心に「折り合い」がつかない
岩国市長選の開票結果が出てすぐに、“米海兵隊員による女子中学生暴行”のニュースに怒りを覚えた。
「『小さなかごに、あまりに多くの卵を入れている』。何年か前に沖縄を訪れた米国防総省の元高官は言い表した。『かご』は沖縄の本島、『卵』とは米軍基地のことだ▼国土の1%にも満たない土地に、国内の米軍専用施設の75%を抱え込む。『基地の中に沖縄がある』と言われるさまは、米国高官にも異様に映ったらしい。実際に、那覇市から車で北へ走ると、フェンス囲いの「卵」が次から次へと姿を現す▼小さなかごの中で、幾度となく繰り返されてきた米兵による性犯罪が、また起きた。38歳の海兵隊員が女子中学生に暴行した疑いで逮捕された。家まで送ると言って誘い、車内で乱暴したという。少女は泣きながら携帯で助けを求めた▼島の怒りの源流は、1955年にさかのぼる。海岸で女の子の遺体が見つかった。雨に打たれ、手を固く握りしめていた。沖縄を怒りで震わせた『由美子ちゃん事件』である。6歳の子は米兵に暴行され、殺された▼あまりのむごさに、島ではしばらく、生まれた子に『由美子』と名づける親はなかったと聞く。以来、米軍は事件のたびに『良き隣人になる』と誓いをたてた。だが、そのつど裏切る。沖縄には怒りのマグマが蓄えられていった▼そのマグマは、95年の少女暴行事件で爆発する。米軍は綱紀粛正を約束した。だが、嵐の日の約束は晴れれば忘れられるのか、その後も犯罪はいっこうに絶えない。そして『またか』の涙である。五十年一日のように事件を繰り返されては、『汝(なんじ)の隣人を愛』せるわけがない」(
朝日新聞2月13日付け「天声人語」より)。
騒音被害に苦しむ厚木基地の周辺住民を抱える神奈川の立場と同一視点から、神奈川新聞は選挙前に次のように述べている。
「岩国市では艦載機移転を問う住民投票、前回市長選(ともに二〇〇六年)の二回とも反対派が勝利している。米軍再編を急ぐ国のごり押しが住民の反発を招いたともいえる。いやがる自治体への押し付けでしか騒音問題を解決できない国はどうかしている。“たらい回し”による決着を、被害の痛みを知り尽くした厚木基地の周辺住民は望まないはずだ。
米軍再編の過程で国の「アメとムチ」の姿勢は、岩国市で最も顕著に示された。市庁舎建て替え補助金を凍結し、財政的に締め上げた。シャッターを下ろした店が目立つ岩国の商店街。まちの繁華街には疲弊した地方を象徴する光景がある。そうした自治体に国は米軍再編への協力の度合いに応じて支払われる再編交付金を支給せず、方針転換を迫っている。
米陸軍第一軍団前方司令部のキャンプ座間(座間、相模原市)移転に反対している座間市が、交付金の対象から外され圧力をかけられているのと同じ構図だ」(
神奈川新聞2月2日付け「社説」から)。
結果として、空母艦載機移転賛成の福田良彦候補を当選させ、政府の圧力に屈した岩国住民の口惜しい選挙結果であった。
そこにうごめく利権に係わる政府のやり口は米軍の存在と住民の存在とを区別し、軍需および軍需産業を重視するために、時には外敵から住民の権利や生活を守るためと言い、時には地方交付金を削るオドシで抑えつけた。
「『福田私案はなぜか封印されている』と地元マスコミ関係者はいいます。
私案とは、福田氏が現職の衆院議員だった二〇〇六年九月十二日に記者会見で発表した『岩国基地再編に関する地域振興策』のことです。
振興策の“目玉”は、基地に隣接する住民を『集団移転』させ、跡地に、空母艦載機部隊の米軍住宅(家族用四百七十二戸、単身者用千六百四十戸)を建設する構想。集団移転させるのはJR岩国駅に隣接する市街地ながら米海兵隊岩国基地に近く、爆音被害に苦しむ同市車町三丁目一帯です。・・
建設業界に詳しい保守系の元有力議員はこう証言します。
『滑走路沖合移転や艦載機移転の施設整備、民間空港再開事業、集団移転や米軍住宅建設となれば数千億円から一兆円規模の利権が生まれる。防衛庁長官経験者や防衛利権に強い自民党幹部の名も出ている』
また、岩国市商工会議所会頭の経験をもつ会社社長は『米軍や政府と現実的な対応ができる福田氏なら(米軍再編がらみの)再開発や基盤整備ができる』と言います。
米軍再編計画を日米でまとめた額賀福志郎防衛庁長官(当時、現財務相)から衆院予算委員会で『(米軍再編など)地元に対しいろいろと説明いただき…心から感謝を申し上げている』と評価された福田氏が、『しっかり地元でも説明していきたい』と表明したのは、〇六年三月一日のことです。
米軍再編の最終合意(同年五月一日)からわずか四カ月で「振興策」をまとめた福田氏の『岩国再生!』の本当の姿が透けて見えます」(
しんぶん赤旗2月8日付け「背後に1兆円規模の利権」より)。
政府の「アメとムチ」は日本の「貧困化」や「地域間格差」と結びついて「功」を奏し、お金のために命を売り、若い女性の命まで売り飛ばす投票結果であった。この状況に追い込んだ政府の汚らしさとそれを飲まざるを得なかった住民の口惜しさを感じる。沖縄はこのせらしを戦後一貫して強制されている。
最近、私の好きな言葉でもある
「折り合いをつける」をこの選挙で思い出した。
人と人、人と物の互いに譲り合って一定程度近づき、それ以上に踏み込まないもしくは少しだけ踏み込み合う一致点を見つけることをいう。
夫婦がお互いにしたいことが異なり、双方とも満足するには時間もお金も足らないとき、第三の道を探り、双方が歩み寄り、ほどほどのところで満足する。
人間生活は自然を壊して欲求を満足させてきた。しかし、あるギリギリのところで収まっている仕組みが里山ではないだろうか。自然を大事にし、それによる効用を村人が分け合う継続的関係である。
このような関係が「折り合いをつける」ということになる。言い換えれば、話し合える・語り合える関係、相手がなければ生きていけない関係が、この言葉の根源である。
では、岩国市長選の結果は住民による「折り合いをつける」であったのか。
日米の軍事同盟と日米の利権が「折り合いをつける」のが空母艦載機の厚木から岩国への移転であり、米軍第一軍団司令部をキャンプ座間に移転であり、普天間飛行場をキャンプ・シュワブの陸地部と一部海域に移設である。この基地と住民の間での関係は互いになくてはならない存在ではない。基地から見ると住民の存在そのものが邪魔であり、住民から見ると基地は一方的な騒音と危険をまき散らすだけの邪魔な存在である。そこに出てくるのが政府である。金をちらつかせる政府である。そして、国民を守る基地を口実にする。その結果、その地域の生命の危険を増大させ、利権を守る基地が見えてくる。
この選挙の結果は決して「折り合いをつける」に当らない。
敵対的関係に「折り合いをつける」は存在しない。
「アメとムチ」に「折り合いをつける」ことは有りえない。
岩国市長選結果と米兵の婦女暴行に対して、心に「折り合い」がつかない人たちの
関係性を深め、明確な敵がいることを確認したい。岩国や座間や沖縄の人たちのやるせない「折り合い」がつかない気持ちを考えるだけでも涙が止まらない。
この選挙結果は「折り合いをつける」仲間を増やすことになる。

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