日経新聞(7月18日付け朝刊)に「人口減ニッポン 危機どう克服」の中で、
堺屋太一(元経済企画庁長官)と
猪口邦子(少子化・男女共同参画担当相)の議論が掲載された。
この議論の中心課題は、少子化や人口減少への対策をどうするかである。
(以下の各氏の討論は私なりに簡略化し、本文全てではありません。もし、趣旨が異なれば、その責任は全て私にあります。)
@出生率低下の意味するもの
堺屋:60年代から人口問題を見、40年の間に議論は変化している。しかし、政府施策は官僚主導で財政支出を小刻みに積み増すだけ。
社会や経済が繁栄すれば人口も増えるとされてきたが、今は社会の価値観や倫理観が揺らぎ、出生率反転に未来への自信と社会体制への革新をどう確立するかという視点で考え直すべきだ。
猪口:出生率が低い国に共通するのは家父長制の名残があり、女性や子供、家族のニーズが後回しになっている点だ。
堺屋:現在、出生率が高いのは西アジアやアフリカ、先進国では米国。低いのは日、独、伊、スペイン、韓国、旧社会主義の国。家父長制や所得水準との相関は見られない。
猪口氏の知的レベルの低さは、「出生率の低さ=家父長制」という余りに実態とかけ離れた短絡的知識を堂々と振り回せる感覚が表現されています。
A猪口氏の出生率低下対策
猪口:日本の施策は高齢者に手厚い。少子化対策関連の予算は一兆五百八十億円だが、高齢者向けは十三兆円。社会保障給付も高齢者向けは約70%あるのに、児童・家族向けは約3.8%と少ない。この偏りを修正したい。
子供の安全にも配慮して終業後に地域が子供とふれあう「放課後子どもプラン」対策を実施するが、従来なら厚生労働者と文部科学省との対立で実現しなかった。今回は私と両省の閣僚が話し合って導入を決めた。
堺屋:若年出産の奨励がいるのではないか。大学に託児所をつくり、親のいずれも24歳になるまでは、学費と育児の全額を奨学金で出す。
20歳で産めば管理職になるころ子供が手を離れる。80歳の高齢者は50代の子と20代の孫が面倒を見てくれる。
戦後の常識にとらわれた政策の発想では解決できない。戦後経験値にはまった官僚主導をそろそろ打ち切りたい。
堺屋氏は近代工業社会の人生規格を変えなければという大きな発想転換を述べているのに対して、猪口氏は高齢者への社会保障費を削り、少子化対策に付け替えることを主張し、目先の官僚的数字合わせで、自らの存在を明らかにしようとしているのが見え見えです。
B政府の覚悟を伝え切れていない
猪口:若い人は社会に絶望しているわけではない。ただ自分の能力を過信しない。そういう慎重な若者気質にも目を配っていく。
堺屋:出生率は社会体制への確信、未来への自信、相互の信頼の三つに左右される。日本は年金制度がころころ変わり、五年に一度は抜本改革という。少子化対策を個々の予算拡大で解決しようとする。
猪口氏が大学で学生と係わる中で、一定程度の社会の縮図を見て来ている筈です。それでも、少子化の実態が見えて来ない。彼女も[学歴という背広が歩いている]人種(注)であり、実態が自分の物にならず、他人事としか考えられない支配者意識が感じられます。
(注)8月5日付けのブログ「格差の内と外」参照
C堺屋氏の“人口減少時代こそ文化が熟す”
堺屋:人口減少そのものを危機としてとらえる必要はない。人口流動性を高め技術を進歩させ、70歳まで働ける世の中をつくればいい。
猪口:人口減少は大いなる危機。2050年には一億人に減り、百年後に半減するかもしれない。
堺屋:今後十年は史上最も生産人口比率が高い時代だ。この間に新しい文化と未来への自信を生まなければならない。
猪口:ただ将来も高齢者も減るのだから百年後の答えにはならない。子供を多く産みたいとする希望と現実の差をなくす社会政策が重要で、第二次ベビーブーム世代のあと五年が勝負。
堺屋氏と猪口氏との時代を読むスパンに大きな違いが伺えます。猪口氏は何をそんなに焦っているのか。自分の出世意欲をこの少子化問題に賭けているように見えます。それに、100年後まであなたに心配して貰いたくありません。
第二次ベビーブーム世代こそ、親の背中を見て育ってきています。生産要求に合わせた機関車のような生活を見てきています。しかし、機関車のような生活の中に将来の夢を語りながら暮らしてきました。その背中を見てきた第二次ベビーブーム世代には、将来の夢を語れる条件があるとは思えません。
以記以外にも移民の受け入れ等の論点もあったのですが、ここでは削除します。
堺屋氏の「目標や幸せを肯定し自信を持てる社会をつくれば出生率も上がる」とする基本的で素直な論理が重要であることをこの記事から会得しました。結局、社会そのものが若者に不安を与えない構造とは、自分の将来の姿として、年寄りが安心して生活をしている姿を見ることです。
それに対して、我こそがとしゃしゃり出て、「経済格差」「老人医療費の負担増」そして公然と言われ始めた「消費税」さえ無視した発想は、社会構造を全く理解できていなく、[
学歴という背広が歩いている]姿は、自意識過剰で自らの優位性をひけらかす品性のなさを示しています。それに加えて上から下に物を言う猪口氏の姿は、小泉チルドレンで表面化してきたエセ専門家達の女性議員に共通しています。
学歴をとったら何も残らない哀れな人達はカルル・ツックマイヤーの「
ヒゲの生えた制服」そのものです。「制服の階級章で全てを判断する」軍人と全く同じです。
人と接し、本を読み、様々な人達との
関係性の連鎖によって、社会構造を一定程度理解する筈です。しかし、一度他者に対して優位性や差別意識を持った途端に、この素晴らしい関係性は損なわれ、自分勝手な思い上がった論理が自らを支配することになります。

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