10月18日に京都府綾部市で「全国水源の里シンポ」が開幕した。
過疎高齢化で存続の危機にある『限界集落』について考えるもので、『限界集落』の概念を提唱した大野晃(長野大教授)の基調講演と地域再生に取り組む人たちのパネルディスカッションが行われた。

(京都新聞より10月19日付け)
『限界集落』とは、「65歳以上の高齢者が集落人口の半数を超え、冠婚葬祭をはじめ農業用水や生活道の維持管理などの社会的共同生活の維持が困難な状態に置かれている集落」と大野氏は規定している。
綾部市は市東部の五つの『限界集落』を「水源の里」として、活性化に向けた条例を今年4月に全国に先駆け施行し、定住支援、特産品開発などで集落の再生を目指しており、その動きを全国にもとシンポを催した。
29道府県51市町村から850人が参加した。実行委員長の四方八洲男綾部市長が「集落に住む人たちが誇りを持って暮らし、地域を守っていくという気持ちが大切。そのためには上流と下流の緊密な連携が必要」とあいさつし、大野氏が「集落を失えば、伝統文化は無くなり、山は荒廃する。下流に住む住民にも水害の増加や海の環境悪化が起こる。森林環境交付税の創設などで国民全体での支援が必要」と訴えた。
このシンポの中で、甲斐重勝氏(元宮崎県諸塚村長)は「諸塚村は95%が森林。定住環境としても最も厳しい奥地だが、村民には大切なふる里で安住の地だ。『林業立村』を合言葉に、シイタケや茶などの複合経営で自立した村と評価された。88の点在集落をつなぐ道路網の整備にも力を入れた」(朝日新聞「限界集落 再生の道は」10月21日付け)と『限界集落』への抵抗事例を明らかにした。
ブログ「おげんきですか わたなべようこです」では『水源の里と構造改革』(10月18日付け)を掲載している。
http://blue.ap.teacup.com/yohko/
わたなべようこさんは綾部市の共産党議員で、このシンポについて「連絡協議会をつくり、霞ヶ関をも動かそうと言うことです。しかし、一方で構造改革を大いに進めよう、改革の火を消すなと言われている訳で、私にするとどうにもそこに矛盾はないのだろうかとの疑問が沸いてしまう。地方分権、地域からと言われるんだけれど、ここまで農村・農業を落とし込めて来た原因、政治の有り様をえぐらなければ、ここだけ聖域だよとつっこんでみてもままならぬと思う」と感想を述べている。
「限界集落 消えゆく前に」(NHKテレビ「視点・論点」11月19日)で、大野晃氏は「昨年、国土交通省が過疎法に指定されている755の過疎市町村の6万2271集落を対象に行った調査では、全国で限界集落が7878集落(12.6%)、消滅の恐れがある集落が2641集落(4.2%)ある」と解説した。
「ある老人は、“戦後の食糧増産に励み、子供を都会へ送り出し、気がついた時は農業、林業は低迷し、激しい労働で残ったものは、老人のシワと神経痛だけだ”と語っています。また、ある古老は、“山間部集落が一つ二つと消えていく。これは一種の癌のようだ。早く手当てをしないと取り返しがつかなくなる”とため息をついています。いま耕作放棄地の増大、林業不振による人工林の放置林化で荒廃の一途をたどっています。・・
すみかを奪われた野鳥が姿を消し、荒廃し保水力を失った人工林は、水枯れの沢を生むだけでなく、時として鉄砲水をよび、これが水棲昆虫やエビ、カニ、川魚のすみかを奪っています。また、むき出しの表土が雨で河口に流され、沈澱堆積し磯枯れした死の海をつくり出しています。
保水力の低下した『山』は、渇水や鉄砲水による水害を発生させ、下流域の都市住民や漁業者の生産と生活に大きな障害を生んでいます。限界集落の問題は、いまや山村住民の問題にとどまらず、都市住民や漁業者が無視できない状況に立ち至っており、国民総意で考えていかなければならない問題になっています」と。
そして、限界集落を抱えている山村の地域再生をどう考えたらよいのか。この問題を次の4点に絞って述べている。
「
第1は、山村自治体の地域再生には、集落の状態に応じた対応が必要だということです。現状の山村集落の動向をみますと、図(注)に示されているように存続集落が準限界集落へ、準限界集落が限界集落へ、さらに限界集落が消滅集落へ移行しています。ですから、準限界集落の状態にあるときに存続集落へ再生していく手立てを講ずることが地域再生のポイントです。限界集落の状態にある集落を存続集落へ再生していくのは多くの困難が伴います。限界集落になってから対策を考える『後追い行政』ではなく、準限界集落の状態にあるときに存続集落へ再生していく対策を講ずるような予防行政の視点に立った対処が重要です。
