「五感刺激し、モノから発想」(日本経済新聞1月7日付け朝刊『領空侵犯』)で、解剖学者である
養老孟司氏が、サラリーマンも田舎暮らしをすることによって、組織の規則が刷り込まれた考え方がいかに硬直化しているかが理解できる、と語っている。
・「解剖は現場の仕事ですから、世の中の仕組みがよく見えるんです」
・「決められた規則の中で情報処理業に徹していればリスクがない。何か行動を起こしたら、経験が増えて自分が変わる。そんなことをしたら人生を賭けることになりかねないから怖いのでしょう」
・「自然に触れると、眠っていた感覚が働くようになります。田んぼに入れば足が沈む。石ころ道では注意しないとつまずく。舗装された道ばかり歩いていると、感覚が怠けます。あこがれて実際に住んでみたら、田舎暮らしは嫌だと気が変わるかもしれない。それでもいいんですよ」
・「公務員やサラリーマンを事務や管理的な仕事から引き抜いて、農業や水産業をやらせたらいい。最低生活を保障して歩合で報酬を出したら、若い人は結構やりたがるのではないですか」
・「戦後、ホンダやソニーなどが成長したのは、戦時中の『無敵皇軍』や『一億玉砕』などの空疎なスローガンのうそにうんざりした多くの技術者が黙々とモノづくりに励んだからです。価値観がこちこちに固まって煮詰まってきたら、五感を刺激するモノから発想することですよ」
そして、「組織の維持にきゅうきゅうとするのは人間として死んだも同然です」と付け加えている。
これは組織の硬直化がそこで働くサラリーマンの感覚を鈍らせていることを言い、社会を見る眼、もしくは(消費)市場を見る眼そして事実を見る眼が曇らされていることを述べたかったのであろう。
そして、ここからの脱却には農業や水産業にたまには参加し、手や足から得られる感覚を学ぶべきであると主張している。
まさに、地に付いた感覚の掘り起こしである。
この主張には大賛成である。
ところで、養老孟司氏は悲惨な農業の現実も見ながらの発言であるなら、こんな素晴らしいことはない。
不在農地が増え老齢化した農民をも意識した発想なら手足から得られる感覚だけでなく、皮膚からも頭からも感じ取れる。林業は伐採能力を失い、農産物価格は輸入農産物に押されて低迷し、若者の地元離れが進行し、限界集落を増やしている。米どころでは、老人が自分たちの食べるコメだけを生産し、農協組合員を放棄して組合費を削減して辛うじて生き残っている人たちも多くいる。そして、山と平地と海がつながる環境連鎖とあいまって、資源管理もできずに沿岸漁業での魚介類が減り、ここでも漁協組合員の減少を誘発している。漁協組合費を払える収入は得られず、漁業から排除された年寄りも多い。漁業は農業と違い、漁業権は漁協が持っているため、漁協組合費を払えなければ魚とりそのものもできない。
このような背景で、潰れる、もしくは潰れそうな農協・漁協が増え、合併も進んでいる。
「農林水産省」のサイト(
http://www.maff.go.jp/index.html)を覗いてみた。
「農林水産省では、若手職員を全国の先進的な取り組みをしている生産者のもとに派遣、約1か月間ホームステイをしながら仕事を体験する、農村派遣研修制度を行っています」と。
ここに
「農村派遣研修リポート2」が紹介されている。
[沿岸漁業を肌で感じる]
高知県でハマチ養殖業を営む家庭に生まれながら、水産庁で全国の漁業者を支える仕事を選んだ岡添研修生。 三陸沖でも残暑が続いていた9月中旬、青森県三沢市で漁業を営む立花龍雄さんと、長男の洋さん父子の元で研修をスタート。龍雄さんは刺し網漁、洋さんは昼イカ漁を営んでおり、研修生は作業を手伝いながら、沿岸漁業のさまざまな漁法を実地で体験することになった。
三沢漁業協同組合は、水産物のブランド化に熱心に取り組んでおり、「昼イカ漁」もそのひとつ。イカ釣りといえば夜間の操業がよく知られているが、昼イカとは文字通り昼に行われる漁法。船上で箱詰めしたイカは、夕方三沢港に水揚げ後、ただちに消費地まで運ばれるため鮮度が良く、東京・築地での評価も高い。
[“海”の仕事を選んだ理由]
今回、研修生が同乗することになったのは、昼イカ漁7年目の立花洋さんの漁船。25歳まで東京、横浜などで建設業に従事していたが、起業を志し三沢に戻ってきて昼イカ漁に出会い、漁師になることを決意した。父の龍雄さんは長年三沢で刺し網漁を営んできたが、子どものころから漁業は選択肢に無かったという。洋さんは「三沢に戻ってきたら、同世代がイカ釣りで頑張っていた。ちょうど自分でやる仕事を探していた時で、これだ!と思った」という。イカ釣り漁船の乗組員として2年間の修行後、中古で現在の船を手に入れた。「沖に出れば自分の力だけが頼り。毎日が競争で運動会のようで楽しい」と笑う。
岡添研修生もイカ漁について「機械化されスマートな漁法であるうえ、個人の漁師の技量で漁獲に差がつく。若い人にとって魅力のある漁法だと思う」と話す。また、揺れる船上での箱詰め作業の難しさと重要性についても体験してみて実感したという。「多く獲っても箱詰めが粗末だと値はつかない。ブランド化の成功で、多く獲るのが腕のいい漁師とは限らないという考え方が広がっていると感じた」と話していた。


[漁師の気持ちを理解して]
