2018/7/18

癌細胞は39度で死滅する・・・実践編  自転車/マラソン
■ 癌細胞を撲滅する?! ■

癌細胞は39度の体温で撲滅される・・・らしい。それなら真夏のロングライドこそ癌細胞撲滅に最適なスポーツでは無いか?

単に、確実に熱中症になるであろう真夏のデスライドを自分の中で正当化する言い訳に過ぎません。私の体内に生長する可能性の有るガンがあるかも分かりません・・・。ただ、なんとなく台所の布巾を漂白剤で消毒する様な、体の中がいつもよりキレイになったイメージを作るのは健康に良いハズ。

前日は娘のアパートで大いに食べて飲んだので、本日も熱中症になる可能性が高い。さらに、娘も途中までライドにつき合わせようとして失敗し、何だかんだと出発が10時近くになってしまいました。一番暑い時間帯です。本日の南房総地方の最高気温予測は32度。湿度は88%になるらしい。これは蒸し暑い。

浦安に向けて帰る道を選択するか、海沿いを館山まで南下する道を選択するか・・・この気温と日差しでは、炎天下のヒルクライムはパスしたい。そこで、海沿いの館山方面を選択します。7月なので海水温はまだ低い。海を渡って来る風は、いくらか涼しいと予想しました。

鴨川市街を離れて太海に行く途中、県道からは「松島」が見えます。鴨川の景勝地の一つですが、海水温が低いので海上はかすかにモヤが掛かっています。
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■ 大潮の干潮で岩場の潮が引いていた ■

夏場は強い南風に悩まされる海沿いの道ですが、本日は風はやや向かい風程度。少し踏めば時速30km/hを維持出来ます。ただ、体温上昇とトレードオフ。道が海沿いを離れる千倉の街中走行では、かなりやる気が無いモードに・・・。

どうにか道の駅の潮風王国に到着します。何人かの自転車乗りさんがいらっしゃいましたが、皆さん「今日は暑過ぎますね」が挨拶代わり。

潮風に鯉昇りが泳いでいましたが、良く観たら「クジラ昇り」でした。南房総の和田は日本に5か所ある近海捕鯨が許された港の一つです。大型(体長12〜13m)の歯クジラであるツチクジラを捕まえます。当然、捕鯨頭数は決められていて和田の年間捕鯨頭数は26頭。関東では唯一の捕鯨基地ですが、他は網走、函館、鮎川、太地です。
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丁度大潮の干潮と重なったので、普段よりも岩場が沖合まで海面から出ていました。MTB用のビンディングシューズなので、注意すれば岩場も歩けます。

南房総の海岸線は海底堆積層の泥岩が層を成す地層。三浦層群と呼ばれ三浦半島と同じ地層です。地層の多くは斜行しており、海底の地層が強い圧力で陸地に押し上げられた事が伺えます。
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潮が引いた後にはタイトプール(潮溜り)が沢山出来ています。海草の影に、沢山のカニや小魚が隠れていました。
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道の駅「潮風王国」は海鮮丼や海鮮BBQで有名ですが、私は小さな地元の定食屋に入るのが好きです。店の方と色々とお話が出来るから。本日は千倉大橋の近くにある地魚料理の店の「いちまる」さんに伺いました。
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ご夫婦二人で営まれている小さなお店ですが、店先や店内に漁具が転がっていて、地元の店という感じが濃厚に漂います。店先に木製の手作りの自転車ラックが設置されていたのがポイント。注文の時に奥さんが氷入りの冷水を一杯出してくれました。汗をかいているから、麦茶より先ずは水の方が良いかなと思ったそうです。こういう気遣いが嬉しい。「いちまる定食」1500円を注文します。地魚の海鮮丼ですが、イナダ、イサキ、しめ鯖、ダルマイカ、アジ、ソウダガツオが酢飯の上に載っています。厚めの切り方で食べ応えは充分。ネタがあまり冷えていませんが、その方が魚の脂のうま味がしっかりと味わえます。

「あ、始まった」と言って奥さんがTVのチャンネルを高校野球の千葉県大会に切り替えました。そこからご主人も交えて一しきり、千葉県の高校野球の名門高の思い出話に花が咲きます。
地方では高校野球の県大会の方が甲子園の本戦よりも人気が在る様です。本戦はそれこそワールドカップの様な外国の出来事みないな感じなのでしょう。

