開けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いいたします。
言うまでもなく、大変な1年が始まったが、企業を解雇された人たちからすると新年どころではないだろう。昨年の暮れから間断なく寒さに耐えている人たちが増加し、各地の公園の炊き出し行列に胸が痛む状況である。
それにもかかわらず、
坂本哲志・総務政務官は仕事始めに日比谷公園の「年越し派遣村」について“本当にまじめに働こうとしている人たちが公園に集まっているのか”と語り、不真面目な姿勢を示した。
この国の権力者は今の緊急事態を感じず、平然と底辺を切り捨て、大企業にしか眼が向いていないことを示している。麻生首相の言う“景気回復”は、誰のためのものか、何を意味するのかがよく解る気がする。
私とは反対側にいる人たち(権力者)が良く見えた年末・年始である。
わが社も新年の営業を始めたが、ほとんど電話が鳴らない。
それでも、いつか来る注文に向けて黙々と社員は作業を続けている。
彼らの眼は、私に新しい売り先を探して来いと言っているようである。
あればとっくに行っているのだが、アブナイ手形をもらいに売り歩くわけにもいかない。次の手立てが見当たらないのである。市場が見当たらないのである。見当たらない市場に競争戦略(経営学者が大好きな用語)がある訳もない。
年末に何人かの零細経営者や銀行員(大手の中堅社員)と飲み会を行った。
銀行員の話は実に経営者には重い。
“ついに消費者は知ってしまった、どれだけ無駄な買い物をしてきたか”と。
この論理は、本当に必要と思わない限り消費者は手をださない、たとえ金持ちでも、ということだ。現実に、ここ数年、自動車の販売台数は減少傾向にあったが、それでも高級なトヨタのレクサスや安価でガソリンを食わない軽自動車の売上は上昇傾向にあった。しかし、ここにきて両者とも減少傾向を見せ始めた。特にレクサスの販売台数まで減少しているのは、この銀行員が言う無駄な買い物意識を金持ちまで持ってしまったからなのかもしれない。すでにエコ以前の行動を消費者は取り始めている。要するに、乗らないということ。そして、中古市場にレクサスを含めた高級車が溢れ出している。
百貨店の衣料品や高額品の売上減少が際立っているのもこの証拠かもしれない。
同時に、海外需要で生きてきた日本が、この状況を脱け出すには国内需要の喚起である、とする論理も破綻しているのかもしれない。余分なものは作らない・売らない、に徹して最低限の衣食住でみんな仲良く暮らせる社会を目指すべきなのかもしれない。
それに、この銀行員が言う“
不況の底を打つのにこれから2年はかかり、その後は低迷し続け、その不況感にみんなが慣れるだけ”は、資本主義の成長論を否定している。資本主義を否定した論理で、あらためてこの社会の構造を見なければならなくなっているのかもしれない。
この銀行員の言葉を他の経営者に伝えたところ、“じゃあ、俺たちは何を作ればいいのか!”とみんなで肩を落として忘年会を解散した。
仕事もお金もみんなで分け合って過ごせる社会を目指して、
関係性を強める以外にない状況が直ぐそこまで来ているように思える。その社会を支えることを喜びとする製造業やサービス業を私たち零細経営者は捜し求めよう。

1