龍雄さんも洋さんも、研修期間の1か月、立花家の船での作業だけでなく、他の漁法の船を紹介したり、周辺地域の市場や水産物直売所の見学など、沿岸漁業の現状を理解してもらうためにさまざまな方法で岡添研修生を支えてきた。マグロで有名な大間(おおま)に洋さんの友人を訪ねたことも。東京に戻る研修生に対して洋さんは「書類に書かれたことだけでは分からない漁師の気持ちに触れてもらえたと思う。沖合漁業と沿岸漁業の立場の違いなど、三沢の漁業も難しい問題を抱えている。水産庁でもわれわれ漁師の気持ちを理解した施策を進めてほしい」と話す。
龍雄さんも「この1か月間、何でも吸収していきたいという岡添君の意欲を感じていた。その気持ちに応えようとできるだけのことは伝えたつもり。東京に戻っても、この経験を忘れずに生かしてくれると思う」とメッセージを送った。
岡添研修生も「問題があれば知恵を絞るのが行政の役割。その原動力は、やはり現場の思いを知ることだと感じた」と答えていた。1か月の研修を終え、仕事に対する意識が確実に変わったという。
上記のような研修システムはとても大事である。ただし、これは研修であり、参加者全員が漁民になったわけではない。
外国人研修生の場合にも似ている。都会のワーキングプアを漁協に紹介する。そして、漁船への安上がりの乗船者を供給する。漁村の小さな漁家は成り立たないが、大きな舟を持ちその乗船者を求めている漁業者がいる。そして、自立できないうちにこの研修生は都会に帰っていく。その間に、漁民が増えたことになり、水産庁の役割の大きさを見せ付けることができる。もしかすると、この繰り返しによって、漁協が成り立っているように見せているのではと疑いたくなる現状がある。
水産庁が紹介した都会からの新人漁民が1年後、2年後もしくは5年後に何人残っているのかの資料を全く示していない。
疲弊した農・漁村が荒れている中で、農林水産省が自由化の進展による自給率の低下を置いたままで上記の新農民・新漁民の紹介をする行動は何を意味するのだろうか。
「地方定住へ研究会」(朝日新聞1月9日付け朝刊)で、政府が「定住自立圏構想研究会」の設置方針を決めたことをニュースにしている。
高齢者が住民の半数を超えた「限界集落」が増加し、医師不足も進み、生活の基盤が失われかねない状況が進んでいる。過疎市町村は昨年末で735となり、高齢者比率は2025年に40%を超える見通しである。
昨年12月12日にエントリーした「『限界集落』・・人と環境の破壊」の一部を以下に再送する。
「限界集落 消えゆく前に」(NHKテレビ「視点・論点」11月19日)で、大野晃氏は「昨年、国土交通省が過疎法に指定されている755の過疎市町村の6万2271集落を対象に行った調査では、全国で限界集落が7878集落(12.6%)、消滅の恐れがある集落が2641集落(4.2%)ある」と解説した。
「ある老人は、“戦後の食糧増産に励み、子供を都会へ送り出し、気がついた時は農業、林業は低迷し、激しい労働で残ったものは、老人のシワと神経痛だけだ”と語っています。また、ある古老は、“山間部集落が一つ二つと消えていく。これは一種の癌のようだ。早く手当てをしないと取り返しがつかなくなる”とため息をついています。
いま耕作放棄地の増大、林業不振による人工林の放置林化で荒廃の一途をたどっています。・・
すみかを奪われた野鳥が姿を消し、荒廃し保水力を失った人工林は、水枯れの沢を生むだけでなく、時として鉄砲水をよび、これが水棲昆虫やエビ、カニ、川魚のすみかを奪っています。また、むき出しの表土が雨で河口に流され、沈澱堆積し磯枯れした死の海をつくり出しています。
保水力の低下した『山』は、渇水や鉄砲水による水害を発生させ、下流域の都市住民や漁業者の生産と生活に大きな障害を生んでいます。限界集落の問題は、いまや山村住民の問題にとどまらず、都市住民や漁業者が無視できない状況に立ち至っており、国民総意で考えていかなければならない問題になっています」と。
過疎地域の急増と高齢者比率この現実を作り出した農林漁業の衰退は、経済構造(世の中の仕組み)と不可分な関係にある。この中で、経済構造に一切立ち入らない農林水産省の「農村派遣研修制度」は二度目のワーキングプアを作り出す仕組みに見える。この研修制度で失敗した人たちは、どん底に追いやられた精神状態で都会に帰っているに違いない。
養老孟司氏のいう“サラリーマンも田舎暮らし”によって、この新自由主義の構造下での農林漁業の実態を感じて欲しい。
五感を発達させた人たちが一方にいて、農業に将来の活路を見出して行動・実践している人たちも他方にいる。この人たちとの
関係性を広げ、学んでいく必要がある。
特に、ここで、
ブログ「おおきな原野のちいさな家」を以下の二つの写真と共に紹介したい。
http://ch11440.kitaguni.tv/
この冬もマイナス何十度という北海道で農業に転進した方です。

「毎日マイナス25℃近くまで冷え込む厳しい日々が続いています。こんな日には、体もそして心さえもあったまる『おおきな原野のちいさな家の特製スープ』が最高です。真っ赤なスープの色付けにはビーツを使いますが、その時に大さじ1のお酢を入れるのがより赤くするこつです。それでは、作り方です。まず、今年の新しい種のカタログを用意します。その中からあなたが食べたい野菜を選びます。雪に閉ざされた冬にこれはとても楽しい作業です。次に、頑丈な土を起こすフォークと良質の堆肥、そして畑とあなたのやる気です。さあ、春になったらあなたも畑で汗を流しましょう。そうすれば、次の冬にはあなたもこんなすてきなスープが食べられます」(このブログの一番初めの文章)。
