みずほ情報総研06年5月2日コラムで、「
連鎖する格差〜子育てに押し寄せる格差の波」が掲載された。その全文が次である。
「近年、「格差社会」をめぐる議論が活発化しているが、子育ての世界も格差と無縁ではない。平成17年版の国民生活白書でも、子育て世代の経済格差の拡大が指摘されている。文部科学省によれば、経済的な理由で就学に支障がある子どもを対象に市町村が学用品や給食費等に係る経済的援助を行う就学援助の受給者が、過去4年で急増しており平成16年度には全国平均12.8%、東京や大阪では4人に1人に上るという(朝日新聞、2006年1月3日)。
実際、子育てにはお金がかかる。みずほ情報総研が内閣府からの受託研究として実施した子育てコストに関する推計結果(平成14年度値)によると、子ども1人を18歳まで育て上げるのに平均して1,700万円強かかり、うち約3割が教育支出である。私立の中学校に通うとなると、授業料など学校教育費だけで年間約90万円を支払わねばならない。経済格差が拡大する中で、高所得層は私立学校へ、低所得層は公立学校へという分化がさらに進んでいくのだろうか。
さらに子育てにおける格差は、経済格差を背景とした学校教育機会の格差だけではなく、家庭生活や親の価値観、それを通じた子どもの生活にも及んでいると筆者は考える。ベネッセコーポレーションの調査(「第1回子ども生活実態基本調査」平成16年、小4〜高2男女を対象とした調査)によれば、学年が上がるにつれて家庭での勉強を「2時間以上する」子と「ほとんどしない」子に二極化する傾向がみられる。公立学校で導入されつつある学校選択制も、都内の選択結果をみる限り、制度を有効に活用する家庭とそうでない家庭に分かれているようにみえる。早期教育の低年齢化や教育機会の選択性が拡大し、家庭の役割が増大する中、それにキャッチアップしていける家庭とそうでない家庭の格差は広がる一方ではないだろうか。
子育ての格差が広がる背景として、子どもの成長に対する親の影響が大きくなってきたことを見逃すことができない。保育サービスや塾・習い事の普及は、子どもの成長に与える家庭の影響を小さくしているようにみえる。しかし、子どものしつけ、すなわち生活習慣や価値観の継承に関する教育は「外注」しきれない。むしろ、核家族化や地域社会の希薄化により子育ての負担や責任は家庭に集中し、親の生活習慣や価値観が子どもに与える影響を大きくしている。このような中で、経済格差を背景に親の子育ての姿勢が「過保護・過剰投資型」と「放任・無投資型」に分化し、子どもの学力、生活習慣、価値観の格差を再生産しているように思われる。
子どもが育つ環境の格差は、その子どもが大人になっていく過程で「自由な時間やゆとりがない正社員」と「お金がないフリーター、ニート」という若年期の格差を生み出し、次なる晩婚化や少子化、子育ての二極化の問題を生み出していくおそれがある。これが格差社会の連鎖である。近年の子どもをとりまく状況は、わが国の将来における格差のさらなる拡大と社会の歪みを憂慮させる。
わが国の学校教育費を含めた子育て関連の公費投入額は、年間約20兆円(平成15年度)である。これを対GDP比で比較してみると、日本4.2%、アメリカ6.0%、フランス8.5%である。教育水準の高さはわが国の経済的成功の要因として指摘されることが多いが、これだけをとれば、わが国はもはや「教育大国」とはいえない状況にある。
とはいえ、子育て関連の公費投入額を単純に増加させれば問題が解決できる、というほど事態は単純ではない。核家族化と地域社会の希薄化を前提としながら、家庭に集中してきた教育機能を分散させる処方箋をえがき、これに思い切った公費投入を行うことが、格差社会の連鎖の解消に向けた緊喫の国家課題ではないだろうか。
(社会経済コンサルティング部 医療・福祉室 山岡 由加子)」
以上のように実態を把握することが、ビジネスの前提である。それに比べて、小泉政権は実態を見ようとしない、見る感性がない。「汗する人たちが報われる社会」等と実態と
関係性がない発言をしている。こんな政治家に国民などと言われたくないものだ。

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