
マイケル・ムーア監督の『シッコ』(SiCKO)(=“ビョウキ”)の全国上映が始まった。
ブッシュ政権はムーア監督に、取材でキューバへ不法入国容疑をかけ、上映中止のオドシをかけたので有名な作品である。
「医療保障の破滅によって崩壊し、粉々にされ、場合によっては絶たれてしまったごく普通のアメリカ人数名のプロファイルで幕をあける本作は、その危機的状況が、4700万人の無保険の市民たちだけでなく、官僚形式主義によってしばしば締め付けられながらも保険料を律儀に支払っている、その他数百万人の市民たちにも影響を及ぼしていることを明らかにする。いかにしてこれほどの混乱状態になったのか、それだけを述べた後、観客はすぐに世界へ連れ出される。カナダ、イギリス、フランスといった国を訪れるのだが、それらの国々では、国民全員が無料医療という恩恵を受けているのだ。またムーアは、9・11事件の英雄の一団を集結させる。彼らは、アメリカにおいて医学的治療を拒否され、今も衰弱性疾患に苦しむ救助隊員たちであった…」(
goo映画より)。
米国の医療制度の実例は、まさに貧困国を表現している。要するに、先進国で唯一国民皆保険制度を持たないアメリカでは、保険に加入していない人たちが医療にかかれないのではなく、民間の保険に加入していても治療を拒否される現実をドキュメントとして描いている。
アメリカの「シッコ」上映映画館での出来事が書かれたブログを見つけた。
森田玄氏「玄のモリ農園ダイアリー」ブログの7月10日付け記事「“Sicko”」
http://moritagen.blogspot.com/2007/07/sicko.htmlである。「シッコ」上映の反響を伝えるメール「Sicko Spurs Audiences Into Action」を紹介している。
テキサスといえば保守の牙城です。なかでもケネディ大統領が暗殺されたダラス市は、カウボーイハットの男たちが "W"のスティッカーを貼った大型四駆車を乗りまわして、イラク戦争とか地球温暖化などは市民の話題にはなりません。ちなみに、“W”サインはブッシュのことです。すこしでも大統領のことを批判したら袋だたきになるようなところなのです。
この記事を書いたひとは、もちろんいわゆるリベラル派で、いつもは住んでいるダラスでは肩身が狭い想いをしているわけですが、"Sicko"を観に、それもどう人びとが反応するか興味があって、一般の人の行くようなモールの中にある映画館に行ったそうです。そのときの様子がこう書かれています。
「席に座ると、お決まりのカウボーイハットをかぶった50代とみられるいかにも保守的な男がうしろに入ってきました。そして映画館内に響くような強いテキサスなまりの声で隣に座ったその男の妻に『これを観にわざわざきてやったんだぞ。ありがたく思え』と言ったのです。
"Sicko"が始まりました。でも、私のうしろに座ったこの典型的なレッドネックのテキサス男はしゃべり通しなのです。それで私は聴いていました。
最初の10〜20分間、この男は彼の妻にむかってマイケル・ムーアをけなし続け、ムーア監督のお得意の独り言のシーンにくると鼻をならして不快感をあらわにしました。
でも、映画が進行するにつれ、この男の抗議の声がだんだん小さくなり静かになっていきました。映画の中頃になって、"Sicko"がこの男の心を変化させたことに私の耳がきづきました。
45分を経過したころになると、このレッドネック男は、なんと、ほかの観客と一緒になって思わず拍手しはじめたのです。もう映画をあざけるようなことはせず、スクリーンに向って『そうだ!こんちきしょうめ!』と叫び始めたのです。まるで世界がひっくり返ったようです。ここはテキサスなんです。大統領は神様みたいなもので民主党を支持するのはみんなテロリストだなんていうのですから、マイケル・ムーアなぞは人民の敵ナンバーワンのはずです。
映画が終わる頃になると、その人民の敵ナンバーワンがジョージ・ワシントンかアブラハム・リンカーンかジョン・F・ケネディか、それをみんな足したものになっていました。
最後のエンドロールになると観客はぞろぞろと出て行きトイレに向いました。小便をしながらも、このレッドネック男は映画の感想をしゃべりまくり、それを私も聴いていました。彼がたまたまとなりで用をたしていた40代の黒人と話し始めると、まもなく全員が用足ししながら、なんてあらゆることがひどいんだと話し始めたのです。
わたしはちょっと距離をおいて、みんなと一緒にトイレから出ました。トイレの外では・・映画館が大変なことになっていました。
女性トイレの前が、"Sicko"を観た観客でいっぱいになって、即席の市民集会場に様変わりしていたのです。
こんなことは見たことがありません。ここはあのテキサスなんです。フランスでもなければどこかのリベラルな大学のキャンパスでもないんです。ところがいまここで、まったく見知らぬひとびと同士が興奮して映画のことを話し合っているんです。まるで今観たことでなにかやらないとこのまま家には帰れないという感じです。
レッドネック男とその黒人は、女性トイレの前のひとだかりの中にかれらの妻たちを見つけました。私は、私の妻が出てくるのをうしろで待っていました。
やがて、話しは見知らぬ人びとの群れのうちの10〜12人を中心になっていき、私たちがそのまわりに立って耳をそばだてるかたちになりました。
レッドネック男がトイレで知り合ったあの黒人が大きな声で叫んだのでみんながいっせいに静かになりました。30〜40人の目がこの黒人に注がれました。
『俺たちがこれを観て、それでなにもしなかったら』彼は言いました、『何の意味がある?なにか変えなければいけない』。沈黙があり、するとあのレッドネックの妻がEメールのアドレスを交換しようと言い出しました。突然、みんなが全員のアドレスをメモしはじめ、また集まってなにかしようということになったのです。なにをするのか分かっているひとは誰もいないようでしたが。
私はなにか稀に見る奇妙な抗議集会デモに足を踏み入れたような気になりました。ただ、それはヒッピーたちではなく、なにかにこころを深く動かされたあらゆる年齢、人種、階層、職業のひとびとが一緒になった集まりでした。
私の30年にわたる人生で、この映画ほどひとびとに一体感を与えたものは考えられません。それはまるで新しい政治運動の出生に出会わせたような経験でした。9・11以後でさえ、すくなくてもテキサスでは、このような反応はありません。もし"Sicko"に本当にこのようなパワーがあるのなら、マイケル・ムーアは驚きを超えたすごいことをやったものです。もし、それが人びとを変え、テキサスでも超保守の温床とされるところでひとびとにこのような影響を与えることができるなら、"Sicko"は単なるすごい映画というだけではなく、これを観ることが人生でもっとも重要なことのひとつになるでしょう。」
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なにかがアメリカで起こりつつあることを、これが多少誇張された話しとしても、感じませんか。
この玄さんのブログには衝撃を受けた。
私は川崎の映画館で見て、上映が終わると同時に観客が黙って会場から出て行く姿を見た。心の奥底に秘めたるものを持ってか、他人事としてみているのか、解釈できない状況に遭遇した。しかし、間違いなく、日本の医療実態と重ね合わせて悲観的になった人たちが多かったと思う。その一人が私でもあることに今になって気が付いた。
森田玄氏は
「平和省プロジェクト」に参加し、第3回平和省地球会議の開催に尽力をしている。世界の平和を追求することと医療制度の確立や貧困の除去は切り離せない。
9月21日(金)セレブレーション・コンサート
9月26日(水)東京シンポジウム
9月29日(土)広島シンポジウム
http://ministryofpeace.jp/
この平和を希求する人たちと
関係性を深めよう。

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