ここに来て、大手製造業の業績が良く、経済の復調が新聞紙上やテレビで伝えるようになってきた。
では、この大手製造業は売り手なのか買い手なのかが気になる。
例えば自動車業界では簡単な構造ではない。自動車製造業者の周りに多数の部品供給企業があり、傘下の販売店を通じて消費者に販売される。自動車が出来上がってからは単純な流通経路を辿って消費者に届くが、自動車が完成する前が多くの企業が関わっている。ここでの売り買いが収益の源となっている。
勿論、消費者への提示価格は他企業の自動車価格との競争の中で決定される。
消費者から見たとき、自動車製造企業は売り手で、利用者が買い手になる。しかし、多くの企業が関わる自動車完成までの部品供給では、供給者が売り手で自動車製造企業が買い手となる。
ここで示した売り手と買い手は平等な立場にいるのか、いないのか、明確ではない。国内・海外の自動車価格は消費市場で自由な競争を行い、消費者がどれを選ぶかは消費者の意思で決められる。ここでは、売り手と買い手はある範囲内(注)で自由に取引することになる。
(注)ある範囲内・・デザインも価格も製造企業が決めたもので、その範囲内でしか選べないし、消費者が買わざるを得ないという社会条件も存在しているため、全く自由に取引しているとは限らない。
しかし、
部品供給企業が下請企業と呼ばれる場合が多いのは何故なのか。対等であるなら決してこのような言い方はされないであろう。
ところで、神戸大学の真鍋誠司・延岡健太郎両教授は『トヨタにおけるネットワーク信頼の構築:組織間学習の仕組み』の中で、「トヨタはサプライヤとの長い歴史の中で、グループ全体をカバーする様々な知識創造・学習活動の仕組みを培ってきた」とし、この学習システムは「(1)協豊会、(2)生産調査部、(3)自主研、(4)従業員の移動(出向と派遣)である」と示している。
この「事例分析の対象は、トヨタとトヨタに部品を供給しているサプライヤからなるネットワークである。トヨタの世界的な競争力の源泉として、ネットワーク・レベルでの信頼関係と学習システムが重要な役割を持っている」(要旨から)としている。
この研究成果から学ぶことは多い。特に、中間取引や内部取引という経営学の課題が基に入り込んでいる。そして、この研究から、部品供給の多くの中小企業とトヨタ本体とのつながりや係わりが染み出している。
朝日新聞(8月31日付け朝刊)の経済気象台の欄に「製造業と格差拡大」という記事が載った。「
製造業と下請け企業という二重構造の問題は我が国における格差の原点である」と。
そして、この続きを全文掲載する。
「
各メーカーは円高の時にもバブル崩壊後の立て直しの際にも、危機に直面するたびに真っ先に下請け企業にしわを寄せてきた。今でも収益確保策として、毎年一定の請負単価カットをノルマ化しているメーカーすらある。史上最高益を上げようが、発注条件の修復はほとんどない。結果として、格差はかつてないほどに拡大している。
企業格付けや敵対的買収への備えということもあり、各企業の経営者は業績を更に拡大し、配当を増やし株価を上げようと考えている。そのためにはコスト抑制は至上命題ということだろう。トップがそうなら、現場で采配を振るう管理職が下請け企業を顧みるはずがない。また、かつては下請け企業の組合員を守ることを自負していたメーカーの労働組合も変わった。自分が受け取る賞与が純然たる業績比例となったのである。自社の業績のために下請け企業への支払いを抑えよう、と思っている。
メーカーと下請け企業とは買い手と売り手、本来なら立場は対等のはずだが、わが国においては多くの場合、メーカーが圧倒的に優位、下請け企業は使ってもらっているという関係で、公正な取引条件など存在しない。
各メーカーが我が世の春をうたい、その従業員が高給をほしいままにしているその時に、基盤を担っているともいえる下請け企業は劣悪な作業環境、労働条件のもとで従業員を働かせ、それでもまともな利益も出せない。両者の格差がここまで拡大すると従業員の意欲の問題、雇用定着の問題、採用問題などを通して下請け企業の質は必ずや悪化し、つけとなって様々な形でメーカー自身に返ってくるだろう。労働災害、設備事故、生産障害、品質トラブル……。メーカー、下請け企業どちらにとっても放置できない深刻な問題となっている」と解説している。
この新聞記事が下請け企業の実態である。論文における経営事例研究では触れられない下請企業の心のつぶやき・痛みは論理に入り込まない。親企業と下請け企業との信頼関係という陰で、“嫌だったら関係を切ってもいいよ”と言われる不安は経営学の論理には入り込まない。
一企業内ではないグループ(企業の親子関係)内の学習システムは、トヨタイズムが上から下まで貫徹している、言い換えれば、思想統制が一貫しているシステムと私には映る。
「カルト資本主義」の典型である奥田硯氏の物の見方は、トヨタとそのグループを支配している。売上・収益の拡大は、一方で政府施策(円安誘導と法人税削減)と他方でグループ内思想統制による文句を言わせない労働条件と経費削減を基礎としている。
ところが、経営学では売上・収益の拡大の源泉はどこにあるかを追求している。「トヨタの世界的な競争力の源泉として、ネットワーク・レベルでの信頼関係と学習システムが重要な役割を持っている」という実態に迫っている。
私達は“○○自動車の収益が拡大している”というニュース・新聞記事を見たとき、経営書等での“○×電気の分析”を読んだとき、ただ、すごいなという印象を表現して終わることが多い。
“○○自動車や○×電気はさすがに経営者が違う”
“△○石油は仕入先への投資上手い”
“××銀行は優良個人をターゲットにしている”
“△×コンピューターは技術力に優れている”
単純にそこで終わりにしてはいけないと私は考える。その企業やグループの中で働いている人達がどのような状態にあるのかを予測しなければならない。
その企業が経営者と株主だけに配慮されているのではないかとか、その企業は社員と子会社や孫会社をイジメることによって、収益を上げているのではないか、という疑問が出てくる。
新聞記事、週刊誌、月刊誌、経営書に書かれた内容をそのまま受けいれる庶民ではなく、批判的にそして様々な角度から見られる庶民になるための人間関係を広げなければならない。
その一つがブログである。このブログを続けてもう直ぐ5ヶ月になる。係わったブログとの
関係性がなかったら、ここまで続けられなかったと思うし、ここまで怒りも持続しなかったように感じる。言うまでもなく、この
関係性の中心に私の愛妻がいて、係わるブログを一緒に読みながら議論し、女房の仕事場のグチも聞くようにしている。

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