関係性

 取引関係、企業間関係には関係性の重視がある。この関係性によって多くの市場情報を獲得でき、次の一歩も取引企業との係わりを通じて決定することができる。
 取引の連続性によって、企業間関係に信頼関係が結びつき、相互依存関係にまで達する場合もある。
 信頼・依存関係に入った取引にはリスクはないのか?

 

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投稿者:morichan
愚樵さん
このような議論ができることをとても有難いことと思っています。これがなければ、私自身、深く考えないで感覚的に書いているだけでした。もう一度、経済構造を見直す良いチャンスとなっています。

ところで、「『蟹工船』に惹かれる者たち」がわが社の社員と同等でないのは、余りに過酷な労働条件で働いているからです。特に、収入が少ないがゆえに、休む時間を削って二つの会社で働かざるをえない状況を作り出しているからです。これがまさにワーキングプアの現実です。

旧来の「労使協調」は一企業内の正規労働と経営の関係でしたが、今の「対立路線」は非正規雇用と複数の経営となっています。
季節労働として農民を駆り出した時代と異なり、常用労働として極めて安い非正規雇用を作り出し、その層の量的拡大を国家レベルで作り出したのが要因でした。

非正規労働者は仕事でクタクタになり、風呂のない家で少ない睡眠時間だけでフトンも干せない状況で暮らしています。
この状況そのものが『蟹工船』と見るのは当然と考えます。

ですから、グローバル化の後押しによって労使の経済構造そのものが大きく変り、労使の協調か対立かという図式では説明が付かない状況になったのだと思います。
このような中で、雨宮処凛さんがマイクで叫ぶ内容が、経済構造そのものを対立相手としています。
プレカリアートはすでに肌でそれを感じているのだと思います。

http://green.ap.teacup.com/passionnante
投稿者:愚樵
morichanさん、再度のコメントお許しください。

>超大手産業企業を産業資本と金融資本に分けることができるかどうか疑問です。

この疑問を私も妥当だと考えます。こうした超大手は、産業資本から金融資本に鞍替えすることで企業の存続を図ったと見ていいでしょう。代表例は、日本企業ではありませんが、かつての電機メーカー世界最大手、G.E.でしょうね。G.E.のジャック・ウェルチはかつてずいぶん持てはやされましたし、日本の企業も多かれ少なかれ、G.E.流の経営手法を取り入れたと思います。

>実際は私の苦しさを一定程度理解している社員ですから、火花は散りません。

ほんの少し前まで日本では大手を含めてそのような状態でした。労使協調路線といわれたものですね。労使が協調できるならそれが企業経営としては最上のものであるはずですし、実際にそれが実現もしていた。

『蟹工船』に惹かれる者たちが見落としていると思うのは、この事実です。日本企業はオイルショックなどの危機をこの労使協調路線で乗り切ってきた。実績のあったこの路線を、バブル以降、なぜ日本企業は捨てたのか? そういう問題意識に欠けていると思うのですね。

『蟹工船』に惹かれてしまう現状を否定しようと思う気持ちはありませんが、危惧するのは、一度辿った歴史の道をもう一度歩まねばならないのではないかという懸念です。『蟹工船』とくれば次に来るのは労使対立路線でしょう。歴史をみれば、この対立路線はあまり実のないものだとして学習され、やがて労使協調路線に落ち着いていった。その道をもう一度歩むことはなかろうと思うのです。

http://gushou.blog51.fc2.com/
投稿者:morichan
愚樵さん
反応が遅くなり失礼しました。

「産業資本は実行犯、金融資本は計画を立案した首謀犯」は納得します。

ただし、中小・零細企業はこの構造を維持させていますが、超大手産業企業を産業資本と金融資本に分けることができるかどうか疑問です。
それに超大手産業企業は金融機関からの借り入れ金利を金融機関が日銀からの調達金利と変らない金利で借り受けています。そして、最近の傾向として、超大手企業は金融機関からの借り入れを減らしながら、新たな金融機関への名乗りまで上げています。

資本の分類は産業資本と金融資本とに分けられますが、この双方を巧みに利用しながら国家の政策に介入し、政・官・財の癒着構造を作り出しています。
この餌食にあうのは中小・零細企業と国民です。中でもプレカリアートと呼ばれる人たちは目の前にいる収奪する相手と向き合う行動を取ることによって、産業資本と金融資本への抵抗だと考えられます。

言うまでもなく、私は零細企業のオヤジですから、直接的に金融資本を儲けさせる役割を担っています。時には脅され、時には誉められながら。そして、取られた金利分をわが社員の給与から差し引いています。一度会社が止まれば、担保として金融機関に全て持っていかれる憂き目に私はありますが、社員が先ず給与の値上げや勤務形態を要求するのは私にでしょう。