何年か前に21世紀枠で地元の安房高校が甲子園に出場しましたが、ご夫婦で甲子園まで応援に行かれたとか。安房高校は県立の地域一番高。文武両道で有名ですが、最近では子供の減少と、私立に押されて、文武とものかつての栄光は色あせているとか・・・。木更津地区の私立高校は、館山や鴨川、勝浦など南房総地域にスクールバスを巡行させ、優秀な生徒を広範囲にかき集めているそうです。その煽りを地元の公立高校が受ける。南房総地域の若年人口の減少は著しく、地域の高校も統廃合が進んでいる。1学年2クラスを維持出来ずに4校が2校に統合される状況。

地方でのサービスの広域化は教育ビジネスに限った事では有りません。大病院も患者数確保の為の専用のバスを運行し、広域から患者を集めなければ経営が成り立ちません。

昔は県内に館山、勝浦、銚子と3校あった水産高校も今は無くなったそうです。「漁師の成り手が居ない・・・。」そう、ご主人が寂しそうに語られていましたが、さすがに昔、漁師に成りたての頃の武勇伝を語られる時には生き生きしてらっしゃいました。1時間程、楽しくお話をさせて頂いて、店を後にします。

■ 大和朝廷と繋がりの深い安房地方 ■

店を出るとムワァーとした暑さが押し寄せて来ます。一瞬、千倉から電車で帰ろうかと来た道を戻り始めましたが・・・本日の目的を達成する為には心を鬼にして館山方面に向かいます。本日のメインの目的は体温を39度まで上げる事では無く、「千葉の古代史」の痕跡を訪ねる事。

実は安房地域は大和朝廷が東方に勢力を伸ばす時代に拠点とした地域の一つです。 7世紀ごろ、国家から見て重要な神社を維持するため、租税を提供するように特別に神社の神域が全国に8箇所制定されます。「香取神社(下総国香取郡)」「鹿島神宮(常陸国鹿島郡)」「伊勢神宮(伊勢国多気・度会郡)」「日前・国懸神社(紀伊国名草郡)」「出雲大社(出雲国意宇)」「宗像大社(筑前国宗像郡)」「安房神社(安房国安房郡)」です。

香取神宮、鹿島神宮は当時未開の地であり、蝦夷が支配する東国に大和朝廷が勢力を伸ばす最前線基地でした。一方、安房は朝廷に海産物、特に干しアワビを供給する重要拠点だったと言われています。「アワビ→安房」との説も在ります。

それを遡る4世紀〜5世紀の祭祀遺跡が南房総市白浜町に在ります。小滝涼源寺遺跡です。「涼源寺」というのは寺の名前では無く、土地の名称で、現在は海に近い畑の中から古代の祭具が17点も纏まって発掘されています。これは館山平野に祭具遺跡が広がって行く時代より一世紀程古く、大和朝廷の影響力が房総半島南部に最初に届いた時代の痕跡だと考えられています。

この時代、大和朝廷は回路で東国へ進出していたであろう事は、ヤマトタケルの伝承でも伺う事が出来ます。千葉県には木更津(きさらづ)や君津(きみつ)という地名が有ります。これは大和尊(ヤマトタケル)が東京湾を船で渡る際に嵐に遭い、あわや難破かという時に妻である弟橘媛(オトタチバナノヒメ)が海に身を投じて嵐を沈めた時に姫が読んだ「さねかし 相模(さがむ)の小野に 燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて 問ひし君はも」(相模の原の火の中で私を気遣ってくれたあなたを忘れない)という歌への返歌、「君さらず 袖しが浦に 立つ波のその面影を みるぞ悲しき」(波間に消えてしまった君の面影を思い出して悲しい)に由来します。

「君さらず」が変じて「きさらず(木更津)」「きみつ(君津)」、「袖がし浦」が変じて「そでがうら(袖ヶ浦)」という地名に成ったと伝わります。小学校の鹿野山の林間学校に行く車中でガイドさんが教えてくれた話ですが、ロマンティックで11歳の私の心を鷲掴みにしました。(オタクは基本的にロマンティストです)

この様に4世紀から5世紀の大和朝廷と房総半島の繋がりを証明するのが、「小滝涼源寺遺跡」で、一度は来てみたかった。「小滝涼源寺遺跡」は「涼源寺の滝」の近くの畑の中に有ると言う。そこで、滝を捜して国道を南下すると、「不動滝」という看板に行き当たります。何だか名前が違うけれども、「南房総最大の落差」とか、「パワースポット」という言葉に惹かれて、取り合えず行ってみる事に。

