フルマラソン4時間切りの目標もクリアできて出来過ぎの感のある北海道マラソン初挑戦だったが、腕時計のラップタイムのメモリーを冷静に見直してみると、考えていた通りのペース配分は出来ていなかったことがわかった。
僕の作戦は単純で、前半も後半も一定のペースで走る、というもの。1kmを5分40秒で走り続ければ、3時間59分06秒でフルマラソンを走り切れる。それを僕は「時速11kmで走る」という風に表現していた。
北海道マラソンには5km毎に関門が設置されており、決められた閉鎖時間前に通過できないと、その場で競技を中止しなければならない。関門閉鎖のタイミングは5km28分間隔だが、スタート時の混雑を考慮して最初の5kmには4分の猶予が与えられている。と言うわけで、各々の関門閉鎖時間は、5km32分、10km1時間00分、15km1時間28分、20km1時間56分、25km2時間24分、30km2時間52分、35km3時間20分、40km3時間48分(その他に、31.6km3時間00分、33.7km3時間12分、の2箇所の「打ち切りポイント」が設定されていた)。1km5分40秒で走れば5kmを28分33秒で行けるので、最低でもこれくらいのペースで走らないと関門に引っ掛かってしまう。僕の作戦は「全ての関門をギリギリで通過する」という作戦でもあったのだ。
ところが、ラップタイムのメモリーを見てみると、まず、号砲が鳴ってからスタートラインを通過するまでに2分、5kmを29分で通過している(貯金3分)。その後は下りが続いたので、10km54分(貯金6分)、15km1時間19分(貯金9分)と快調に走っている。結局、この貯金のおかげで制限時間内にゴールできたのだが、このペースは自分の思惑通りのものではなかった。前半の下りの疲れが足首にたまり後半ジワジワ効いてくることを予想して、ここはじっくりペースを抑えて走るつもりだったのだ。にも関わらず、5〜15kmは1km5分、時速12kmで走ってしまった。スタート後も自分としては「意外と落ち着いているな」と思っていたのだけど、やはり群集の中で自分もかなりの興奮状態に陥っていたのだろう。真駒内公園のスタート時の気温26.5℃が、主観的にはそれほど暑くなかったのが幸いだった。
15kmを過ぎてからは平坦なコースに入る。20kmの通過タイムが1時間46分30秒(貯金9分30秒)で、制限時間までに10分近い余裕をもって通過したことに自分でも驚いた。15〜20kmは1km5分30秒、27分30秒で走っている。まだ15kmの段階で明らかにペースが落ちているが、これが、下りが終わったせいなのか、気温が更に上がったせいなのか(札幌の気温はこの日一時的に30℃まで上がったらしい)、バテてきたせいなのか、自分ではよくわからない。しかし、ゼッケンナンバーから判断するに、この頃周囲を走っていたランナーは僕よりだいぶ前方でスタートした人たちがほとんどだったので、やはり飛ばし過ぎていたのだろうと思う。
ハーフの通過タイムは1時間53分30秒ほどで、まずまずのタイムなのだが、自分としては疲れを感じ始めていた。今回、給水に関しては、必ず立ち止まって一口、二口飲むことにしていた。前半は水のみ、後半からスポーツドリンク中心。給水ポイントとスポンジポイント(車の洗車に使うような大きなスポンジに水を含ませて提供される)が概ね2.5km毎に交互に設置されていたので給水は5km毎と考えていたが、スポンジポイントでも水を出している箇所があったので、水さえあれば少し飲んで、残りを頭から被っていた。

今回の秘密兵器は黒糖。お菓子として個別包装された黒糖をランニングパンツの小さなポケットに8個突っ込んでいた。これを20kmを過ぎてから、ときどき口の中に放り込んだ。
ところが、22〜25km辺りが異様にキツかった。1km走る度にラップタイムを確認するわけだが、1km6分を超える場合が現れ始め、前半飛ばし過ぎたことを途端に後悔し始めた。僕は1km5分40秒のペースを維持しないとならないのだ。それがまだ半分しか走っていないのに、6分かかっているのである。人生初めてのフルマラソン・豊平川マラソンでも、僕は同じ失敗を犯している。20kmの通過は1時間55分だったが、ハーフを過ぎて急にツラくなり始め、25km過ぎからガクッとペースが落ちたのだ。あぁ、また同じ失敗を繰り返すのか…、と気持ちはどんどん暗くなっていく。
