着いた4番目の草原ウランバートルの地で、中国からモンゴルに「北帰」(?)し、26年振りに再会を果たした旦那さんを自らの腕の中で看取り、最後は郊外の草原に戻ってゲルで牛二頭と共に暮らしたと書かれています。
まるでオゴタイ・ハーンの言うモンゴル人の寡欲さを体現したような生き様であり、物欲のカタマリである日本人や中国人にはとても真似出来る生き方ではないのかも知れません。
司馬さんの願いを聞き入れてツェベクマさんが彼女の半生を語った後に、司馬さんが彼女に対して「ツェベクマさんの人生は、大きいですね」と言うと、彼女は「私のは、希望だけの人生です」と切りかえすように答えたのだそうです。
そして最後に、司馬さんが懇請して掲載されたと言われる、劇作家の山崎正和氏による毎日新聞の書評では、以下のように分析・解説されています。
「政治には裏切られつづけ、故郷も夫も奪われ、終生、不遇に甘んじながら、草原の天幕にもどった彼女はしたたかに明るい。彼女に苦痛はあっても絶望感がないのは、人間の歴史の真の支配者にありえず、この世にあるものはすべて過ぎゆくと、彼女の体内の血が教えているからにちがいない。」
「いうまでもなく、モンゴルは著者にとって年来のこころのふるさとである。それに満腔の感情移入を示して書かれたこの本は、著者のもっとも底深い歴史観を洩らしている、と見ることができる。平安朝から明治にわたって、日本の歴史を作りそのなかに生きる人間像を描きつづけた著者は、かつて、必死に生きる男を高所から俯瞰する感覚が好きだ、と述べたことがある。この言葉の真意が、けっして人間を小さく見る傲慢にあるのではなく、むしろ歴史そのものへの無常観、苦い諦念にあったことを『草原の記』ははしなくも告白しているように思われる。」
モンゴルの悲しい歴史、モンゴル人の思想・生き方、そして司馬遼太郎と言う人物及びその歴史観を知るには、大変良い本であると思います。
是非一度、読んでみて下さい(字も大きいし、ページ数も少なく、且つ平易な文章で分かり易く書かれておりますので、非常に読み易い本でありますよ)。
因みに、この書の中で度々登場する鯉渕信一教授と言うお方は、司馬さんと同じ大阪外国語大学モンゴル語学科出身で、開高健の「オーパ、オーパ!!」(モンゴル編)にも登場する鯉渕教授なのであります。
色んなトコロで繋がっていたんですねぇ。
また、この主人公であるツェベクマさんは「星の草原に帰らん」と言う本も出されていたのですね(鯉渕さんの日訳?)。
こりゃ、買わなきゃ。
おススメっ!
5
2012/2/20 22:33
築地市場(その9) 日本の市場
今日の北京は晴れ(でも、今朝の空気は汚かったな…)。
朝方の気温は−7℃、日中の気温は+8℃迄(!)上昇したようです。
今日もいつものように午前中に内モンゴルに移動。
内モンゴル到着時の気温は+6℃(!)。
小春日和でありました。
昨日辺りから、またまた三寒四温の「温」の時期に入ったようであります。さて、
そろそろこの間の日本出張ネタは最後にしましょうか。
前回は築地朝ゴハンについてお伝えしましたが、今日は築地市場の場内市場についてです。

築地市場は、言わずと知れた日本で最大の水産市場。
季節季節で入荷するサカナは刻々と変わって行きますので、何度行っても飽きると言うコトがありません。
ホント、大好きな場所であります。
惜しむらくは、出張の身であるコトもあり、折角良い鮮魚を見付けたとしても購入出来ないコト。
所謂、生殺しの状態でありますね。
今回も、冬の築地市場ならではの、活きが良く、美しくてキレイな水産物満載でありましたなぁ。
垂涎。










ホント、毎日でも通いたくなる市場でありますなぁ。
東京在住のヒトが羨ましくてなりませぬ。

また、行きたい。
1
朝方の気温は−7℃、日中の気温は+8℃迄(!)上昇したようです。
今日もいつものように午前中に内モンゴルに移動。
内モンゴル到着時の気温は+6℃(!)。
小春日和でありました。
昨日辺りから、またまた三寒四温の「温」の時期に入ったようであります。さて、
そろそろこの間の日本出張ネタは最後にしましょうか。
前回は築地朝ゴハンについてお伝えしましたが、今日は築地市場の場内市場についてです。

築地市場は、言わずと知れた日本で最大の水産市場。
季節季節で入荷するサカナは刻々と変わって行きますので、何度行っても飽きると言うコトがありません。
ホント、大好きな場所であります。
惜しむらくは、出張の身であるコトもあり、折角良い鮮魚を見付けたとしても購入出来ないコト。
所謂、生殺しの状態でありますね。
今回も、冬の築地市場ならではの、活きが良く、美しくてキレイな水産物満載でありましたなぁ。
垂涎。