では、限界集落への対処をどうしたらよいのでしょうか。限界集落で暮らしている高齢者の多くは、現在住んでいる所で暮したいと考えています。それは『山』で60年、70年暮らしてきた老人にとって『山』は自分の生活に溶け込んでいる存在であり、そこで暮らすことが最もストレスのない生活の場になっているからです。ですから老人が街へ降りなくても生鮮食料品の確保や年金が引き出せるような最低限度の生活、『ライフ・ミニマム』が維持できる施設を行政が設置し、豊かな老後を送れる手立てを考えるべきです。こうした施設があれば、団塊世代や山村暮らしに関心を寄せている若者にとっても山村に入り易くなることをつけ加えておきます。
(注:ウィキペディアでの分類より)
●存続集落:55歳未満人口比50%以上:跡継ぎが確保されており、共同体の機能を次世代に受け継いで行ける状態
●準限界集落:55歳以上人口比50%より高い:現在は共同体の機能を維持しているが、跡継ぎの確保が難しくなっており、限界集落の予備軍となっている状態
●限界集落:65歳以上人口比50%以上:高齢化が進み、共同体の機能維持が限界に達している状態
●消滅集落:同上:完全に無住の地となり、あるいは住民が残っていても、共同体としての機能を失った状態
第2は、流域共同管理の必要性です。山と川と海は自然生態系として有機的に結びついている総体的存在です。ですから、上流、中流、下流の流域社会圏の中で下流域住民が上流民の問題を自分たちの問題としてとらえ、上流への多面的支援を行いつつ流域住民が一体となって流域環境を共同で保全管理していくことが必要です。『山』を豊かにすることが、川や海を豊かにし、これが流域に暮らす人々の生活の豊かさにつながることを認識することが大切です。
第3は、草の根からの政策提起による地域再生の重要性です。21世紀は地方の草の根からの政策提起が国政を動かす時代です。京都府の綾部市は、全国に先がけ限界集落化した水源の里を市挙げて守っていくために『水源の里条例』を制定し、水源の里への全面支援に乗り出し、全国的に大きな反響を呼んでいます。綾部市にみる草の根の政策提起を全国の自治体が自分の問題として受けとめるとともにこの政策提起を国の施策に結実させていくことが日本の将来を展望する重要なカギです。
第4は、『人間と自然』の複眼的視点に立って地域再生の方向性を考えることです。都市機能を集約するコンパクトシティーの発想は、人間社会に焦点を当てた単眼的視点です。『人間と自然』がともに豊かになるような地域社会の実現を目指すこと、これが明日の日本を見つめる方向性であり、重要な視点です。
最後に、政策提起型の地域づくりについてふれておきます。これからの地域再生を考えるとき、アイデア提案型の地域づくりにとどまらず、自分たちの地域を自分たちの手で活性化していくため、住民自らが政策立案を行い、地域づくりの実践主体になるような政策提起型の地域づくりが重要になってきていることを指摘し」ている。
「限界集落 国土崩壊を止められるか」(テレビ朝日 サンデープロジェクト12月2日)を、相川俊英氏(ジャーナリスト)が報道した。
「国交省の調べでは、現在、限界集落は全国で7878もあり、うち10年以内に消滅する可能性のある集落が423もあり、これが全国に広がっている」と。
ここで、『限界集落』が増えた理由を次のように述べている。
政府は国策として農地をヒノキやスギを植える指導をした。それをまともに受け入れた地域が悲惨な状況になっている。木材価格は低下し、若者は都会に追い立てられ、誰もさわらない山林が残った。年寄りが残り、人間同士の関わりも低下した。しかし、それだけでは終わらない。山林に下草が生えないほど地面に日の光りが入らず、保水力をなくし、雨が降っても降らなくても土砂崩れが年寄りの生活に打撃を与えている。
ところが、四国の旧十和村(現在は四万十町)は国の政策に従わず、複合農業で過疎地にならず、町が活性化している。同じ高知県の大豊町が、天然林(広葉樹)対人工林(針葉樹)が3:7になっているのに対し、ここは6:4である。そして、複合農業が成功し、1度都会に出た若者たちが町に戻り、過疎化しない。日本の山林が、荒廃し、保水力が低下し、がけ崩れなどが多くなっているのは、田んぼを減反政策でやめさせ、針葉樹の植林をさせた林野庁の政策の失敗である。(
オーマイニュース12月3日付け大津留公彦から引用)
ブログ「大津留公彦のブログ2」http://ootsuru.cocolog-nifty.com/blog/

(旧十和村複層林) (四万十町一の又渓谷風景林)
同時に、このテレビ報道に対して、
ブログ「きまぐれな日々」は『保水力の落ちた「限界集落」の山林と自民党の地盤』と『限界集落についての補遺 & 防衛疑獄捜査の今後』を記事にしている。
http://caprice.blog63.fc2.com/
そして、このテレビ報道以前に、
