前回のエントリーで、岩国市長選結果と米兵の婦女暴行に対して「折り合いをつける」ことができない、と述べた。
そこには、「アメとムチ」でオドシをかけながら堂々と選挙という民主主義を実行する輩たちへの怒りがあり、耐え難い米兵の婦女暴行を未だに止められない自分があるからだ。
政府も米軍も「綱紀粛正・再発防止」を幾度となく繰り返してきたが、後を絶たない米兵犯罪は続いている。
米兵犯罪件数(1990〜2006年)
( )内は凶悪犯罪
総数 1744 (116)
沖縄 775 ( 53)
神奈川 360 ( 31)
長崎 235 ( 13)
山口 1861 ( 5)
・・ ・・警察庁まとめ(「しんぶん赤旗」より)
こんな折に、
彦坂諦氏よりメールが届いた。
「産経新聞客員編集委員某氏」のようなと言ってもおわかりにならないでしょうね。 以下に引用します。産経2月12日付です。
じつは、これ、典型的な
「セカンドレイプ」ですね。
こういうしたり顔した「学識経験者」のことをそのむかし本居宣長は「さかしら」と言いすてました。
まさに卑劣・低劣・卑賤・陋劣の徒ではないでしょうか。以下引用です。
【政論探求】
「反基地」勢力が叫ぶいかがわしさ (1/2ページ)
「また、なんともやりきれない事件が起きた。沖縄の駐留米兵による少女暴行事件だ。
関係当局は事件を徹底的に調べ、糾弾すべきは糾弾してほしい。当然ながら、この米兵は厳罰に処せられるだろう。中学3年生、14歳の少女に一生背負わなくてはならないキズを負わせたのだから、これは償いようがない。
以上のことを踏まえたうえで、あえて書かなくてはならない。平成7年の少女暴行事件の再来として、現地では受け取られている。それは感情論としては分かるのだが、『反米』『反基地』勢力が気勢をあげているのは、なんともいかがわしさがにおう。
この事件を政治闘争の具にするというのでは、被害少女への思いやりを欠くというものだ。こういう事件を前にしては、人間の尊厳に対してどこまでも誠実でありたい。
『米軍は出ていけ』と声高に叫ぶのは言論の自由なのだろうが、そこには責任も伴わなくてはいけない。日本の安全保障は米国の『核の傘』が基本であることはいうまでもない。米軍撤退を主張するのなら、独自核武装論が付随しないと日本をめぐる安保環境は激変してしまう。
パワーバランスの空白を招いたら、東アジアの軍事情勢は一気に緊迫する。ほくそ笑むのは誰か。そこを抜きにして、厳粛かつ現実的な安全保障政策は語れない。
そういってはなんだが、これでまた、普天間飛行場の移設問題で、地元の首長や議員たちが日和見を決め込む理由ができた。基地との共存共栄以外に沖縄がたどるべき道はない。そのことを百も承知していながら、彼らはからだを張ってこなかった。
日米安全保障協議委員会に設置されたSACO(特別行動委員会)が普天間の全面返還、ヘリポート移設を打ち出してから、もう10年が過ぎた。名護市のキャンプ・シュワブへの移設で日米合意が交わされているが、地元の調整は一向に進まない。
それにしても、一部メディアのヒステリックな伝え方はいったいどう理解したらいいのか。事件は事件、安保は安保、と冷静に切り離し、日米同盟の死活的な重要さに思いをはせてこそジャーナリズムだ。
『住民自決は軍命令』と信じて疑わない体質と共通する情緒的反応の弊害を、そこに指摘しないわけにはいかない。
『知らない人についていってはダメ』。筆者などの世代は子どものころ、親から口うるさく言われたものだ。
米軍基地が集結する沖縄である。夜の繁華街で米兵から声をかけられ、バイクに乗ってしまう無防備さ。この基本的な『しつけ』が徹底していなかったことは無念、という以外にない。(客員編集委員 花岡信昭)」。
この引用文を彦坂氏は「セカンドレイプ」と説明している。まさに、被害者にもう一度言葉によるレイプで心理的社会的ダメージを与えている。
「なんともやりきれない事件」と言いつつ、産経・花岡氏は相対的に米軍の過ちを過小評価する効果を狙っている。
そして、日本政府も米軍も「綱紀粛正・再発防止」を口にするだけで終わっている。
ここ数年、未成年者の犯罪が起きる度に「教育」や「教師」のあり方が議論される。私には、「軍国教育」の復活にこれを利用し管理「教育」と管理「教師」への筋道をつけようとする権力の姿が見える。全く同じ手法で、米軍による兵隊管理を「綱紀粛正・再発防止」という言葉に言い換えているに過ぎない。

沖縄本島及び周辺の米軍施設(沖縄県資料)
もし、徹底的に「綱紀粛正・再発防止」を実現するには、兵隊の基地外への行動を禁止し、一切市民と出会わない状況を作るべきである。言い換えれば、基地を囲い、その囲いから彼らが出ることを禁止することである。
実際には沖縄の基地の大きさは尋常ではない。むしろ市民が囲いの中で生きている。市民は「綱紀粛正・再発防止」がないのに、基地内に自由にはみ出ることはない。
軍隊とは、侵略しようと侵略されようと、暴力によって相手を押さえつける組織である。この組織を維持するために、兵隊を開発された兵器に熟練させ、自らの身体的能力を高めさせなければならない。
そして、この構造を続けるために、いつでも行動できるようにするために、階級が設定され、命令一つでこのピラミッド構造を動かせるようにしている。この組織が余りにも強固なため、自覚的に行動したときにクーデター等が起きる。
残念ながら、経験のない私には、軍隊組織にいて命令一本で動いている兵隊一人一人の精神構造までは計り知れない。しかし、兵隊のうっ積した気持ちは分かる。警官は市民に“オイ”“コラ”と注意し、切符を切る権利を持ち、彼らのはけ口はある。しかし、兵隊のはけ口は敵との戦闘しかない。しかし同時に、この戦闘は自分にも返り相手のはけ口にされてしまう。その分、正常な兵隊は、常にオドオドした心を持続しなければならない。
こんな兵隊が市民の直ぐ脇にいて、「折り合いをつける」ことができない兵隊が自制心を失くす度に暗澹たる行動をし、悲惨な結果を増殖させる。
人を殺す組織を近づけないことしかない。
内にも外にもこんな組織をなくしたい。
兵隊の一人一人の天性が問題なのではない。この組織にいなければ普通の庶民である。この組織を維持管理することによって、利益を上げている勢力が問題なのだ。軍需産業=国家という仕組みから抜け出す工夫を必要としている。
関係性を強めて広めて議論して、各国の軍隊組織の足腰を弱める運動を進めよう。

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