上機嫌そうに鼻歌を歌いながら、少女は広場への道を歩いていた。
ネオクと呼ばれる、エルガディン人達の住まうこの地方は、痩せた大地と、貴重な資材を効率良く扱う技術の高さで有名な地方だった。
鍛冶職人たちのギルド『グロム・スミス』や、服飾系の職人たちの総本山『テクスエンド』の本拠地があることもあって、職人を希望する若者が多くこの地を訪れる。
少女も広義的にはネオクを本拠地とする者の一人だった。もっとも、彼女の場合はスミスハンマー等ではなくピッケル――採集で生計を立てているのだが。
やがて広場に到着した。エルガディンの国王が住まうには質素すぎる建物を中心に、鍛治、木工、裁縫、料理の生産施設がひしめいている。
銀行員の青年とのやり取りの後、鍛治施設の跡に向かう。が、少女は眉を僅かにひそめて首を傾げた。
いつもならば、鉄を打つ音が聞こえるはずだった。しかし今日はそれが無い。例外でも無い限り、こんな朝早くから鉄を打つのは一人だけで、その一人は間違いなくこの時間には作業を開始しているはずなのに。
疑問を抱き続けながらも少女が金床の側まで歩いていくと、見知った背中があった。少しの安堵を抱きつつ近寄ると、先の疑問の答えが判明した。
いつもならば一心不乱に鉄を打っているはずの彼は、今日に限って何もせずに座り込んでいる。
正確には何もしていない訳ではなく、見たことも無い物体の前で、巻物を必死に読んでいた。首を傾げる様子が多いところを見ると、すんなりと理解出来ている訳では無さそうだった。
「リューくーん。やほー」
少女が声を掛けても反応は無い。返って来るのは疑問の色に染まったうなり声だけ。
「おいおーい。リュー、リューくーん、リュシークってばー!」
声を張り上げても動じる様子は無かった。この集中力は彼の美徳であり、上達を続ける鍛治の腕前を裏付ける才能ではあるのだが、反面、こういった場合においての些細な弱点でもあった。
少女は大きくため息をつくと、半眼で口の端を吊り上げた。まるで悪戯を思いついた子供のようであったが、まさしくその通りで、彼女は背中に背負っていた大きなリュックから魚篭を取り出すと中の新鮮な魚を掴む。
大きな悲鳴がネオク山に木霊した。
「うわっ、ひゃはは、ちょまっ!?」
奇声を上げつつ転げまわっているリュシーク。その光景は酷く滑稽で、少女は笑いをこらえる事が出来なかった。
「はぁ、はぁ……。ったく、何するんだよチャミ!?」
涙目のままリュシークは抗議の声を上げたが、チャミと呼ばれた少女――本名はチャミルと言う――どこ吹く風と言ったように受け流し、対抗するかのように頬を膨らませた。
「だって、気付かなかったのリューだったんだよー。何度も側で呼んだのにさー」
言われてリュシークは首を傾げた。確かに目の前に投げ出された巻物の解読に四苦八苦していたが、呼ばれた記憶は無かった。しかし、集中しているときの入れ込み様は本人も自覚している事であり、これ以上頭ごなしに怒りを表すことは出来なくなってしまった。
「あー、ごめん。まぁ、いつもの奴って事で」
頬を掻くリュシークに、チャミルはため息を吐くしか出来なかった。
「所でそれはなに――あ」
言いかけてチャミルは口を押さえる。自分の犯したミスに気付いたからだった。
リュシークの持つ悪い癖の一つに、話が異様に長いと言うのがあった。比較的興味の無いものに対してもそれなりに長く、強い興味を示しているもの――たとえば鍛治に関する事柄――や、何かを言い聞かせるときには酷く長くなる。この癖はリュシーク自身も気付いておらず、また、チャミルのもっとも苦手とする癖だった。
「ん、なに?」
首を傾げるリュシークの姿に、チャミルは内心で胸を撫で下ろした。
「なんでもない、なんでもないよー。それでさ、今日はお願いがあって来たの」
強引に話が切り替わった事にリュシークは内心いぶかしんだが、こと目の前の少女において良くある事でも有った。
「何? 見ての通り忙しいんだけど、急ぎ?」
「もっちろん!」
言うなりチャミルは背中のリュックを漁り始めた。
「な、なに!?」
突然の行動に驚いたリュシークの顔面に、重い衝撃がはしった。生々しい感触と生臭さに顔をしかめていると、ずり下がるようにぶち当てられた何かが剥がれていく。
「……あのさ、チャミ」
「なーにー? ちょっと待ってて、まだあるから!」
リュックを漁ってこちらを見ようとしないチャミルに、リュシークは一度強く奥歯をかみ締めた後、ため息を吐きながら未だ顔に張り付いて剥がれ落ちきっていない何かを掴んだ。
肉だった。それも、油紙などで包まれてすら居ない生肉。一瞬唖然としたが、チャミルとの間に落ちているシワの入った油紙を見て、疑問は氷解した。
「って、あのなぶほっ!?」
再び顔面への衝撃。それも立て続けだった。今度は油紙に包まれていたものの、どっちにせよ肉の塊をぶつけられれば結構痛い。
「って、こらぁ!! 何で朝から生臭さに包まれなきゃいけないのさ!!」
我慢の限界に達したらしく、リュシークは声を張り上げた。
「んー。別にそんなつもりは無かったんだけど。……たまたま?」
「はあ、もういいよ……。んで、この大量の生肉は何?」
声を張り上げたものの、リュシーク自身、チャミルの突拍子も無い行動には慣れてもいた。目の前の少女は、自己で完結している事を他人に説明しない癖があるのだ。
「うん。焼いて」
「焼いてって……ローストミート? 出来なくは無いけど、こんな大量に?」
見る限り、ヘビ、ライオン、コウモリなどや、巨大な淡水魚まである。種類もさることながら量もそれぞれ多く、ざっと計算するだけでも、一つのパーティが一週間ほど満足できる量だった。
「焼いてー。一杯焼いてー。しこたま焼いてー。どんどん焼いてー」
ダダをこね始めたチャミルに反して、リュシークは動かなかった。
「その前に質問。これは何をしようというの?」
その言葉に、チャミルは待ってましたと言わんがばかりに瞳を輝かせた。
「えっへん! それはね――」

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