気分的に最悪だったのが24km付近。豊平川マラソンでも北海道マラソンの関門閉鎖時間を気にしながら走っていたのだけど、30km地点で関門閉鎖時間をオーバーしてしまっていた。結局、本番もそこまでか…、と既に諦めモード。ブログに「やっぱりダメでした…」と書くんだな、何て言い訳しようかな、これでNAHAマラソンもなくなったな、そもそも俺にフルマラソンなんて無理だったんだな、いっそのこと早く失格にならないかな、早く楽になりたいな、等々、ネガティブなことばかり考えていた。
25km通過タイムが2時間16分30秒(貯金7分30秒)。20〜25kmは1km6分、30分かかっている。関門閉鎖の間隔が28分なので、5km30分かかると2分貯金が減る計算になるが、貯金がまだ7〜8分もある…。ここで、劇的な変化が起きた。25kmを超えた瞬間に、それまでの超ネガティブ気分がウソのように吹き飛んでしまったのだ。この変化がいったい何だったのか、いまだにわからない。冷静に考えてみると、24km付近の異様なまでのネガティブ気分はまさに「異様」だった。それが、25kmを過ぎた途端に奇麗さっぱり消えてしまった。これを自分としては、20kmから食べ始めた黒糖が効き始めてきたせいではないかと考えている。血糖値が上がって、気分が上向きに変わったのではないか、と。
この辺りでは周りのランナーに次々と抜かれていった。僕はもともと視線を落として走ってしまうクセがあり、それはランニングフォームとしては良くないのだろうけれど、このときはそれが幸いした。キャップを深めに被り、少し俯き気味に走っていると、周りのランナーはあまり視界に入ってこないから、自分の世界に没入して黙々と走ることができるのだ。豊平川マラソンのときは20〜25kmで周りのランナーに置いて行かれたときはかなり焦った気持ちになったが、今回は全く焦ることなく一歩一歩進むことができた。給水ポイントやスポンジポイントが現れる度に、水やスポーツドリンクを飲み、黒糖を1つ食べ、靴紐を縛りなおし(前半に右の靴紐が解けてしまい、その後右足ばっかりしばしば解けた)、大きく腕を振り、左右の脚を前に出し続けた。
今回、北海道マラソンを完走できた理由の1つとして、中盤から後半のコースを何回も走って、周辺の距離間隔が身についていた、ということがあると思う。国際情報高校が見えただけで、ここまで来れば追分通りはすぐだな、とパッとわかる。どこで左折だ〜?なんて思いながら走るのと比べて全く疲労度が違う。
その追分通りには、通常の2.5km毎のポイントにプラスアルファで追加された給水・スポンジポイントがあった。何度か走っていたので、新川にかかっている陸橋は案外キツくないことがわかっていた。普段は当然歩道を走るわけだが、マラソン大会では車道を走れて何となく良い気分。第2折り返し地点も思った通りの位置。給水ポイントで、水を飲み、水を被り、スポーツドリンクを飲んで、元気良く折り返す。
陸橋を再び上り始めると、「○○○○番(歩道に)上がってください」「××××番上がってください」と遅いランナーに(次の関門閉鎖時間に明らかに間に合わないと判断して)競技中止を命じる係員の乗った車が反対車線を降りてくるのとすれ違った。結構な勢いで次々とトドメをさしている。この車から逃げないと。
30kmの通過タイムが2時間46分30秒ほど(貯金5分30秒)。20〜25kmから更にペースが落ちることはなく、25〜30kmも1km6分、5kmを30分で走ることができた。貯金はまた2分減ったので、例の車が僕の5分30秒(約1km?)後まで迫ってきていることがわかる。
30〜35kmの間に2箇所ある「打ち切りポイント」だが、タイム的にはこれが一番苦しいことは、あらかじめ計算して知っていた。これが曲者だと思っていたので、僕の左腕には赤のマジックで「31.6 3'00 33.7 3'12」と大きく書いてあったほどだ(真駒内へ向かう地下鉄の中、少し恥ずかしかった)。31.6km3時間00分の打ち切りポイントは、予想していた場所とわずかに異なっていたが、ここをおよそ3分30秒前に通過。
