昨年夏以降、ウンザリするほど景気が悪い。そして、ここに来てリーマン・ショックで世界中の株価が急落している。
先週、70過ぎの知り合いの女性から電話があり、養老院に行くための資金を預けている某銀行が危なくないかと問い合わせてきた。その銀行はサブプライムでかなりやられ、そしてリーマンによって数百億円の損害を被っている。
老後の生活設計をこの銀行と相談してきた女性であるが、さすがに不安になってきたのだ。
結局、私もその銀行について行き、行員の説得を排除して全てを解約した。彼女は精神的にホッとしていた。
ところで、この銀行の窓口の込み具合が尋常ではなく、もしかすると取り付け騒ぎに近い状況であったのかもしれない。彼女はこの銀行にとって大事なお客であったせいか、別室での対応であったので、この混雑に巻き込まれることはなかった。
『半農半X』という言葉はかなり一般化した。
しかし、都会に住み、ファストな生活に追われる身には単なる“夢”にしかならないと感じてしまう。だがこの大不況にサラリーマンや零細企業経営者はファストな生活さえ手放さなければならないかもしれない。
だから、一方で、今から少しずつ小さな庭の土に触り、夢中になり、現実を忘れるようにしている。同時に、老後の楽しみにと『半農半X』をとっておこうと考える人がいる。他方で、土いじりさえ許されなく、70歳前後でもアルバイトをつなぎ合わせている人も多い。
年金でさえ当てにならない生活が老後を待ち受けている。おまけに、通う病院の診療科が増えている。お金のない不安が込み上げてくる。今の仕事や人間関係から生まれる「モヤモヤ感」や何に当たったらよいかどう解決したらよいか分からない「モヤモヤ感」が次から次へと襲ってくる。
こんな人は回りに沢山いる。
「農ある暮らしを元に生きる」(朝日新聞9月6日付け朝刊「異見新言」より)に塩見直紀氏(半農半X研究所代表)は述べている。
「『半農半X』とは何か。私は『持続可能な農ある小さな暮らしをベースに、自分の得意なことや大好きな仕事をして社会に生かしてゆくこと』と定義する。
地球温暖化や39%まで落ちた食料自給率など、私たちの眼前に横たわる難問を解決していくには、食料生産や、なるべく化石燃料を使わない暮らし方をしっかりと押さえる必要がある。それが『半農』。
そうして、自ら創造性や独自性で、生きがいや環境問題などに挑んでゆく。それが『半X』だ。『X(エックス)』とは、自分の『天職』といっていい」。
この記事の中で紹介されている『半農半X』には、次のものがある。
『半農半歌手』
『半農半NPO』
『半農半デザイナー』
『半農半社会企業家』
『半農半ヘルパー』
『半農半翻訳家』
そして、塩見氏は『半農半デザインスクール』を進めている。
この記事の最後に「自然に足をつけて生きる『半農半X』はまだ実験的であっても、地球環境をこれ以上壊さないためにも、大きな希望の可能性を持っていると、私は確信する」と述べている。
上記記事に反応して
、「定着させたい農ある暮らし」(朝日新聞9月12日付け朝刊「声」欄より)が掲載された。
「私も義母の家に隣接する荒地を3年前から開墾し、少しずつ畑を広げています。
最初は鉛筆のように細い大根や大きくならないジャガイモに苦笑の連続でしたが、今夏はナスたトマトなど野菜はほとんど自給自足できるようになりました。
商売するわけでもないので気楽なものですが、自然条件に左右される農作業や、作物の豊不作を自然の摂理として受け入れる寛容さも身につき、今まで感じたことのない充実感も覚えています。
しかし、農作業をしてみると、これほど大変なのに『農』が社会的にないがしろにされていることに憤りを感じます。環境破壊を防ぎ、食料自給率を改善するのも遠い道のりのような気がして歯がゆくてなりません。
『異見新言』にあったように、農ある暮らしの中で、自分の好きな仕事もする『半農半X』というスタイルが定着すれば、世の中の意識も現実も変っていきそうで希望がもてました」と。
これらの記事に連動するかのように、NHKで
「物価高騰 地域はどう立ち向かうのか」(9月12日付け「地域発!どうする日本」より)が放映された。
「原油や穀物を始めとする物価の高騰が、地域の暮らしを脅かしている。ガソリン価格は過去最高を更新し続け、電気やガスも値上がり、パンやバター、カップめん、食用油など食料品も軒並み値上がりが続いている。
物価高騰は、日常生活を苦しくするだけでなく、地域を支えてきた農業や漁業などにも、深刻な打撃を与えている。また、輸出企業への影響や消費者の買い控えは、企業の投資や雇用にも影を落としている。
現在の物価高騰は、途上国がさらなる成長を遂げエネルギーと食料の需要が増えることなどを考えると、中長期的にも続くことは避けられないと予測されている。
番組では、▼物価高騰によって様々な影響を受けている地域の現状、▼それを何とか乗り切ろうとする地域の取り組み、▼さらにはこれを機に、産業やライフスタイルを大きく転換しようとする地域の先進的な取り組みを取材し、エネルギーと食糧の高騰に翻弄されながらも新たな生き方を模索する『地域の今、そして未来』を考えていきたいと思う。
[ゲスト] 堀ちえみ (タレント)、金子 勝 (慶應義塾大学教授)、大江正章 (ジャーナリスト)」(NHK番組案内より)と。
番組内の映像に対応した金子勝氏と大江正章氏の解説が分かりやすかった。
