先月末で某都市銀行からの借入返済を1本終えた。
ここに至るまでの過程で、次の借入予定を担当行員から聞かれていたが、こちらの提示金利では今度の支店長はOKを出さないと言う。
前の支店長はリスクが低いことが前提だが、低い金利でも僅かな利益があればOKを出していた。ゼロ金利時代では、確かに如何なる金利も利益を生むのだから当然と言えば当然であった。これに対して、若干の金利上昇傾向の中で、以前よりも貸付金利の上昇は担当行員から言われていたし、こちらもそれを受け容れざるを得ないことも伝えていた。
しかし、担当行員は今の支店長から次のように言われたとこちらに伝えてきた。“かなり高い金利以外は貸すな”“無駄な行動をすれば経費もかさむ”と。それ以来、担当行員の来社回数が減り、相対的に他行の行員の来社回数が増え情報交換が増えている。同時に、ここぞとばかりに、地方銀行からの低金利要請も入ってきた。
ウィキペディア(Wikipedia)によると、「
情報の非対称性」は人々が保有する情報の分布に偏りがあり、経済主体間において情報格差(
情報の偏在)が生じている事実を表している。商品取引では、売り手と買い手には大きな情報格差があり、売り手の説明に依存する以外に無い。そのため、売り手の説明に買い手が納得できないという状況もしばしば発生する。このように、双方の保有情報が対等ではなく、情報優位者と情報劣位者を作り出してしまう。
お金の貸し借りも、商品売買と同じく、ネゴシエーションによって決着する。それだけに、こちらの提示金利と某都市銀行の思惑とが大きな乖離を示したため、一切の提示がないまま今に至ってしまっている。ここに「
情報の非対称性」が存在している。貸し手である銀行側の本音の金利情報がこちらに伝わらないままとなってしまった。勿論、ここで言う本音は、貸付金利だけで決まるのではなく、社員や社長の預金量・外為への貢献度・会社の決算状況・社長の投資信託への係わり等々との絡みと連動している。しかし、その情報も切れたままである。
この「
情報の非対称性」は他の金融機関とのネゴシエーションで補うことになるが、同時に、こちらの自信のなさを露見することになる。対等なネゴシエーションでは無くなってしまう。
ところで、机に向えばネットで繋がったパソコンがあり、一定の借入や定期の金利を調べることができる。まさに「
ユビキタス」時代である。「
ユビキタス」とは、どこにでも存在(
遍在)する、という意味である。だから、平均的情報は即座に受け取ることができる。ただし、パソコン画面とネゴシエーションをしても何も変わらない。
実際、某都市銀行側は何も感じていないが、この銀行の行動は大きな問題を残すことになる。「金利が合わないから行動しない」という行為は、銀行と企業の今までの長い
関係性を台無しにしてしまう。確かに、お金の貸借が双方の関係の基本ではある。しかしそれ以前に、銀行の持っている異業種企業等の動きと情報およびこちらの会社行動の変化や社員と行員間の会話等々による情報交流によって、双方とも前向きな係わりを見つけようとしていた筈である。そして、ここで得た情報を他の企業でもこの行員は使えることになる。だから、一つ一つの収益は小さくても、多くの有効な係わりを作れた筈である。
このようにして作られた情報―相互関係によって生まれる情報―は、決して「ユビキタス」ではない。だから、相互間では「
情報の非対称性」は存在しない。情報優位者と情報劣位者を作り出すことはない。
バブル崩壊で不良債権が膨らみ、昨年までは中小企業への貸付に躍起になってきた。そして、今年に入り株価上昇・景気上昇をバックに、リスクが高まっても収益を大幅にくれる相手だけを重視している。確かに、銀行系のノンバンクやカード会社の宣伝がテレビに増え、その金利高にビックリする。
リスクの高低含めた企業間関係の重要性は係わって初めて情報が得られ、その行員の獲得情報を増やし対処方法をも会得することになり、銀行と企業との情報構築は新たなビジネスを生み出す可能性もある。その結果、お金の貸借関係も成立し、その
関係性をより一層深めることになる。
一般的・平均的情報はネットを通じて「
ユビキタス」(
情報の遍在)を利用できるが、そのレベルではビジネスには結び付かない。むしろ、
情報が偏在している「
情報の非対称性」を獲得した相互の
関係性がビジネスを有効にする。所謂、“人のやらない(できない)ことをやる”のがビジネスである。
国家の収支、経済格差情報、国際情勢、軍事や核情報、核再処理情報も、政府や官僚が持っている情報と庶民に知らされている情報では「
情報の非対称性」がある。
これを壊して、真実を明らかできるブログに成りたい。

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