マラソンは30kmを過ぎてからが本当の勝負、と言われているのだそうだ。何故かと言うと、体内に蓄えられたグリコーゲンや脂肪を30km走った頃に使い果たしてしまうため。これはオリンピックに出るような選手でも同様で、ここからが苦しいらしい。僕が黒糖を舐めつつ走っているのは、エネルギーに変わりやすい糖質を摂るためなのだ。僕が今年参加した(ハーフ)マラソン大会では、給水ポイントで何らかの食品(バナナだとか黒糖だとか)が提供されていることが多かった。しかし、北海道マラソンにはそういうものがない。そのためか、25〜35kmの間には、飲み物やエネルギー補給食を携えて仲間を待っているランニングクラブのメンバーや、特定の誰かを対象とするわけではなく、スポーツドリンクやスイカ、夏蜜柑(?)、一口ゼリー、等をお盆に載せて提供している人たちがたくさんいた。競技規則に照らして言えば、本当は違反なのだろうけど、黙認されているようだった。ただ、僕自身は何となく遠慮して手が出せずにいた。しかし、25〜30kmの間にはプラスアルファのポイントも含めて、給水・スポンジポイントがたくさんあったのだけど、30kmを過ぎると35kmまで給水ポイントはない。これが意外とキツい。
33.7km3時間12分の打ち切りポイントも予想していたのと異なる地点にあった。ここも3分半前に通過。このペースで走っているなら、35km関門も通過できる。ところが、25〜30kmの間に頻繁に水を飲むことに慣れてしまった身体には、この5kmが本当に長く感じられる。
前半までは、ポイント間の2.5kmという距離を非常に短く感じていた。前のポイントを通り過ぎて、ちょっと走ればまたすぐに次のポイントが現れる、という感覚だった。ところが、30kmを過ぎてからは、この間隔が2倍くらいに長く感じられたように思う。なかなか次のポイントが現れてくれない。
今回、黒糖に次ぐ秘密兵器として、前日に買ったミズノの「
セームタオル」があった。ハイテク素材のタオル(ハンカチ?)で、驚くほどの吸水性があるが、握り潰せば吸収した水のほとんどが流れ出てしまうので、再び水を吸収できる状態に戻る。そうやって水を絞らなければベチャベチャなままである。このタオルは本来は、次から次へと流れ出る汗を拭き取ることを目的に開発されたもの。僕はこれをランニングパンツのお尻側のゴムにはさんで走っていた。ただ、汗を拭くのに使ったのは前半の1回くらいだった。
34kmを過ぎた辺りで僕はかなりヘバッていた。もう4kmも水を飲んでいない。しかも、往路の23〜24km地点を走っていたときに、復路の34km地点付近に給水ポイントかスポンジポイントがあったかのように記憶していた(後から考えてみれば、それは32.5kmのスポンジポイントだったのだと思う)。そこまで行けば水がある、と思っていたのに、実際には何もなく、多少気が遠くなった。仕方ないので、セームタオルに含まれていた水を顔面にかけて、額から流れ落ちてきた水を飲んだ。この水、頭にかけた水が背中を伝ってお尻に引っ掛けてあったタオルに染み込んだものである。この際、水なら何でも良かった。この水を飲むしかなかった。
沿道で小さなペットボトルを差し出している小学生の男のコがいた。僕のすぐ前を走っていた男性ランナーがそれを受け取った。身内の人なのかな?と思っていたら、続けて差し出したペットボトルを僕のすぐ後を走っていた女性ランナーが取った。あの少年、ペットボトルを何本も用意して、通り掛かったランナーに振舞っていたのだろうか。
「飲みます?」と声をかけられたので驚いて横を見ると、さっきの女性ランナーが半分ほど飲んだペットボトルを僕の方に差し出している。見るからに辛そうに走っていたのかも知れない。何せハンカチに染み込んだ水を飲んでいたくらいなのだから。有難く頂くことにして、一口飲んで返すべきなのかな?と迷っていたところで、その女性ランナーは沿道の仲間を見つけ、仲間が用意していた何かを摂り始めたので、ペットボトルの中身を全部飲んでしまうことにした。見た目はオレンジジュース風の色合いだったが、いったい何を混ぜて作ったものなのかよくわからないドリンクだった。あれはあれでスペシャルドリンクなんだろうなぁ。このタイミングでこれを飲めなければ、完走できなかったかもしれないと思う。そういう意味では、この女性に助けられた。彼女は濃い緑色のランニングシャツを着ていて、それはあちこちで見かけたユニフォームだったから、札幌の大きなランニングクラブのメンバーではないかと思う。