首都圏への人口移動によって地方の過疎化が進み、農業の高齢化が話題になると同時に、ガソリン高騰が地方の生活に打撃を与えている。暖房費や地方の移動手段の問題だけでなく、農業や畜産業への過酷な負担上昇が離農を一層進める可能性を高めている。
特に、日本のハウス栽培生産での暖房の利用という無理な生産システム(夏野菜を冬にも出荷する)を組まなければ生き残れない農業のあり方や牛や豚や鶏の生産に人件費削減に向けた輸入穀物の利用という工場的構造にはガソリン高騰の影響が強い。
このような中で、農産物自給率の一層の低下と今までの貧困な輸出国からの自国を守るための輸出規制が進めば、消費者自ら自己防衛として「半農半X」を導入し、最低限の自給自足をすることの大事さが要求されている。同時に、「半農」を通じて農業の現実理解に近づける人たちが増えることは望ましい。工業や大企業を重視してきた政府の施策に右往左往させられ衰退させられてきた農林水産業の実態を知らなければならない。
スロービジネススクール(SBS)・2008年東京公式合宿が9月13日〜15日に行われた。私は二日目と三日目に参加し、多くのモノを受け取ってきた。
「主張・つぶやき・心の叫び(?)」という主題に、6人の発表者が登壇しそれを基に小グループに分かれて議論し深める。できたらそこから新たなスロービジネスが生まれたらを期待させる合宿であった。
6人の発表者に共通する「モヤモヤ感」が主題となった。
この中身を言い換えれば、次の二つをそれぞれの立場から心の奥底から語ったものだ。
・今の仕事や人間関係から生まれる「モヤモヤ感」を
どこに吐き出したらよいか。
・どう解決したらよいか分からない「モヤモヤ感」が
次から次へと襲ってくる。
この6人の発表を聞きながら
、“ここに集まっている人たちは、みな病んでいる”でも“病んでいることを知っていて、それを公表し、一緒に解決の糸口を探そうとしている”ということに気が付いた。そして、私もその「病む人」であることを自覚した。
同時に、外には病んでいることに気が付かないままに、危ない毎日を過ごしている人たちが沢山いることになる。多種多様な「モヤモヤ感」を持ち歩いていながら、会社の上司にも同僚にも彼女や彼氏にも連れ合いにも友人にも誰にも言えない人たちが沢山いる。
ここに集まった人たちは、NPOで働く人、「半農半X」を実行している人、子育てと安いパート収入に追われている人、勤めてはいるが未だに天職を求めている人、都会から農家に入り込んで人間関係に悩んでいる人、大学生でその行く末が分からず人の話から見つけ出そうとする人、会社を経営しているが何かシックリいかない気持ちと先への不安を持った人、支える人と支えられる人という役割分担の一方だけを抱えて自分がだせない人、「半農半X」をしているが「半X」の収入の低さから「半X」をいくつもつなげている人・・である。
この人たちを一言で表現すると、表面はにこやかではあるが内部でモヤモヤ感を抱えている人たちである。
この合宿で「モヤモヤ感」は解決しないが、皆が持っている「モヤモヤ感」の確認と「モヤモヤ感」のぶつけ合いによって、モヤモヤの解消感を共有した。そして、もっとスケールの大きい進化した「モヤモヤ感」を受け入れるための準備に入ったといえる。
社会生活には人間関係や社会関係があり、この中で「モヤモヤ感」が発生する。しかし、旅行や野菜作りなど自然と対話をしているとこの「モヤモヤ感」は薄れていく。その意味で、農的生活にはストレスがないもしくは小さいのかもしれない。「半農半X」では「半農」で一部の自給自足を賄っていて、生活全体を賄っていけるわけではないので農業ではなく、それだけストレスは小さい。しかし、「半農」が大半を占める生活になると、生産−流通−消費と係わり人間関係や社会関係からくる「モヤモヤ感」は増幅される。特に、政府による致命的な政策(国内農業を軽視し、必要ならお金で輸入すればよい)によって手痛い目にあっている農民はこの「モヤモヤ感」でいっぱいのはずである。
当面の小さな社会での人間関係や身近な生活が「モヤモヤ感」を作り出す。「半農」や語らいによってこれを解消できたように思えるが、「半X」を推し進めると、その背後にあるグローバル化や金融というお金の流れや大企業中心の資本の論理や大量生産・大量消費社会やお金の偏在による貧困化等々がもっと巨大な「モヤモヤ感」を作り出す。
ただし、「半農」によって社会から完全に隔絶した状況を獲得することはできない。野菜の生育の仕方、土の作り方、天候への対処、種や苗の仕入れ方等々の知識を共有する社会との関わりがある。これによって、本業として励んでいる農民の実態を見ざるを得ない。この実態も巨大な「モヤモヤ感」の根源と一致することに気が付く。
この合宿を通じて、私も農的生活をしたくなったが、それ以前にスーパーで野菜選びや魚選びができず、台所で調理する能力も全くなく、いわゆる「社会生活不適合者」であることを自覚した。先ずはここからの脱却を数年内に果たしたい。
お互いの話を聞き入る人たちがこのSBSにはいる。ここでの
関係性の深化は今までにない思考を私に与えている。年齢的な思考のズレを感じつつも離れることができない面白い組織である。農的生活を考えさせたのもここに入ってからである。

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