1月10日(土)から11日(日)にかけ、京都大学で開かれた「高校生と社会人のための現代数学入門講座 新春特別講義」なるものに参加してきました。
1日目は土曜日で、本来なら担当授業があるため、自分から行こうとすれば面倒な準備・手続きも必要で、それもあって普段はこういった講座や研修会に参加することはほぼあきらめてしまっていますが、この日記を「仕事」カテゴリに入れていることから推測できるとおり(苦笑)、今回はこの講義を受けたいという生徒を引率・・・というか現場で待ち受けて見送るぐらいの話ですが(まあ数名ですし)、そういった業務を兼ねてやってきた次第です。
1日目の朝は非常に寒く、地下鉄の駅を降りると雪がかなり激しく降っていたのでタクシーに乗る誘惑に負けてしまいました(汗)・・・まあ積もらなかったのが救いですが。幸い、講義のあった校舎は新しく、暖房も十分かかっていたのでひと安心。東大寺学園の先生との思わぬ出会いもあったりしたあと、講義が始まりました。
講義の内容は、1日目はガロア理論(自体の講義は到底1日では済まないのでその威力)と楕円関数、2日目は非ユークリッド幾何と計算量に関する話題(P=NP問題の紹介など)。1日あたり3時間×2の長丁場です。当方、大学時代の専攻は一応「計算機科学」・・・だったはず(汗)なので、辛うじて馴染みのあるのは最後の講義ぐらいでしたが、生徒が何を感じ取ってくれるだろうかと思いながらノートをとり、お話に耳を傾けました。どの講義も前半に高校から大学の2年目ぐらいまでに習う内容をかけ足で紹介したうえで後半に入る形式で、もちろんすみずみまで理解できたわけではないのですが、概略は頭に入ったと思います。
1日目は天候のせいもあり授業を受け通すだけで精いっぱいでしたが、2日目は比較的天気もよく、昼休みには近くにあるお寺(
百萬遍・知恩寺)にお参りしてみたり、ちょうど行われていた女子駅伝を一瞬ですが見ようかといった心の余裕(?)も出てきました。最後の講義も後半にさしかかる頃になると疲労もピークに達しダウン寸前までいきましたが(1つの授業を2時間程度にして欲しかったです)、いわゆる「数学者」という人種が物事をどのように考え、私のような知識も教養もない専門外の人間には想像することさえできないような新しい定理を発見したり定義をつくったり出来たのか、分かった・・・と言ってはいけませんね、まあそれを理解しようという動機づけにはなったと思います。
さて、この話題を持ち帰り、これからの自分の担当授業の中でも生徒さんたちに伝えていかなくてはなりませんが、私がぜひ伝えたいと感じたことは受けた授業1つ1つの具体的な内容ではなく、(実は前々から言いたかったことでもあるのですが)たった1つのことです。
授業(講義)を受ける際、1つ1つの事項を理解することももちろん大事で、中学校からまあ高2ぐらいまではまあ一種のトレーニングだと思ってそういうところに力を注ぐべきでしょう(入試もありますし・・・)。でも、特に大学に入ってからは教科書の事項1つ1つにはこだわりすぎず、広い視野で授業に臨む姿勢を身につけなくてはならないと思います。自分の大学時代、3年目の授業を担当したある教授が授業の中で言っていたことでもあるのですが、極論すれば
*** どの教科書を見たらそれが載っていて、どの参考書を見たら分かりやすいか
さえ知っておけば、細かい内容は忘れても良いのです。あとあとその内容が本当に必要となったとき、自分の中で作り直せるかどうかが大事なのであり、足りない内容についても、そのままにせず、作り直す手がかりを見つけられるようにせよ、ということです。
・・・でも、それだと、書物さえ読めれば授業を受けたり講演などを聞く必要がないのかということになってしまいます。でも、そんなことはありません。今回私の中で再発見できたのはまさにそのことです。
授業に限らず人の話を聞くときに最も大事なことは、話している人がどんな背景(バックグラウンド)の持ち主なのかを常に頭において、
*** その人が次に何を言いたいか、少しだけ考えながら話を聞くように
したらよいのです。そうすることで、聞き手は話し手に近づくことが出来、本当に良いお話が聞けたら、その人と別れたあと(授業ならそれが終わったあと)も、その人があたかも自分の中にいて、自分に向かって話しかけてくれるようになるのではないでしょうか。具体的な内容などすべて忘れてしまったあと、本当に残っていることが、真の意味で「学んだ」内容だといえます。立場を変えれば、教える内容というのは、それ自体が大事なのではなく、実は何を「学ぶ」べきかを聞き手に伝える題材の1つにすぎないのではないかとも考えさせられます。
今回の講義では、こういったことをほぼ何年ぶりかに自分の中で感じることが出来、有意義な経験をさせてもらったと思います。次またこういう機会があれば、そのときもまた何とか都合をつけて参加できるようにしたいものです。