腕時計のラップタイムのメモリー機能が30周までなので、この後の記録はよくわからないのだが、35kmの関門を通過したのは2時間16分30秒ほど(貯金3分30秒)ではないかと思う。苦しいなりに、30〜35kmも1km6分、30分で走っている。新川まで戻れば給水ポイントが待っていることはわかっていた。待ってましたとばかりに、ここで浴びるほど水を飲んだ(と言うか、実際に何杯も浴びた)。今回実感したのは、大規模なマラソン大会を実施するためには、もの凄くたくさんの人手が要る、ということ。主観的には、走っているランナーよりも給水・スポンジポイントにいるボランティアスタッフの方が多いんじゃないかと感じたほど(新聞によると2,500人のボランティアが参加したとのこと)。これらのポイントには、瞳孔が開き切ってるようなランナーが数千人単位で押し寄せてくるわけで(今回の参加ランナーは5,000人弱)、各ポイントの現場は修羅場と化している(スポーツドリンクのテーブルの周辺なんて、スポーツドリンクの匂いが充満している)。これらのボランティアスタッフのおかげで、ランナーは走ることができる。42kmを走るなんてバカな遊びのために、何千人もの人々が裏方で働いてくれているのだ。10km地点辺りから、そのことを実感しながら走っていた。
水とスポーツドリンクを飲んで息を吹き返し、新川沿いを北大方向へ走り出す。後の方から「今日は本当にどうもありがとうございました」みたいなアナウンスが聴こえてくる。おいおいもう店じまいモードに入ってるぞ。最終ランナーが僕のすぐ後にいる、ということだ。
武蔵の前で36km。豊平川マラソンのときも、1週間前に42km走ってみたときも、36km地点で完全に脚が止まってしまった。今回はここで止まらずにまだ前に進むことができて密かにガッツポーズ。ここをこのまま通過できれば、ゴールが見えてくる。これが黒糖パワーか!?
エルムトンネルの出口(入口?)で37km。37.5kmのスポンジポイントでは、もうスポンジがなくなっていた。ボランティアの皆さんが「あれ〜? まだまだ(ランナーが)来るぞ」「もうスポンジないよ」なんて言って右往左往している。ここで500mlのペットボトルの水をゲット。この水が、本来選手向けに提供する予定のものだったのかよくわからない。ボランティアの人たちのために配布されたものではないかとも思う。このペットボトルを片手に、北大農場横を走る。ここ1ヶ月の間にペットボトルを持って走るのには随分慣れた。
例の車がかなり近くにまで迫ってきた。こうなるともう皆、戦々恐々の面持ちで逃げ惑う、といった雰囲気。たぶん、これはこの辺りのお決まりの光景なのだろう。沿道に「逃げろ!」と書いた紙を掲げて立っている若者がいたほど。
例の車、次々とランナーにトドメをさしつつ、ジワジワ近づいてくる。実際は数百メートル離れているのだが、スピーカーが前を向いているため、すぐ後から追い立てられているような気分。何度も振り返っては車との距離を確認し、北大の南端を過ぎたところで意を決してペットボトルの水を頭から被り、本格的に逃走開始。水飲んでる場合じゃない。
植物園、ロイトンを過ぎ、ようやく大通公園へ。腕時計を確認すると、このペースなら最後の40km関門もクリアできそう。追いかけてきた例の車、どうも追い立てるのは石山通りの間までだったようだ(交通規制の関係?)。大通りに入ったところで、最終ランナーがどうしたこうしたとのアナウンスが聴こえたのを最後に、プレッシャーは若干弱まった。車に追いつかれなければいい、というような感覚になってしまっていて、ここ、ちょっと油断してしまった。40km関門までの距離を気にしないまま走っていて、突然視界に飛び込んできた関門を3時間47分10秒くらいのタイムで通過。貯金1分切ってた! 危なかった〜。完全に油断していた。35〜40kmを1km6分6秒、30分30秒で走った計算になる。25km地点からの15kmをよく粘って走ったと思う。ある意味、あの車のおかげ!? 失格になると思わなければ、ここまで頑張れなかったと思う。
40kmを過ぎた途端に歩き始めるランナーがたくさんいた。もう関門はなく、歩いていても全員完走させて貰えるのかもしれない。しかし、僕の今回の目標は、全ての関門を通過し「完走」すること。42kmの全区間を走り切りたかった。また、できれば4時間を切りたいという、もう1つの目標もあった。ここから先も歩くことは全く考えていなかった。
