あの事件から1年が経ち、被害者やその家族の気持ちを思うと、いたたまれない気持ちになる。そして、二度とこのような事件を起こさせないためにも、今抱えている金融不況とのつながりの深さを思い起こすことも大事である。
最近の経済ニュースからは不況の底打ちを示すデータが多くなっているが、その中で失業率が上がっている実態が隠されている。
この事件と金融不況の実質的時期(首切り)との関係を、
4月4日付け「景気予測と関係性」としてエントリーした。
この中で、「加藤容疑者が働く自動車塗装会社は横須賀にあり、1ヶ月ほど前からリストラを強めていた。言い換えれば、少なくても昨年5月には減産指示が親会社から飛んでいたことになる。そして、この親会社はトヨタであり、報道にはこの名前がどこにも出てこない現実を須田氏(経済ジャーナリスト)は知った。トヨタからの広告収入を期待している新聞・テレビは、この事件とトヨタを結びつけない情報操作を行っていた。
そして、須田氏はトヨタのディーラーを回り、自動車の売上の減少を掴むことにより減産指示は間違いないと判断した。
しかし、この事実はテレビ局の指示で報道されないことになった。
ここには、メディアのトヨタ隠しがあり、そのことが経済の実態までも隠すことになった。
トヨタの世界売り上げトップを明確にした3月決算のニュースが大々的に流れていたときに、それと裏腹に、減産を始める状況が隠されていた」と述べた。
「波動を伝える媒体に」(東京新聞6月7日「新聞を読んで」より)を本田由紀(東大教授)が書いている。余りに魅力的内容のために全文を載せる。
「昨年の今ごろのことを思い起こせば、数年にわたる景気の回復基調にもかかわらず恩恵が社会全体に行き渡らないことに不満を抱きつつも、もっと回復すればきっと、という希望的観測が、社会の空気になっていたように思う。しかし、そうした観測は秋以降、完全に砕け散った。29日夕刊では正社員の有効求人倍率が過去最低を更新したことが、3日には主要製造業で大規模な人員削減が行われたことが報じられている。もう、自然に状況が改善されることは見込めないことは誰の目にも明らかであり、ようやくこの社会をどう造り替えていくかについての模索が具体化し始めた。
その象徴が、年末年始に大きく注目された派遣村である。それ以後の派遣村に関する報道は散発的なものでしかなかったが、4日の朝日新聞夕刊では、派遣村が表す新たな社会像を高く評価する論考が相次いで現れていることが伝えられている。しかし、折りしも同じ4日の本紙では、『就職の壁 自立模索』という見出しのもとに、五ヵ月後の派遣村の厳しい現状が報告されている。このような論壇と現実との落差は皮肉だ。派遣村についての思想的吟味や評価がなされている間にも、苛烈な排除に直面する人々の窮状は続いており、社会の中核的システムにはほとんど変化は見られない。派遣村を創った人々は、論壇の批評などをよそに、現実との苦闘をさらに進めている。
それは確かに波及しつつある。非正社員の盾となるミニ労組の急増(29日)、労組による低家賃住宅の提供(1日)など、地味だが着実な進展を、本誌が積極的に拾い上げ報じてくれていることに感謝する。働く者の間で息づくこうした動きが、働かせる側をも巻き込んで適正・有効な仕組みとして広がること―短時間正社員の拡大(4日)はその一例だ―が、これからの重要な課題である。
今冬以降、政府も急転回を遂げ、いまや経済財政諮問会議ですら安心社会の実現を掲げるようになった。しかし、DM不正問題のみならず、巨大補正予算に乗じた『不要不急』基金乱発や省所管法人の決算偽装(いずれも30日)、地デジに絡む謎のB−CASカード(2日)など、公益を標榜する陰で利権が蠢(うごめ)く政官財の体質は存続している。
醜いものを明るみに出し続けてゆくこと、この国の行き詰まりを打開しうる道筋を提示すること、新聞はこうした重要な役割を担っている。後追いがちで高みから見下ろしがちな論壇にはとてもできないような、今まさに社会のどこかで立ち上がりつつある波動を広い範囲へと媒介してゆくこと、それこそが媒体=メディアの存在理由である」と。
上記二つの記事から、新聞・テレビ等のメディアが事実を追求する機関としてどれだけの役割を果たしてきたのかを確認する必要がある。
一方で真実を隠すメディア。利害だけで動くメディア。宣伝力のある大手企業や宗教団体の恥部を明かさないメディア。伝える記事が実態より遅れている(論壇のような「後追い」)メディア。確かに、加藤被告の犯した短絡的残虐性をリストラとだけに焦点を絞ることはできないが、彼が置かれていた背景との関係も明確にしておくべきである。その意味でも事実を事実としてメディアは明らかにすべきである。
もう一方で派遣村の記事が減る中で、「非正社員の盾となるミニ労組の急増(29日)、労組による低家賃住宅の提供(1日)など、地味だが着実な進展を、本誌が積極的に拾い上げ報じてくれていることに感謝する(本田氏)」と。
この両面を持っているメディアに対して、評論し批判する多数のブログが存在している。それも、自ら抱える実態と結び付けているブログを多く見ることができる。
言うまでもなく、各メディアもこれらのブログを覗いているだろうし、それをヒントに歩き回っている記者もいることだろう。
本田氏の言う「後追いがちで高みから見下ろしがちな論壇にはとてもできないような、今まさに社会のどこかで立ち上がりつつある波動を広い範囲へと媒介してゆくこと、それこそが媒体=メディアの存在理由である」とする見方が重要であり、私たちブロガーもその一端を担いたい。
この本田氏の見方は、将来不安を抱える人たちと社会構造の関係を明確にするし、私たち庶民の生き方も見えてくるだろう。
ブログ間の
関係性を深めることによって、多数の新聞を読む時間もない庶民は実態を知りその見方を発展させることができる。
特に、今回の主題であり実態である「派遣村」や反「貧困」を大事なテーマにして自分の言葉で語るkamoさん
http://blue.ap.teacup.com/perie/ には多くの学びを体験させていただいている。

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