「黒部峡谷トロッコ列車と白川郷・五箇山旅行記(2)」
旅行・行楽
ホテルで
朝食バイキングをとった後、
8時15分に全員揃ってホテルを出発。最初の見学地は
「池田屋安兵衛商店(越中とやまの薬売り)」。ホテルから5分ほどの距離だったが、ドライバーが目的地近くの交差点を過ぎてしまって、少しばかり
市内遊覧のサービス?をしてくれた。程なく
「池田屋安兵衛商店」に到着した。
ガイドの説明によれば、この店は
2002年に公開された
「釣りバカ日誌13」の
舞台になり、
ロケが行われたという。他にも、
黒部ホテル(宇奈月温泉)や
トロッコ電車も登場するが、
映画に出ると一躍脚光を浴びるのが世の常。この効果もあって、
池田屋商店も有名になり客が増えたことに疑いの余地はない。
薬の土産なるものがあるのかと思ったら、結構あるものだ。店内には
「釣りバカ日誌13」の写真なども飾ってあった。
「越中富山の反魂丹、鼻くそ丸めて万金丹、それを飲むやつあアンポンタン」という江戸時代に流行った
「はやし唄」があるらしい。筆者は
「バカにつける薬はない」と販売を断られた。もちろん
冗談である。
「アンポンタン」という
菓子まで販売されていたのには驚いた。
薬屋だけに
「世界胃散」に登録されるかも?。
北陸自動車道と
東海北陸自動車道を乗り継いで、
五箇山(富山)に向かった。五箇山も白川郷(岐阜)も
「合掌造り集落」で世界遺産登録されたところであるが、
白川郷が圧倒的に
有名で
スケールも断然大きい。当初見学コースは、
白川郷を見てから五箇山を訪れる予定であったが、添乗員、ガイドらが相談して興ざめせぬよう
五箇山を先にしたのである。五箇山の合掌造りはいくつかの集落に散在しているが、
「相倉(あいのくら)集落」が1番規模的には大きい。途中
「菅沼集落」の横を通っていったが、観光客はまばら。
「相倉(あいのくら)集落」に到着して、散策したがこちらもそれほど客がいるわけではなかった。
同行のツアー客である
年配の女性が、食べすぎのため
胃酸を飲んできた話をしていた。
エンピロが割り込み「
胃散を飲んで
世界遺産見学ですか?」と
オヤジギャグを披露したら、
座布団を2枚?頂いた。
また、
東海北陸自動車道に上がって白川郷に向かう。
東海北陸自動車道は7月5日に全線開通したばかりだ。この道路を利用すれば、東海と北陸が近くなったことを実感するだろう。
白川郷は
8年前にも、このグループで訪れている。このときは
上高地(長野県)がメインであった。
白川郷・五箇山合掌造り集落が
「ユネスコ世界遺産」に登録されたのは
1995年で今から13年前。当事は、あまり世界遺産などに興味を持っていなかったが、再訪して感動を新たにした。
「白川郷荻町合掌造り集落」のなかで、いくつか入場できる建物があるが、今回は
「和田家」に入ってみた。和田家は世界遺産登録と同年に
国の重要文化財にも登録されている。スケールも大きいが、
木造、萱ぶき屋根ではあるが、地震や台風なのではビクともしない造りに感じられる。厳しい地形と気候風土の中で、このような木造住宅が生まれたのだろう。白川郷の佇まいを眺めていると、かけがえのない
大切な財産だと改めて実感した。
「屋根葺き」の光景をテレビで見たことがあるが、
「結(ゆい)」の精神が宿っていて、
共生・共同の精神を痛感する。助け合いの心が消え失せかかっている
現代社会への警鐘ともいえるようだ。
ここを1時近くにに出発して、最後のコース
「富山ます寿司工場見学」は
「源」という会社。
2時に到着してようやく
昼食である。工場も見学させてもらった。筆者を含め家族全員ます寿司が好きで、北陸方面の旅行では必ずみやげに買ってくる。今回は、
「ぶり寿司」も買ってみた。
あとは、福島に帰るだけである。ガイドさんが
「釣りバカ日誌13」の
ビデオ(DVD?)を持ってきてくれていた。ちゃんと
お膳立てがあったのだ。記憶に新しい
宇奈月温泉などの観光地や富山空港などが次々に登場してくる。
池田屋商店も出てきた。
西田敏行も
鈴木京香もトロッコ列車に乗ったのだ。もちろん普通運賃の客車である。今は亡き
丹波哲郎も出演していて懐かしくなった。
会津到着は8時近くになったが、
ドライバー、ガイド、添乗員の三位一体「結いの精神」で無事帰って来れた。おかげで楽しい旅行になったことに感謝したい。参加したツアー客の顔には満足感が漂っていた。

ANAクラウンプラザホテル富山のロビー。天井までもったいないくらいの高さがある。

ホテルの道路向いには富山城址公園がある。

「釣りバカ日誌13」のロケ地となった池田屋安兵衛商店。

反骨丹の製造実演に見入るツアー客。

富山市内は路面電車が走る。車窓から撮影。

五箇山相倉合掌造り集落

白川村の合掌造りで
最大規模を誇る
「和田家」。江戸初期の建築文化を今日に偲ばせる。代々
弥右衛門を継いでいるが、
初代和田弥右衛門は
初代村長であった。

屋根裏の黒光りする柱は縄で頑丈に固定されている。何百年の歳月と人間の暮らしの重みを感じる。

和田家内にあった全景の
パネル写真を撮ってみた。
エンピロの亡霊が写っている(笑)

白川郷のシンボル「であい橋」

「源ます寿司工場」の作業風景。

ます寿司(左)とぶり寿司。中身を撮るのを忘れてしまった。