突然名前を呼びかけられたのは、駅前通りに右折しかけていたまさにそんなとき。驚いて沿道を見ると、ボランティアスタッフのTシャツを着た女性が2人立っている。おそらく2人のうち、よりニコニコしていた方の人が(このブログにたびたびコメントを書き込んでくれている)keeさんだったのだろうと思う。ちゃんと手を振って応えられれば良かったのだが、不意だったこともあって中途半端に左手を挙げただけで通り過ぎてしまった。秘密兵器の黒糖について教えてくれたのも彼女だったし、今回の北海道マラソン完走に関しては彼女に負うている部分がかなりある。と言うわけで、いつも応援ありがとうございました。
2人のうちどっちがkeeさんだろう?などと考える間もなく、両脚のフクラハギに突然強烈な張りが訪れた。両脚攣りそう。最後の給水ポイントで、水を飲み、被り、スポーツドリンクを飲み、黒糖を喰らう。黒糖については個数を計算していたわけではないが、最後の1個をこのとき摂ったようだ。最後の力を振り絞って、ラストスパートしてみようかとも思ったが、両脚が攣りそうなのですぐにやめた。ここで脚が攣って歩くこともできなくなり完走できなかったら、泣くに泣けない。
高いビルに囲まれていることもあり、駅前通りは何となく薄暗く感じられた。スタート時の真駒内の日差しは如何にも炎天下の鋭い日差し、20〜35kmではジリジリと焼きつく午後の日差しといった感じだったが、いつの間にか辺りは夕方の佇まい。41kmの表示、あるいは「残り1km」の表示に気付かぬまま通り過ぎて、中島公園入口前の交差点で腕時計を見ると3時間57分。まだあと3分ある。3分あればゴールに飛び込めるのではないか…。

そりゃダッシュするよね。あとどうせ3分しかないのだ。ところが、(想像していた通り)公園に入ってからが長い! 公園内の園路は直線ではないのでゴール地点が見えない。あれがゴールゲートか?と思った構造物は撮影用のクレーンか何か。この辺りがゴール地点だろうと思っていた文学館を過ぎてもまだゴールが見えない。沿道に立っていた人が仲間に向かって叫んだ。「あと1分30秒!」 これが、残りの距離が1分30秒で進める距離だという意味だったのか、4時間まであと1分30秒だという意味だったのか、僕にはわからなかったが、ようやく蒼井、否、青いゲートが見えてきた。文字通り最後の力を振り絞って、3時間59分37秒で何とかゴール。
この最後の3分で本当に全ての力を出し切ってしまったのだと思う。ボーイスカウトの男のコに完走メダルを首にかけて貰い、スポンサーの武田薬品が無料で配っていたアリナミンVを2本も一気飲みし、「ちょっと待てよ、号砲からスタートラインを通過するまでに2分かかっていたのだから、最後ダッシュしなくても、ネットタイムなら4時間を切っていたのではないか」なんてことに気付き、苦笑いしながら、真駒内公園で預けた手荷物を受け取りに歩き出したところで、右のフクラハギが攣った。おさまるまで待って、荷物を受け取り、どこか座れる場所を探していたら、今度は左のフクラハギが攣った。その後、座っていても、両脚のフクラハギが交互に攣るアリサマ。お尻のポケットに入っている(と思っていた)黒糖を取り出そうにも、姿勢を変えられない。座っていて、お尻を浮かそうとすると、太ももの裏側が攣りそう。豊平川マラソンのときも1週間前も、ここまで激しい疲労は残らなかった。フクラハギ攣ったのゴール前でなくて本当に良かった〜。
それにしても周りのランナー元気である。ススキノに繰り出す相談をしている。僕はほぼ1時間はその場から動けなかった(姿勢を変えるのにも一苦労)。公園のランナーの姿がだいぶ減り、ボランティアスタッフたちが後片付けを始めた頃、僕もビッコを引きながら帰路についた。完走記念メダルを家まで首に下げたまま。
こうして考えてみると、今回完走できたのは「結果オーライ」的な結果だったのではないかという気が多分にする。もう1回走ってみて、また完走できるかどうか自信がない。しかし、22〜25kmのツラいところでよく諦めずに粘ったとも思う(僕はもともとツラいことが大嫌いで、すぐに投げ出してしまうタイプ)。ゴールしたときにも爆発的な喜びは感じられなかったが、ゴール後2日経った今も静かな充実感に包まれている。今度は、制限時間を気にしなくても構わないNAHAマラソンを楽しんで走りたいと思う。

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