ホント、毎日でも通いたくなる市場でありますなぁ。
東京在住のヒトが羨ましくてなりませぬ。

また、行きたい。
1
2012/2/19 23:59
日中国交正常化40周年記念行事「元気な日本展示会」
今日の北京は晴れ。
朝方の気温は−8℃、日中の気温は+7℃迄上昇。
いや〜、日中は春めいてきました。
凍っていた河の水も溶け出して来ており、大分と寒さも緩んで来て、ダウンはもう着てられませんよ。さて、
昨年末に野田総理が訪日した際、元気な日本の姿を中国のヒト達にも見て貰いたい、と言う話を中国のエラい方々に約束(?)されたようで、そのお約束が日中国交正常化40周年に当たる今年の記念行事の一環として「元気な日本展示会」(中国語では「活力日本」)(日本語も中国語も、そのまんまの、ナニやらセンスの無いネーミングですなぁ…)がこの週末に北京で開催されましたので、ちょいと覗いて来ました(上海や香港でも開催されるようです)。


今回のイベントの目玉は何と言っても40周年の親善大使を務めるAKB48の2回の講演であったようですが、ソチラ方面には全くと言って良いホド興味を持ち合わせていないオジさんでありますので、ソレ以外の部分を見物して来ました(ソレでも1回500名の枠に14倍の応募があったのだとか…。スゴいモンですなぁ…)。
AKB48以外では、元々鈴木亜美が来る予定だったのですが、急病で来られなくなり、そのピンチヒッターとしてチベット出身のalanが講演をやっていたようです(コチラの方が多少興味あるかな。でも、行きませんでしたが)。
と言うコトで、展示場の様子はこんなカンジ。

中でも、東北大震災の復興展示や、東北各県の出し物があると言うコトでしたが、結構地味な割りに、中国の方々は皆さん熱心に見ておられました(結構行列したりもしていたんですよ)。


富士山の写真の前で写真撮ったり、郷土品の展示があったり。


展示場では、ソレら以外にも日本食の実演やら、日本の茶道の実演やらも。


日本の産業展などもありました。

ただ、全体的な印象としては、あんまり「元気な日本」をアピール出来ているカンジはなく、淡々と陳列しているだけ、と言う印象でありましたな。
まぁ、あんなモンなのかなぁ…。
折角やるならば、もっとアピール度高くすりゃあ良い気もしましたが、ねぇ…。
努力には敬意を表しますが、ホントにアレで「元気な日本」をアピール出来たのかは、少々疑問の残る展示会であったように思います(関係者の方々、ゴメンなさい)。
0
朝方の気温は−8℃、日中の気温は+7℃迄上昇。
いや〜、日中は春めいてきました。
凍っていた河の水も溶け出して来ており、大分と寒さも緩んで来て、ダウンはもう着てられませんよ。さて、
昨年末に野田総理が訪日した際、元気な日本の姿を中国のヒト達にも見て貰いたい、と言う話を中国のエラい方々に約束(?)されたようで、そのお約束が日中国交正常化40周年に当たる今年の記念行事の一環として「元気な日本展示会」(中国語では「活力日本」)(日本語も中国語も、そのまんまの、ナニやらセンスの無いネーミングですなぁ…)がこの週末に北京で開催されましたので、ちょいと覗いて来ました(上海や香港でも開催されるようです)。


今回のイベントの目玉は何と言っても40周年の親善大使を務めるAKB48の2回の講演であったようですが、ソチラ方面には全くと言って良いホド興味を持ち合わせていないオジさんでありますので、ソレ以外の部分を見物して来ました(ソレでも1回500名の枠に14倍の応募があったのだとか…。スゴいモンですなぁ…)。
AKB48以外では、元々鈴木亜美が来る予定だったのですが、急病で来られなくなり、そのピンチヒッターとしてチベット出身のalanが講演をやっていたようです(コチラの方が多少興味あるかな。でも、行きませんでしたが)。
と言うコトで、展示場の様子はこんなカンジ。

中でも、東北大震災の復興展示や、東北各県の出し物があると言うコトでしたが、結構地味な割りに、中国の方々は皆さん熱心に見ておられました(結構行列したりもしていたんですよ)。


富士山の写真の前で写真撮ったり、郷土品の展示があったり。


展示場では、ソレら以外にも日本食の実演やら、日本の茶道の実演やらも。


日本の産業展などもありました。

ただ、全体的な印象としては、あんまり「元気な日本」をアピール出来ているカンジはなく、淡々と陳列しているだけ、と言う印象でありましたな。
まぁ、あんなモンなのかなぁ…。
折角やるならば、もっとアピール度高くすりゃあ良い気もしましたが、ねぇ…。
努力には敬意を表しますが、ホントにアレで「元気な日本」をアピール出来たのかは、少々疑問の残る展示会であったように思います(関係者の方々、ゴメンなさい)。
0
2012/2/18 22:16
北京でホルモン!【庶民のモツ料理】B眉州東坡酒楼「干鍋肥腸」 北京でホルモン!
今日の北京は晴れ。
朝方の気温は−8℃、日中の気温は+3℃迄上昇。
段々と、徐々にではあるものの、暖かくなって来ておりますね。
ダウン着て外を歩いてたら、暑かった。
春はもうスグですね。さて、
前回は「河間驢肉火焼」のロバもつについてお伝えしましたが、今回も庶民のモツ料理をご紹介します。
【庶民のモツ料理】B眉州東坡酒楼「干鍋肥腸」
− くにくに、ぷるぷる感が堪らない、絶品の辛モツ −
今回は、北京で四川料理のチェーン店を展開している「眉州東坡酒楼」。


