関係性

 社会のすべてが関係性によって成り立っている。
 この関係性によって多くの市場情報や生活情報を獲得でき、次の一歩への考えもまとめることができ、今までの考えを変えることもできる。
 情報取引の連続性によって、企業間関係や人間関係に信頼関係が結びつき、相互依存関係にまで達することを期待したい。

 

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投稿者:nike free 7.0
ところで、養老孟司氏は悲惨な農業の現実も見ながらの発言であるなら、こんな素晴らしいことはない。
 不在農地が増え老齢化した農民をも意識した発想なら手足から得られる感覚だけでなく、皮膚からも頭からも感じ取れる。林業は伐採能力を失い、農産物価格は輸入農産物に押されて低迷し、若者の地元離れが進行し、限界集落を増やしている。米どころでは、老人が自分たちの食べるコメだけを生産し、農協組合員を放棄して組合費を削減して辛うじて生き残っている人たちも多くいる。そして、山と平地と海がつながる環境連鎖とあいまって、資源管理もできずに沿岸漁業での魚介類が減り、ここでも漁協組合員の減少を誘発している

http://www.nike-free-70.com/
投稿者:morichan
 kokemomoさん
 最近かなり若い人たちの間に「半農半X」という言葉が広まっています。
 農業だけでなく、何かもう一つ付け加えないと農業一辺倒では都会人には入り込めない、ということなのかも知れません。もしくは、農業との付き合いは長期でなければ理解できないため、何かもう一つをしながら続けることを言っているのかも知れません。
 「食べ物を作り、家を建て、家具を作り、衣服を作り、花を育て、動物と暮らす」がまさに百姓でしょうが、それさえ許さない社会・経済構造は金に支配された新自由主義と金にまみれた生活者の哀れな心を闊歩させています。
 この状況下では自然を楽しむ美しい世界はかき消され、若者の農林漁業への意欲を台無しにされる可能性があります。
 このような状況から脱却するために、ジックリ考えるネットを広げていきましょう。

http://green.ap.teacup.com/passionnante
投稿者:morichan
 junさん
 また、新しい引越し先にも訪問させていただきます。

http://green.ap.teacup.com/passionnante
投稿者:morichan
 junさん
 本年もお付き合いを願います。
 農業の大変さは、junさんの言う通りだと思います。
 若者は都会で苦しみ、農的生活に夢を語る人が増えています。それも一度も農業の経験がない人たちです。意気込みは買いますが、失敗したときの行き場のなさは甚大な精神的ショックを受けることになると思います。
 「覚悟」を援助できるシステムを作り、将来の希望を与えるには新自由主義の離脱も政府施策に加えない限り、悲劇は起ります。
 社会構造を変えることを無視した中で、「やる気」だけを都会に悲観している若者に押付けないでもらいたいと思います。若者が農林漁業に行くのは、観光や老後ではないのですから。

http://green.ap.teacup.com/passionnante
投稿者:morichan
 nakayosiさん
 農林水産省に係わらず、全ての省庁は、形式的施策を行い、本来の社会・経済構造を一切見ないため、お前達(庶民)のためにやってるんだ、と言っているようなものです。
 上から下への施策です。
 政府の施策には注意深く見ないと、危険がいっぱいです。

http://green.ap.teacup.com/passionnante
投稿者:kokemomo
morichanさん。
こんなブログを取り上げてくださって、恐縮しております。私は農を生業とはしてはいないので、農業という言葉は不適なように思います。百のことができるという意味の百姓が私の理想です。食べ物を作り、家を建て、家具を作り、衣服を作り、花を育て、動物と暮らす・・・・本来最も豊かであったはずの生き方です。それなのに貧困に苦しみ、誰からも見捨てられてしまおうとしているのは、人の価値観があまりにも壊れてしまったからでしょう。こうしたことに気がつかなければ、社会の再生などありえないと思います。
投稿者:morichan
 杉浦ひとみさん
 循環を考えますと、職業の循環も必要なのかもしれません。要するに、誰でもが職業を二つ三つ持つと、社会の中でのモノの流れを点から平面、立体へと感知できる能力を付けられると思います。
 一般的に、男性よりも女性のほうが社会の構造を見れるのではと我が家を見ると思います。自分の専門職業以外に主婦業や近所付き合い業をやっているからです。最近、面白い主婦業に私もチョッカイ出しています。この複数の職業に農林漁業が加わったら、今の政治構造も大きく変わるような気がします。
 「食」の大事さが自分の職業と一致しますから、消費という「食」と生産という「食」が一体化すると思います。

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投稿者:morichan
 三介さん
 確かに、私も経済学をかじる人間ですが、「数字万能主義」に陥り易いです。それに対して、社会学や社会経済学からの接近では感性が重視され、充分な納得を得られることが多いです。

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投稿者:morichan
 愚樵さん
 本年も宜しくお願い致します。
 「生活の糧」と「思考の糧」の両面という解釈は、農林漁業という地に付いた職業の所以なのかも知れませんね。
 都会での会社勤めは、ある年齢に達すると終わるものと納得したものですから、上記の両面の一体化には希薄だと思います。もし、一体化が実現した仕事振りならば、老後を楽しむ行動ができないかも知れません。
 それだけ、都会の生活は人間的でないと思います。
 愚樵さんの言われるように、殆どの一定の生活水準を保てる都会人は「田舎の生活をリゾートの延長としてしか捉えならない」でしょうね。「覚悟」がないですから。  

http://green.ap.teacup.com/passionnante
投稿者:jun
それと、引っ越しました。

http://red.ap.teacup.com/siha62ike/
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