「西日本新聞」は「集落から1つ、また1つ、暮らしが消えてゆく。原野に戻る田畑、廃屋、そして残った人々も、がらんとした集落とともに老いを深める」(第1回)として、10月1日からの12回の連載で九州の『限界集落』を足で報道している。
記事一覧http://www.nishinippon.co.jp/nnp/local/feature/genkaishuraku/
「限界集落 消滅の危機を脱するには」(朝日新聞論説欄10月24日付け朝刊)で、次のように述べている。
「・・多くは、川の上流の山間部にある。農林業の衰退とともに働く場がなくなり、お年寄りだけが残された。日々の買い物や通院の足に事欠く。田畑や山林の管理、冠婚葬祭もできにくくなる。その先に待っているのが『廃村』だ。・・
何か打つ手はないものか。そう悩む自治体の間で注目されているのが、京都府綾部市がつくった「水源の里条例」だ。限界集落について、水と空気を生み出す水源の里と積極的にとらえ直し、支援する。全国で初めての条例である。
高齢者比率60%以上、20世帯未満、市役所から25キロ以上離れている、水源地域にある――。そうした条件で五つの集落を支援の対象に選んだ。
4000万円の予算を組み、5年の期限で、特産物の開発や空き家の活用による新住民の誘致などに助成する。
これまでの過疎対策と違うのは、自立への道を住民に考えてもらうことだ。
・・ある集落は特産のトチの実をまぜる餅をもう一度つくりたいと提案した。
トチ餅は10年前までつくっていた。ところが、トチの実がシカに食われたため、餅づくりをあきらめていたのだ。
ボランティアの力を借り、トチの木の周りにシカよけのネットを張った。市は古い集会所を改装し、こうした食品を加工できる施設を造った。お年寄りによるトチ餅づくりがこの秋から復活した。
70年に過疎対策の法律ができてから、過疎地域で実施された事業は04年度までで76兆円にのぼる。
大野晃教授は、これまでの施策に批判的だ。『縦割りで下ろされた規格品(の対策)を押しつけても根づかない。その土地の特性や地元の主体性を踏まえてこそ有効な支援になる』と語る。
綾部市の条例では、水源の里に人が住むことで森林環境を守れるとして、その恩恵を受ける下流の人々との連携もめざしている。・・
人々がずっと暮らしてきた集落が消えていくのは、なんとも寂しい。人がいなくなれば、山野も荒れる。消滅の危機を乗り越え、豊かな自然の中で集落を再生させる道は何なのか。綾部の実験は、その大きなヒントになるはずだ」と。
この論説を受けて、横浜市社会福祉協議会 福祉よこはま146号リレートークで
「限界団地」(丹直秀・財団法人さわやか福祉財団理事)を掲載した。
「・・他人事ではありません。横浜市でも、各地の住宅団地はいっせいに高齢化の道を急ピッチで辿っており、高齢化率50%以上『限界団地』となる時期は目前です。市や区などの行政に頼っても、文字通り『限界』があります。では、綾部市の水資源に相当する横浜市の地域資源は何でしょうか。結論はやはり『人』でしょう。過疎地と違い、横浜市の人口は多く、それだけに支援の対象者も多い反面、支援の担い手になれる人もたくさんいます。
私の住む港南区ひぎり地区でも住民が動きだしました。連合自治会や地区社会福祉協議会と連携をとりながら、一般住民が『ひぎり地区の明日を考える会』を立ち上げました。まだ、ささやかな動きではありますが、自ら動くというところに『限界団地』対策のひとつとして大きな意義があると考えます。さわやか福祉財団のスタッフを務めながら、その理念『新しいふれあい社会の創造』とノウハウを地元に活かしたいと考える毎日です」と。
様々なメディアが『限界集落』を扱い始めた。シンポジュウムも含めて、それぞれの地方の実態を明かにしてもらいたい。都会に住む私には考えもつかない問題がかなり隠されている。そして、その実態に誰でもが深く関わり、他人事ではない。
新自由主義によって都会の中での貧富の格差を急激に作り出してきた。それに対して、時間をかけたグローバリゼーションによって国内農林水産業を圧迫し、自給率を低減させ、減反を押し進め、若者を地方から排除し、地域間格差を明確化させてきた。ここにきて、『限界集落』と呼ばれる実態が顕在化した。
地方に置き去りにされた老人をどうするかという議論に終始すると、『限界団地』という見方と同値になる。『限界団地』の論調はさわやか福祉財団の狭い見方を代弁しているに過ぎない。人間関係だけで『限界団地』への対策としている。
『限界集落』の問題は、政府の経済政策の問題であり、経済格差の問題であり、貧困者を作り出して切り捨てる問題であり、自然破壊という環境問題である。
まさに、『限界集落』の解決と集落復帰には人と環境の破壊からの脱却と同値であり、ワーキング・プア問題の解決と重なりを示す。
ワーキング・プアや貧困問題そして環境破壊に抵抗する人たちとの
関係性を強めたい。

2