実際は私の苦しさを一定程度理解している社員ですから、火花は散りません。しかし、史上空前の利益を上げた超大手企業の収益を見たとき、それと反比例する非正規雇用の自らの状態と比較して、それへの戦いを挑む彼らはまともだと私は思っています。

http://green.ap.teacup.com/passionnante
投稿者:愚樵
正直申しまして、いまどきマルクスや『蟹工船』のようなものが読まれている現実に戸惑っています。また『ロスジェネ』も読んでみましたが、こちらにも違和感は感じてしまいました。

現在の日本にプレカリアートに分類される人たちが大量発生していることは事実でしょうし、彼らの怒りを私とても共有できなくはない。ですが、怒りの矛先がずれているのではないかと感じるのです。

プレカリアートを生み出している現象を犯罪行為だとしますと、確かに産業資本も犯人であることには間違いはありません。しかし、主犯は金融資本です。産業資本は実行犯、金融資本は計画を立案した首謀犯だと言ってもよいでしょう。

マルクスは資本家が生産手段を占有することで労働者から収奪すると言いました。これに間違いはないでしょう。しかしマルクスのいう資本家とは産業資本の方であり、金融資本はさらに産業資本から収奪します。ファンド等による企業買収や、企業買収に至らなくても株主の利益を最優先するよう圧力がかかることが金融資本による産業資本収奪の表れです。

産業資本は、金融資本の収奪に対抗するために労働者から収奪するようになった。確信犯的に労働者から収奪を行う産業資本も少なからずありますが、多くの産業資本は労働者から収奪する構造に企業体質を変えなければ生き残っていけない社会になってしまった。それが小泉・竹中の推し進めた改革であったわけです。

彼らに力を与えたのは、実は労働者です。これは郵政選挙のことだけを言っているのではなく、労働者=消費者の意識がますます金融資本の力を強固なものにしているということです。消費者=労働者が金という虚構に力を与え、その金を自在に操る金融資本が産業資本を収奪し、産業資本は自らの生き残りのために労働者から収奪しなければならない状況に追い込まれている。こうした構造が見えないままでの周回遅れの産業資本批判では、主犯の金融資本はいつまでたっても安泰です。『蟹工船』が今脚光を浴びているというのも、自らへの批判の目を逸らすための金融資本の誘導ではないかと勘ぐっています。

http://gushou.blog51.fc2.com/
投稿者:morichan
nakayosiさん
「自分でやって見せろ」は事実です。
しかし、一人では中々できなくても仲間がいればくじけずに進めます。休みながらでも続けられます。
このつながりというか関係性が大事ですね。私たちもつながって行きましょうね。
それにしても、この詩は的を射ている。

http://green.ap.teacup.com/passionnante
投稿者:morichan
kamoさん
いつも貴ブログで勇気付けられています。
今週の土曜日に「起業&起業支援」という集まりに出かけますが、前向きに自分の生き方を追求する人たちの集まりです。背後にある不安(環境問題、貧困化)から脱するために起業によって新しい道を求めたいとする人たちもしくは応援したい人たちです。
起業の失敗は身内の親戚のみならず友人にも多大の負担をかけますので、成功させるための親身の集まりです。
私ができることは僅かです。しかし、若い人たちから得られる社会実態と気力に敬服しています。
このような人たちとの連帯は私に勇気を与えています。親身に付き合っていきたいです。

http://green.ap.teacup.com/passionnante
投稿者:nakayosi
morichanども^^

長いものには 
巻かれろと 
言うけれど
巻かれっ放しも 結構
くたびれる

いつか いつかで
引き伸ばしたら
いつかが
これっきり
来なくなる

変わりたい
変われない
変わるのが
怖い
変わらなきゃ
変わらない
なにひとつ

自由になるために
自由になるために

いま 歩き出そう

自由になるために

って唄知ってる?

東京は日本交通の労働組合・品川の川崎博文さんという人の作詞・作曲だけど、15年も前に作られて歌ってるよ。文句言うだけじゃダメ、言うだけじゃなくて、自分でやって見せろというのが俺達の合言葉でした。洞爺湖の後を期待して思いっきりやってやろうジャン(^-^/

http://white.ap.teacup.com/nakayosi/
投稿者:kamo
 morichanさん、ご紹介ありがとうございます。拙文ですが、ご笑覧いただければ幸いです。
 ところでプレカリアートの若者たちの異議申し立てが、お年寄りや外国人労働者、アメリカの若者たち(反戦)まで視野に入れていることは注目に値すると思います。
 自分たちをプレカリアートに陥れているものに対しての構造的な理解が、言葉として現れているのだと思います。
 本質を見失わない連帯を共に、築いていきたいと思います。

http://blue.ap.teacup.com/perie/
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