この題で
クローズアップ現代(10月29日)の放送があった。
現代、「食に興味をもたない」若者が増えている。効率的だと好みの菓子を食べ、サプリメントを食事代わりにする。自分では異変に気付かず、献血などの血液検査でそれを知る。
食事に異変が起こっていることは知ってはいたがここまで重症と私は思っていなかった。
何年か前、夕食に簡単な食事を摂るために喫茶店に入ったことがある。そのときある若者がコーラと菓子を食事代わりにしているのを眼にし、驚いた記憶がある。あれから3年くらい経過している。
「食材」を加工して「食事を摂る」という行為は空腹感を満すだけでなく、健康な状態を維持し、心と体を成長させる。さらに自分以外の人とのコミュニケーションをとりながら食事を摂ることにより豊かな人間関係を広げてゆく。人としての行為である。
この異変の原因はなにか。
社会全体の変化が影響していることは間違いないだろう。
先日、私が担当している診療所の外来栄養指導に年金暮らしの単身男性がやってきた。彼は不登校の中学生を抱えた患者さんであった。彼の生活をケースワーカーさんにつなげ、私のところには月に一度相談に来て「子供にもどんなものを食べさせれば良いのか教えて欲しい」と言ってきている。自分の治療どころではない切羽詰まった状態があり、そこには「貧困」「格差社会」そして「孤独」が見えてくる。その様な親から子供への連鎖がある。放送では孤食が増え「食事の楽しさ」を体験していない若者が増えていることも指摘されていた。
一方、番組では、脳梗塞のため食事が摂れなくなった方が管理栄養士の訪問栄養指導により再び食事が摂れるようになった2事例が紹介された。食事を摂ることの大事さ。食べられることの喜びを見た。
「食育」を言われて久しいが、この意味の大事さが「貧困」や健康志向と称する「サプリメント」などに消し去られている。
この番組を見終わって
「食事を摂る」ということは社会の中で「人間を取り戻す、笑顔を取り戻す」行為なのだ と私は伝えたい。そして自分の仕事は社会の縮図の中にあり、ずっしりと重く感じられる。定年後の仕事をいままでより気楽に構えていた私にまた宿題が出された思いがする。

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