「今年は凝ってます〜’08文化祭・ロボット講座〜」
ロボット講座 2006-2008
※こちら(→
http://green.ap.teacup.com/reviewermizuno/884.html)とあわせてお読みください!
毎年11月3日は、勤務校の文化祭です。筆者が担当する「総合・ロボット講座」では、生徒自作のロボットを中心とした展示・実演を行うことになっていて、前日の準備(→
http://green.ap.teacup.com/reviewermizuno/882.html)の成果が試されます。今年はロボットの台数が多いこともあって、様々なトラブルも予想されます。今日は裏方として、教室を定期的に見回ります。
「入り」のほうは今年もなかなかで、お客さんにロボットの操作方法やアトラクションの概略やルールなどを説明したりしながら、自分たちも楽しみながら催し全体を盛り上げてくれていました。
例えば「鬼ごっこ」は、自分で1台のロボットを操作して、壁に当たって向きを変えて走り続ける自律型のロボットと対戦します。自分が操縦するロボットの方が動きが遅く、また操作性も悪く設定されていて、動き回る相手の軌道を読んで先回りしたりよけたりするのが結構難しく、面白かったようです。
「ボウリング」は、ボールをスタートさせる機構に工夫がこらされています。通常ロボットの本体部分を支える柱に使う棒状の部品を斜めにロボットに取り付けてレールのようにし、そのてっぺんにタイヤを取り付けて、ボールを置く支えのようにします。さらには、タイヤにもちょっとした加工がほどこされていて、モーターの動きがボールを指ではじくような動きに変わるようになっています。・・・言葉では説明しにくいですが(汗)
ロボット同士で対戦できる「フェンシング」は今年度初めて出た企画。最初言い出した生徒は、北京オリンピックで銀メダルを獲得した太田雄貴選手にヒントを得たそうです(今年ならでは?)。1班で同じ性能のロボットを2台(以上)作る必要があるので作るのはしんどかったはずですが、1台めを作った生徒が他の生徒を教えたりして完成させていました。毎年同じようなことを言っていますが、彼らが将来企業などに入ったら、そのときは人間のフェンシングの練習相手をしてくれるようなロボットを開発してくれたりするでしょうか?
もちろん「クレーンゲーム」「野球盤」を担当した班も、それぞれに精一杯お客さんをもてなしてくれました。
お客さんの中には、実際に「ロボットコンテスト」と呼ばれるものに出たことのある子もいたらしいですが、彼らの目にはこの催しはどう映ったでしょうか。生徒はロボットを作り始めてまだ半年。ロボットに触れるのは基本的には週1回の授業だけですから、本当に好きでずっとやっている人と比べてしまうと専門知識では及びません。でも、至らぬところはチームワークで補い、時には怒られたりしながらも、とにかく作りきり、無事催しを終えることができたと思います。
そんな中、反省点もあります。
今年はロボット本体のトラブルが例年に比べてとても多かったと思います。昨年度までやっていたレース系の催し(ロボットは基本的に1人1台で、動かす時間も短い)がなくなり、参加型の催しがほとんどを占めたから当然といえば当然ではあるのですが、特に機構が複雑でデリケートなもの、オリジナルの部品を付け加えたものなどは苦戦を強いられていました。上級生が手を貸し、中にはいちどすべて分解してから組み立て直したものもあったようですが、それでも直らなかったものもありました。
・・・でも、「じゃあ、やーめた!」ですべて終わりにしてしまってはいけません。自分が作って自分が動かしたいときだけ動けばいいというのは単なる「遊び」。もとより授業でやっていることですが、特に今回は遊びでなく「催し」なのです。思ったとおりに動かないのなら、簡略化して組み立て直し、とにかく動かすといった臨機応変の対応も求められます。そして、その原因を分析し、次に生かして欲しいのです。
実は、ちょうど最近見たテレビ番組で大学の先生がおっしゃっていた言葉の中に、
***「all or something」
というのがありました。ふつう「all or」と来たら続くのは「nothing」ですが、こうなると「物事には成功と失敗のどちらかしかない」となってしまいます。学術研究というのは失敗の繰り返しであることが当たり前で、もちろんその中に成功と呼べるものが出来たら素晴らしいことなのですが、じゃあその他の失敗には意味がないのかといったらそうではない。失敗の中にも必ず何かがある。その「何か」を積み重ねていくうちに、次は成功するんじゃないかという雰囲気ができてくる、といった内容でした。
今回のメンバーも、これを1つのステップに、もっと難しいことをやってみたいと思ったらその分もっともっと勉強して、残る半年の授業に臨んで欲しいと思います。これも毎年言っていることですが、欲を言うなら、1年の授業がすべて終わり、知識も技能ももっと身につけた状態で、文化祭を迎えさせてやりたいものです。