このお店には何度か来ているのだけれども、ココの四川モツ系の料理は中々にイケるモノが多いんです。
そんな中でも、ココのお店に於ける私的イチオシのメニューがコレ「干鍋肥腸」(gan1 guo1 fei2 chang2:がんぐぉふぇいちゃん)。

この料理は、豚の大腸をニンニク・青と赤の唐辛子・セロリ・玉葱等と共に、辣油、唐辛子に花椒で赤く炒めた(煮込んだ?)四川風の汁無しモツ鍋とでも言いましょうか。
ココの「干鍋肥腸」に入っている大腸は、ガツ(豚の胃袋)では無いかと思うホド肉厚で、歯応えも充分な、大きなモツが使われており、くにくに感とぷるぷる感がたっぷり、そして辛味とモツの旨味が渾然一体となって、たいそう美味いモノなのであります(少々ピンボケ、お許しを)。


この料理には、ビールも合うけれども、白酒も合いますよ。
乾杯を強要されずに、この料理を肴にちびりチビリとヤル白酒も悪くありませぬ。

この一皿で48元(600円弱)。
街の中華料理屋での一品としては決して安くはないお値段ではありますが、これだけのシアワセを与えてくれるモノでもありますので、高くは無いと思いますね。
是非一度、お試しを。
【お店データ】
所在地:北京市朝陽区白家庄東里乙20号楼(長虹橋南約200m)
アクセス:地下鉄10号線団結湖駅下車三環路の東側を南下すること約200m
電話:010-6582-3742
営業時間:11:00〜21:30
休日:なし
席数:100席?
予約:事前予約がベター。飛び込みでもOKかな。
【おススメ&イチオシ】
干鍋肥腸 48元
小二 10元
合計 58元(約700円)
【店のルール】
特に無さそう…
【より深く理解する為に】
「CRI Online:料理人からオーナー・シェフへ 眉州東坡酒楼」
「新・北京。おいしい生活。」眉州東坡酒楼(一)、(二)
お店の官方HP
「百度百科」
「大衆点評」
0
朝方の気温は−8℃、日中の気温は+3℃迄上昇。
段々と、徐々にではあるものの、暖かくなって来ておりますね。
ダウン着て外を歩いてたら、暑かった。
春はもうスグですね。さて、
前回は「河間驢肉火焼」のロバもつについてお伝えしましたが、今回も庶民のモツ料理をご紹介します。
【庶民のモツ料理】B眉州東坡酒楼「干鍋肥腸」
− くにくに、ぷるぷる感が堪らない、絶品の辛モツ −
今回は、北京で四川料理のチェーン店を展開している「眉州東坡酒楼」。


このお店には何度か来ているのだけれども、ココの四川モツ系の料理は中々にイケるモノが多いんです。
そんな中でも、ココのお店に於ける私的イチオシのメニューがコレ「干鍋肥腸」(gan1 guo1 fei2 chang2:がんぐぉふぇいちゃん)。

この料理は、豚の大腸をニンニク・青と赤の唐辛子・セロリ・玉葱等と共に、辣油、唐辛子に花椒で赤く炒めた(煮込んだ?)四川風の汁無しモツ鍋とでも言いましょうか。
ココの「干鍋肥腸」に入っている大腸は、ガツ(豚の胃袋)では無いかと思うホド肉厚で、歯応えも充分な、大きなモツが使われており、くにくに感とぷるぷる感がたっぷり、そして辛味とモツの旨味が渾然一体となって、たいそう美味いモノなのであります(少々ピンボケ、お許しを)。


この料理には、ビールも合うけれども、白酒も合いますよ。
乾杯を強要されずに、この料理を肴にちびりチビリとヤル白酒も悪くありませぬ。

この一皿で48元(600円弱)。
街の中華料理屋での一品としては決して安くはないお値段ではありますが、これだけのシアワセを与えてくれるモノでもありますので、高くは無いと思いますね。
是非一度、お試しを。
【お店データ】
所在地:北京市朝陽区白家庄東里乙20号楼(長虹橋南約200m)
アクセス:地下鉄10号線団結湖駅下車三環路の東側を南下すること約200m
電話:010-6582-3742
営業時間:11:00〜21:30
休日:なし
席数:100席?
予約:事前予約がベター。飛び込みでもOKかな。
【おススメ&イチオシ】
干鍋肥腸 48元
小二 10元
合計 58元(約700円)
【店のルール】
特に無さそう…
【より深く理解する為に】
「CRI Online:料理人からオーナー・シェフへ 眉州東坡酒楼」
「新・北京。おいしい生活。」眉州東坡酒楼(一)、(二)
お店の官方HP
「百度百科」
「大衆点評」
0
おおたま(本名:太田正義) 釣と酒と料理をこよなく愛すオジさん。 個別メールはmasayoshi.ota@gmail.com迄どうぞ。
