新聞に載らない教え子S君(52歳)の葬式の電話が入った。大学で自然哲学を学びたいと言っていた。
私の学生アルバイト時代の短期間の教え子の一人である。この仲間10数人に教えた時代(35年前)が急激に蘇ってきた。私自身、将来をどのように生きようかと迷っていた時期であったが、S君は高校生にもかかわらず、本を色々読み、議論して自分の進む道をしっかり押さえていたのだ。
葬儀はごった返していた。それだけ人間関係の広さを匂わしていた。そこに集まっていた人たちと話す時間も余りないままに私は帰ってきた。
そして、先週の土曜日、S君の仲間にお墓参りに誘われ、その帰りの偲ぶ会でS君のその後の生活や生き方を聞く機会を得た。ここで彼と係わってきた人たち12人との関係性が芽生えてきた。
S君を知り直すことは、彼と長期につながってきた仲間たちの今と係わりを深めることしかない。
私は生きんがためにガムシャラに人を跳ね除け、競争社会に生き残ってきたと思ってきた。そのためか、私には高校時代の友人は殆どいない。人に頼ることも頼られることもしてこなかったという自負心があった。
ところが、この偲ぶ会に来て、教え子何人かを含めて高校時代の仲間たちのつながりの深さに驚き、私に持ち合わせない世界がここにあった。互いに頼り頼られる関係を長期に持続させてきたのだ。まさに、私にはカルチャーショックであった。私の競争社会でのビジネスは何であったのか。自分の利益と他人の損失が同居するビジネスは私や家族を幸せにしてきたのだろうか。そのような疑問を持たせる集まりであった。
S君は学校の事務職員で、
「憲法改悪反対」や
「教育基本法改悪反対」でいつも熱っぽく語っていたそうだ。それを真面目に聞き、生き方も語り合っていた仲間たちがここに集まっていたのだ。
参加者の中で他の仲間とは異質な2人がいた。
その一人が今は私立高校の教員(私と同年輩)で、この仲間の中学時代の何人かを塾で教えていた。この教師もS君つながりで仲間と係わっていたし、様々な相談事を長期間受け容れてきたようだ。この先生もこの集まりに大きな影響を与えていたようだ。
もう一人が、S君と付き合っていた彼女であった。S君は4人の子どもを持っていたが離婚し、その後の寂しさも分かち合う仲間として新しい彼女ができたそうだ。この彼女はS君と結婚の約束もできていた。彼が倒れた日に彼女に電話を入れる約束だったが彼女は受けることができなかった。2人の旅行写真からも仲の良さを感じさせる。彼の率直さや真面目さと真正面から向き合っていただけに、死の直前の彼を知るのに生き証人と会えた気持ちにさせてくれた。彼女の話からおしゃべりの彼を思い出した。同時に、彼に良い相手がいてホッとしたが、残された彼女の気持ちは・・。
このような古くからの仲間も新たな仲間も、そして点でしかつながりのない私も受け容れる偲ぶ会であった。なんとも魅力あるネットワークを体感した。
公務員等の安定的生活をしている者、バブル崩壊以後の倒産やリストラを40代で体験し先行き不安を抱えた者。この人たちが過去の想い出だけでいつまでも酒を飲み続けることはできない。S君のしたかったことを自分たちの生き様に乗せ、このネットワークが新たな段階に踏み出すとき、より一層のつながりの深さを実現し、新たな仲間を受け容れていくと予感させる。
生きることの大変さを分かち合い、助け合い、政治・経済・環境を語り、恋愛をし、心の底から笑いあう。そんな新しいネットワークに私も
関係性を持ち、新たな生き方を学んでいきたい。