関係性

 社会のすべてが関係性によって成り立っている。
 この関係性によって多くの市場情報や生活情報を獲得でき、次の一歩への考えもまとめることができ、今までの考えを変えることもできる。
 情報取引の連続性によって、企業間関係や人間関係に信頼関係が結びつき、相互依存関係にまで達することを期待したい。

 

カレンダー

2009年
← November →
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

QRコード

カウンター

  • 本日のアクセス  
  • 昨日のアクセス  
  • 総アクセス数      

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:KUMA0504
こんにちは。はじめまして。
外国に旅行すると、必然的に、自分の祖国について考えてしまうようです。そのことについて、私も韓国旅行をしたときにいくつか考えたのですが、私の韓国旅行記はまだその重要な部分に至っていません。その記事を書いたときにまたTBしたいと思いますが、とりあえず、沙也可という武将が朝鮮出兵のときになぜ「祖国」を裏切ったのか、という結論がついていないことについて書いた記事を紹介したいと思います。
http://plaza.rakuten.co.jp/KUMA050422/diary/200610070000/

http://plaza.rakuten.co.jp/KUMA050422/
投稿者:morichan
 アンドレ・アカシさん、こんにちは
 コメント有難う御座います。
 「国家のために戦い、死んでいった人達」を祀る靖国神社、そして、同時に彼らにとって必要な「日の丸・君が代」が大手を振っています。
 そして、この「国家」とは軍国主義であり、帝国主義です。
 ですから、言い換えると、「軍国主義国家のために戦い、死んでいった人達」ということになります。私なら「軍国主義国家のために殺された人達」と言いたいです。
 地方裁判所の判決は安部への一撃となります。チャップリンの“独裁者”の場面(安部が地球儀を蹴り上げて遊ぶ)を思い出し、こんな場面だけは見たくありません。

http://green.ap.teacup.com/passionnante
投稿者:アンドレ・アカシ
初めまして。私もこの間、靖国問題などを通じて国を巡るパラドックスを考えていました。「関係性」というのはおもしろいテーマですね。ちょっと「関係」ある記事をTBさせて頂きます。

http://blog.goo.ne.jp/akasi_go/
投稿者:morichan
 千年虫さん、おはようございます
 コメントの行き来は本当に有り難いです。
 これが「祖国」間交流の一つでもあります。「金で買えるアメリカ民主主義」(グレッグ・バラスト著、角川文庫)を是非読まさせて頂きます。

 愚樵さん、おはようございます
 いま、会社の事務所でコメントを読まさせていただきました。有難うございます。
 「世の中のすべての存在はエントロピーの増大則から逃れられない。・・だから秩序を保ち続けるためには、いつも多大の努力を投入しなくてはならない」(西山賢一『「生きているシステム」の経営学』)と。
 この複雑系を調和させる社会の仕組みが常に求められているのに、この社会を一本の線でまとめられるとしか思えない厄介なリーダーを抱えてしまいました。

http://green.ap.teacup.com/passionnante
投稿者:愚樵
morichanさん、こんにちは。

「祖国」も複雑系なんですよね。記事を拝見してそんなふうに思いました。美しい自然は調和のとれた複雑系ですが、「美しい国」との健全な関係性も同じはずです。

単純なものしか美しいと感じることができないようなものがリーダーで、そのようなリーダーが大勢の支持を集めるようでは、調和の取れた複雑系は失われていくばかりです。

http://d.hatena.ne.jp/gushoukuuron/
投稿者:千年虫
拙ブログへのトラックバック、コメント、ありがとうございます。

今回のエントリーについてリアルに詳しく述べられている本として、「金で買えるアメリカ民主主義」(グレッグ・バラスト著、角川文庫)があります。

かなり読みでがあり、これまで新自由主義経済がどれだけ南北アメリカをポンコツにしてきたか、その暴走を許せば日本がどうなるか、よくイメージできる一冊です。

http://plaza.rakuten.co.jp/1000nenmusi/
投稿者:morichan
 yohkoさん、こんばんわ
 yohkoさんの名前を見ただけで何か嬉しくなります。小さい秋を見付けた気持ちです。
 むしろ違いを喜んで受け容れられる「場」であるが故に、互いに新たな発見が見つかると思います。
 議論ではなく、風で違いが分かったら良いのにな。

http://green.ap.teacup.com/passionnante
投稿者:yohko
morichanさんのご返答に、うなづきました。

>「しかし、私の心の中にはあり、他の人との心の交流ができる「祖国」間をつなぐ“場”が社会だと理解しています。・・・・それが実現するなら、私の「祖国」も解放し誰でも入れる“場”に提供できます。」

分断ではなく、共有できる健全な連帯と交流の「場」ですね。
お互いに、開放された自分の祖国間を行き来できたなら、なんと楽しいことでしょう!



http://blog.livedoor.jp/yyyyohko/
投稿者:morichan
 kojitakenさん
 コメント有難うございます。
 今回のブログと「きっこの日記」との関係性は全くありません。
 シベリウスの2番、私も好きです。
 これを書きながら、40年以上前の高校時代を思い出しました。シェーンベルクの「浄夜」のロマンチックな音色(12音階)に夢中になり、これとは対照的な力強く無骨なバルトークの「弦楽器・打楽器・チェレスタの為の音楽」「管弦楽のための協奏曲」に傾斜していたことを思い出しました。
「不思議なマンダリン」はまだ聞いたことがありませんので、これを機会に是非聞こうと思います。

 千年虫さん
 はじめまして、コメント有難うございます。
 そうですか、司馬遼太郎氏も書いてますか、全く知りませんでしたが、何か嬉しくなりました。
 そうです。私の「祖国」は「同意しない」に当たります。ですから、国民と呼ばれたくないと主張しました。
 

http://green.ap.teacup.com/passionnante
投稿者:千年虫
はじめまして。「花・髪切〜」さんのところを経由してきました。

>要するに、日本という地域を軍国日本という名の国家が占領したのだ。
同様の趣旨のことを、司馬遼太郎氏も作中に書いていらっしゃいました(作品名は失念していますが、「竜馬が行く」だったと思います)。
一度はそう言えるかも知れませんが、万一二度目があれば(あってはならないけど)、日本人一人ひとりの責任が問われるでしょう。

「祖国」ではなく「国家」と個人の関係ですが、もし国家により非人道的行為がなされる場合、個人としてとる立場について、音楽家の平沢進さんが、イラク戦争に際して表明した意見に賛同しているので、紹介させていただきます(クラシックから一気に俗っぽくなりテクノですけど)。

>国家は利害で動きます。自分の属する国家が結果として殺戮を容認する姿勢を見せようと、国民の一人として私は、「それには同意しない」と、今ここに反戦の意思を表明します。

http://plaza.rakuten.co.jp/1000nenmusi/
1|2
Powered by teacup.ブログ “AutoPage”