昨日は節分でした。
朝出社すると、キタンジーニャのカミニャオン(Caminhaoトラックのこと)から豆を撒いているではありませんか。
自分「おーよく知ってるね!ブラジルでもやっていたの?」
Tさん「いやあ、日本に来てから。何て言うの?オニ(鬼)は外、カミ(神)は内?」
自分「福は内だよ。福は幸福の福だ。」
Aさん「ちょっとやってみて。」
ここは日本の伝統文化をしっかりと伝えなければ。腹にチカラを込め声を出し豆まきの儀式を執り行ったのでした。そして何気に豆を食べたそのとき、
「O que ???」(何???)
自分「いや、豆、食べるんよ。こうして。」
ただの豆を食べるのが相当珍しかったようです。
子供の頃父親から、年齢の数だけ食べなければならないということを教わった。なぜなら昔の人はそうして一年の健康を願いました、といううろ覚えの記憶をたどたどしいポルトガル語で伝えたのでした。伝えたと思ったから仕事に入ったさ。
昼食時を過ぎた午後14時頃「お、いくつ食べた?まだそんだけ?」という会話が。もしや、と思う自分。「大豆、こうして食べるの初めてだけど、よくそんなに食べられるよな。日本人は変わってるよまったく。」
「Aさん、何個食べた?」
「もう20個食べたよ。でもまだ半分だ。」
実は朝仕事に入った後、豆撒きの場にいなかった人が来て「年齢分も食べられんよ」と真顔で言うので、「いやあ、子供の時だけだからさあ、食べるのは。小さい頃お父さんに、大人はどうして食べないの?と聞いたら、大人はいいんだ、だってさ」と言ったら安心して戻っていったのでした。
ごめん、Aさん。言うの忘れてた。本当に40個も食べようとするとは思わなかったから...。