(副題:食糧問題との係わり)
(上)は横峰さくらパパの「食育」講演から子どもへの添加物のない安全な食料の追求を見てきた。これを受けて、安全な食料生産としての農業・漁業のあり方や消費の考え方を見ていく。
「何言いたいの?朝日記事『市場生かし食糧安保』」(ブログ「関係性」9月21日付け)に入ってきたコメントを先ず整理(一部編集)する。
harayosi-2:そのことについて、朝日新聞から回答がありましたか?
今日の夕刊でも、介護保険のことで大きな記事がありました、このことが決められるまでに、しかるべき報道があったのでしょうか?
残念ながら、ありませんでした。
朝日新聞は、もはや、そうしたものとして理解すべきなのではないでしょうか、朝日に限らずほとんどがそうですが。
個々の事例で、一つひとつ批判すべきであるとは思いますが、押しなべて、もうマスメディアはダメじゃないでしょうか。
(harayosi-2さんのブログ「医療制度改革批判と社会保障と憲法」
http://blog.goo.ne.jp/harayosi-2)
morichan:harayosi-2さん おはようございます。
コメント有難うございます。
私自身、「食糧問題と輸出入」のあるべき姿がどうあるべきか、未だに明確になっていません。しかし、基本的スタンスは、あらゆる側面で「経済格差」が進む施策には反対であると言うことです。
貿易問題でも、廉価な農・水産物の輸出によって、その国の農・漁民が一方で悲惨な経済状態に入り込み、もう一方で将来性のない環境破壊を受け入れることが背後に隠されています。
以上を前提に、様々なマスメディアから深く考えるヒントをもらおうとしているときに、朝日新聞の実態と論理が一切関係性がない記事が平然と併記されていることにびっくりした訳です。
harayosi-2さんの言う「マスメディアはダメ」は、私も認識しています。それは間違いありません。
しかし、このくだらないウソを垂れ流すマスメディアから、裏読みをすることもできます。政府統計資料からもそうです。
私にとって最も大事な情報は、社内情報、取引先情報、朝日新聞、日経新聞、アカハタ、そして、ブログ間情報交換です。この総体の中から、少しでも真実が掴めたらと思っています。
今回の朝日の記事は、裏読みさえできない、何人かの学者を登場させて権威付けを施しただけの内容でした。
ゲゲゲのイチロー:こんばんわ
なにか新聞の存在価値が変わってしまいましたね。昔は(わたしが存たころ)電話一本あれば原稿書けるんだとブンヤさんは豪語していましたが。
ネット社会になって読者のほうがより知識が豊富になってきたのでそんなノンキなこと言えなくなってきました。でも新聞社もご多分にもれず、合理化で若い記者は大変みたいです(一人何役もこなして)。昔、この分野ならまかせというようなオーソリティライターは過去の人です。(以前はどこの社にもいましたが)
(ゲゲゲのイチローさんのブログ「石橋を叩いても渡らないかも?」
http://middlers.seesaa.net/)
千年虫:十分な精査をできるかどうか?
