朝起きて、新聞を眺めていたら
「ポリティカにっぽん」(朝日新聞6月18日付け朝刊)に眼が止まり、「『自由と生存』の選挙だ」「希望は戦争」という見出しにどきっとした。
この記事はコラムニストの早野透氏が書き、「フリーターの希望は『戦争』か?」というテーマで1975年生まれの3人(雨宮処凛さん、赤木智弘さん、杉田俊介さん)のトークライブが東京・渋谷で催されたことを伝えている。
「バブルが崩壊して、大型倒産が続いた就職氷河期に遭遇、『正社員になれずフリーター生活を始めた。
いったんフリーターの穴に落ちると正社員に這い上がれないこと、自分に自信が持てず将来の不安にさいなまれること、過労死寸前でもアフリカの飢饉の難民より幸せだろうと世間のあざけりを受けること。3人はこもごも語った」。
「そもそも『希望は戦争』と言い出したのは、赤木さんだった。雑誌『論座』1月号に“『丸山真男』をひっぱたきたい”と題して書いた論文が発火点である。・・バブルがはじけたあと、企業は経営スリム化の犠牲を派遣社員やパート、アルバイトなど非正規雇用に押付けた。もはや雇用者全体の3分の1におよぶ。正社員の組合は自分たちの利益ばかりで、フリーターに手を差し伸べてはくれない。こんな『平和』が続くかぎり、アパート暮らしの若者には出口がない。トークライブは戦争論で白熱する。
『戦争は社会の秩序を破壊して流動化させる』
『平和な社会で差別と屈辱に苦しむよりも、戦争になってみんなが平等に苦しむ方が言い』
安部政権は・・日本を『戦争のできる国』にしたい。これはフリーターの『希望は戦争』と重なるのか。・・
フリーターの戦争は、いわば人生の転換闘争である。・・つまりやぶれかぶれ?火事場泥棒?いや、米騒動だよ。企業の肩ばかり持って、おれたちを痛めつける新自由主義をぶったおせ。トークライブの質疑が盛り上がった」。
この中身、実は
kamoさんが「カモブログ」で1月から今までに4回エントリーしている。
『論座』(朝日新聞社)1月号と6月号の記事を扱ったエントリーである。
kamoさんの「カモブログ」を是非読み直してもらいたい。
http://blue.ap.teacup.com/perie/
この4回のエントリーを整理した小見出しを並べると、次のようになる。
1「若年フリーターの問題について」(1月21日付け)
○現代の貧困
○先の見えない生活を強いられる若者たち
○貧困層の拡大〜「貧困ビジネス」の登場
○閉塞感の行く先は・・・
2「若年フリーターの問題についてA」(2月7日付け)
○若年フリーターの日常と不安
○日常を脱する「流動化」
○「流動化」という「改革」要求の問題点
○現在の戦争の実態
○当たり前の主張をねじまげられないために
3「若年フリーターの問題についてB」(3月17日付け)
○「論座」赤木氏への反響
○「埼玉働く青年交流会」
○「首都圏青年ユニオン」のこと
○共に手を携えて
4「共に声を上げよう!」(5月31日付け)
○「『丸山眞男』をひっぱたきたい31歳フリーター。希望は、戦争。」応答への反論
○追い詰められる「貧困労働層」
○「貧困労働層」が手を取り合うことは可能か
○青年の、青年による、働くもののための大集会
○共に声を上げよう!
私はこのブログの真面目さと優しさに惹かれる。
現実を鋭く見て、それでいて評論家的ではない。その解決策を一緒に考えようとするkamoさんの心が伝わる。上からも下からも見ないで、同列の位置に自分を置いている記事である。そして、決してぶれない。
3で、「企業がカネさえ儲けられれば戦争体制も辞さず。資源と市場を求めて、米国と共に世界中に覇権を目指す現在の『構造改革』路線は、格差社会の拡大を進めるものである。解決は決して戦争には無いのだと赤木氏には理解してもらいたい」と。
そして
4で、「結局、赤木氏は『私は社会と戦いたい。もっと考えたい』と言い、そうした時間・ゆとりを保障する『土台』を整備することが、応答した大人の責任だ、と結んでいる。『私は戦いたい。もっと考えたい』という考えはもっともだ。ただし、『そのゆとりを保障してくれ』と応答した人に言ったところで、それは他力本願というものだろう。この点、周りに連帯して戦うことのできる人、共に、信頼してたたかうことのできる人のいない(と思われる)赤木氏の弱みのような気がする。しかし本当に『貧困労働層』が手を取り合って世の中を変えることは可能だろうか。他力本願でなく、自分たちで手を取り合って世の中を変えたい・・・そういう人たちによる行動が、現に行われてきている」と語り、運動の実例を挙げている。
この記事を書くに当り、改めてこの
4つの記事を読み直し、決して言いぱなしにしないkamoさんの生活感が現れている。
私のブログは、毎日の新聞等の気になる記事を題材にして、“頭に来る”“シャクにさわる”“許せねー”を連呼しているようなものである。それに比べて、kamoさんの記事は、ジックリ腰を落ち着けた内容で、読者を冷静にさせ、怒りだけで終わらせない力を与えてくれる。
権力からすると、本当に恐いブログの一つが「カモブログ」だろう。このようなブログと
関係性をもっと深め、そこからもっと学び、足が地に付いたブログを書いていきたいと願うばかりである。

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