定食屋の駐車場の看板の横から登る道は・・・これ畦道じゃん・・・。そこをロードバイクを押して登ります。
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途中、畑の中に突然、岩が露出しています。「オオオー!!これ見たかったんです」と心で叫びます。実はこの岩、過去の大地震の痕跡なんです。館山を中心とする房総半島南部は関東の巨大地震の度に隆起して来ました。関東大震災での隆起は2m程ですが、元禄地震では6m、。この隆起によって元禄地震で海岸線が500m沖合に移動し、関東大震災で100m移動している場所もあります。

これらの隆起は、地形的には「海岸段丘」を形成します。上の畑の中の段丘は、数十m離れて次の段丘が現れる事から、巨大地震の周期が従来考えられえていたよりも短い事が近年明らかになっています。
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畑の畔道をしばらく進むと、唐突に滝が現れます。南房総地域一の落差の滝だそうですが、水量はあまり多くはありません。実はこの滝、滝の上は農業用水の様です。この滝が流れ落ちる崖は、かつての海食崖。海食崖とは波によって陸地が削られて出来た崖で、崖の下部が侵食されると、上部が風化によって崩落し、だんだんと火曜サスペンスの様な断崖絶壁が形成されます。この崖の上部はgoogleマップの航空写真で見ると自然林の様です。水源は窯業用のため池(房総では「堰」と呼ぶ)だそうです。

実は房総半島の滝には「本物の滝」と「ナンチャッテ滝」が存在します。本物の滝は、自然の川の流れによって作られた滝。「ナンチャンテ滝」は、人口の農業用水が急斜面や崖から川などに流れ落ちる滝。

養老川周辺には「ナンチャッテ滝」が多い。養老川は比較的平坦な地形に川が侵食によって深い谷を形成しています。谷の上は普通に畑だったりします。その畑を流れて来た人口的な農業用水が養老川に流れ込む時に滝になる。「幻の滝」などというのは、農業用水が流れている時にだけ現れる「ナンチャッテ滝」だったりするのです。

一方、この不動滝は古くから信仰の対象になっているらしく、滝の横には不動様を祀ったらしい洞穴が有り、下流にも祠や地蔵が祀られています。上流にため池(堰)が有るとは言え、天然の川と天然の滝だと思われます。今回は流量が少なく迫力に欠けましたが、水量が多い時には、なかなかの名瀑だとネットには書かれています。滝上部が二股に分かれて、3段になって流れ落ちる独特な形状も魅力だとか。
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■ 千葉県唯一の鍾乳洞「白浜鍾乳洞」 ■

「不動の滝」は目的の「小滝涼源寺の滝」では無かったので、国道をさらに進み、次の農業用水に沿った道を上流に進んでみます。すると、畑の生垣に半ば埋もれて「白浜鍾乳洞」の白い案内が現れました。これです。「小滝涼源寺の滝」のすぐ横に、千葉県で唯一の鍾乳洞があるとネットに書かれていました。
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畑の脇の小道を進むと、先ほどの不動の滝より小さな滝が、半ば藪に覆われて現れました。これが「小滝涼源寺の滝」です。・・・ちょっと微妙かも・・・。
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「房総の寂名瀑」って何だよ・・・「寂しい」って自分で言っちゃってるよ・・・。
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滝のすぐ横に「白浜鍾乳洞」が在ります。千葉県で唯一の鍾乳洞です。
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普通、鍾乳洞は海底で形成されたカルシウムで出来た石灰岩層を雨水に含まれた二酸化炭素が溶かす事で形成されます。東京でも奥多摩の日原鍾乳洞は秩父古生層という石灰岩層に形成されています。

しかし、房総のこの一帯は泥岩の地層です。では何故鍾乳洞があるのでしょう。それは海蝕によって泥岩に穿たれた洞窟に、その上層の貝化石の層で溶かされた炭酸カルシウムが浸透して来るからです。海蝕洞窟の天井から滴り落ちる水滴の中のカルシウムが析出して、鍾乳石を形成しているのです。

幅1.8m、奥行き5m程の小さな鍾乳洞は2重のフェンスで立ち入る事は出来ません。穴の中は暗くて、鍾乳石を確認する事も出来ませんでした。・
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「小滝涼源寺遺跡」の痕跡は見つかりませんでした。元々畑だったとここが畑に戻ったのえでしょう。ちょっと残念ですが、少しだけ古代に思いを馳せます。


真夏のデスライドで癌細胞を駆逐するシリーズですが、長くなってしまったので、第三部は今夜にでもアップします。


本日は、房総の地質と古代史を中心にお送りしました。
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