この記事を書いた方々は、現場に対する皮膚感覚を喪失しているようですから。
というより、食べ物も自分も生き物だということを、自覚できなくなってるようです。加工場を取材する前に、自分の食べる野菜を自分で作ってみる、できればそれを青空市で売る、ということをしてみないと。
名前を覚えていないのですが、鮭の切り身が網にかかっていたり、キュウリが一本ずつ地面から生えている合成写真を作っているアーティストがいて、その写真を現実と錯覚してしまうという、自然に対する感性のあやふやさを自覚してもらうのが趣旨らしいのですが……心中主義の方々は、ヴァーチャルを頭から信じてしまいそうですね。学者のお墨付きが付けてあれば。
(千年虫さんのブログ「ゆうれい・くらやみ通信」
http://plaza.rakuten.co.jp/1000nenmusi/)
千年虫:食料需給の安定策を考えるうえでの基本姿勢、ゲゲゲのイチローさんのとこを訪問したら書いてありました。引用させていただきます。
>先日、ラジオでイヌイット(カナダ北部に住む先住民族)の暮らしを研究されている国立民族学博物館の岸上伸啓教授のお話を聞きました。彼らの生計は自然界で捕れる魚や海獣が主で、優れた猟師と、そうでない猟師がいたとしても、獲物は帰りを待っている家族たちに富める猟師が平等に分け与えるのだそうです。与える猟師になんら優越感のようなものはなく、与えてもらう側の猟師たちもそのことを気にせず、自然に共同生活が成り立っているのだそうです。
これをワールドワイドに適用することでしょう。欲張らなければ可能と思います。
ゲゲゲのイチロー:あらためてこんばんわ
きのうもわたしのコメント、本筋を外してしまいました。出社前の流し読みはもう、止めないといけませんね。ホトケのmorichanさんの顔も三度までといいますから。
いま帰宅してまじめに読んでいます。
わたしのような食料問題オンチでも、スーパーへ買い物にいって、年から年中大量の一次生産の食物が安価で購入できる不思議さをなんとなく感じていましたが、それらが海外の安い労働力と乱獲によってなされている現実を、わたし同様買い物カゴをぶらさげたオバチャンたちは知っているのでしょうか。(知らないのはわたしだけだったりして)
わたしは自由経済のシステムとか論理はまるっきりわかりませんが、豊漁、豊作でブルドーザーを使って収穫物を踏みつぶしていくニュースを見る度に、同じ時に世界の飢える人たちの現状が、どうしても頭の中でうまく整理出来ないのです。ましてそういう国が日本への供給国の一端だったりしたら、よけい悩みこんでしまいます。欧米のサブリメント(ダイエットの)を飲みながら飽食しているニュースなんか見ると経済の前にヒューマニティではないのかと思ったりします。また脱線してしまいました。
もうやめます。おやすみなさい。
morichan:ゲゲゲのイチローさん
二度のコメント有難う御座います。
流し読み、斜め読み、裏読み、全てOKです。harayosi-2さんにも書きましたが、「私にとって最も大事な情報は、社内情報、取引先情報、朝日新聞、日経新聞、アカハタ、そして、ブログ間情報交換です」と。
特に最近は、ブログ間情報交換は重要なファクターで、正面切って読まれるより、流し読み、斜め読み、裏読みの中に、新味を感じ、次の課題を頂ける場合もあると思います。
それにしても足で稼いだ記事が少ないし、例えあったとしても、折角足で稼いだ実態と係わりのないまとめを上司が書けば全てオジャンです。
公務員もそうですが、人材募集を20代、30代、40代、50代から均等に採用すれば、社内の内部組織も変わり、外部との係わりも大きく変化すると思います。
なるほど!と感じる記事に会いたいです。
morichan:千年虫さん
何時もお世話になっています。
「記事を書いた方々は、現場に対する皮膚感覚を喪失しているようですから」は読んだ記事から実感できます。読者を甘く見過ぎだと思います。魅力の無い新聞はNHK同様に、捨てられることを知るべきです。
少なくても、スーパーの売場とその棚の使い方、そして産地を普段から見ていれば、見えて来るものがあります。
そして同時に、「食べ物も自分も生き物だということを、自覚できなくなってる」という指摘は当たっていると思います。
単に金を払う消費者であることから脱して、「イヌイット」風の物の見方をしないと、貿易が食物の取り合いに帰着してしまいます。
朝日の記事から学べませんでしたが、皆さんからのコメントによって、少しずつ「食糧問題と輸出入」を深めるチャンスにしていきたいと思います。
以上のコメントは朝日新聞の記事の取り方・書き方への批判から始まり、消費者意識や食糧問題としての捉え方に移っていった。そして、面白いことに、このコメントのやり取りによって、食糧問題とどのように係わるかの主体的姿を見ることができる。
それに対して、新聞記事から読み取れる内容の薄っぺらなこと。新聞社もしくは新聞記者の思想が食糧問題への洞察として見えてこない。新聞記事だけと
関係性を深めていたら、先の予測もできない暗闇の世界であっただろう。
(つづく)

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