おらほのクマは性質悪い話(その3)
「人の命を救った赤ベコたち」
この話は、 「おらほのクマは性質悪い」と主張する「山仕事の親方」の住む「A町」の隣町、「J町」で起こった出来事です。
「高さん」は「J町」にある「漆の木牧野」の「牛まぶり」です。
シーズン中は「監視小屋」に泊まって「牛まぶり」を行っています。
放牧されている牛は、「赤ベコ」と呼ばれてるもので、正しくは「日本短角種」と言う「品種」です。
この「牛のご先祖」たちは、「南部地方」の海辺で作られた「塩」を「内陸地方」に運ぶのが仕事であり、永年の間に「荷役用に改良」されてきた牛です。
それが、いまでは、「荷物を運ぶ役割」から、「食肉用」の牛として「農家」に飼われているのです。ですが、かっての「ご先祖」の血(血統)のせいか「肉質」は「赤身の肉」なのです。
困ったことに、いまの「日本人」は「サシ」の入った「牛肉」が好みです。ちなみに「サシ」というのは「筋肉の間に脂肪が入り込んだ状態の肉」であり「黒毛和牛」に代表される「肉質」と言ってもいいくらいです。
「赤べコ」は、荷役の仕事を行うために「改良」が進められ「体はガッチリ、力が強く、粗食に耐え、忍耐強く」造られた牛なのですから、そう簡単に「筋肉の中に脂肪」など付きません。
そのような遺伝子など全く必要なかったものですから。
その反面、「粗食」に耐える体は「放牧」によって『草』だけで「肉の生産」ができるのです。日本での、他の牛ではこのようなことが出来ません。人間の食べる「穀物」を餌にして「肉」を作っているのです。
ですから、「赤べコ」の「肉」は、「口の中でとろけるようなサシの入った肉」ではなく、「噛めば味の出る赤肉」なのです。
しかし、多くの日本人は「噛めばとろける、サシのタイプの肉」が好きなのです。
このような訳で、あまり儲からない「赤べコ」は、飼育する人も少なくなり、北東北のほんの一部でしか飼育されていません。
でも、放牧に強く、草だけでも「赤味の肉」を生産できる上、「脂肪の多い肉」より「健康」のためにも良いのです。
「わき道にはいってしまいました」。
「高さん」もまた「吉さん」と同様に、古くからの「牛まぶり」です。
「高さん」の「牛の監視」には独自の「やり方」があります。
その方法というのが、「朝の起きがけの牛」を見ることです。ですから、「高さん」は牛と一緒に起きて「牛が朝の草を食い始めている」ところから観察をはじめます。
牛たちは、朝の空腹時ですから、全部の「赤べコ」が「こうべ」を垂れて草を「はんで」います。
もちろん、どの牛が「誰のなんという牛」か、全て分っていますから、「1頭1頭」丁寧に見て回ります。
「目の輝き、涎、腹の膨れ具合、毛のつや、尾の動き、体に漲る活力」、これらの事柄を1頭ごとに確認し記憶します。
今日も、「牛の持ち主」の「じッちゃん、ばァちゃん」たちから、
「おらほの牛は元気だべが」。
と「問い合わせ」の連絡があるはずです。
そんな時にすかさず、
「ユキとナミ(牛の名前です)だば、どっちも草をイッペー食ってだな、子ッコも乳ィイッペエ飲んでだすナ」。
とそれぞれの牛の姿を頭に描きながら、説明してやります。
これを聞いた「じッちゃん、ばァちゃん」は「晩のご飯どき」に
「ヤマの牛ども元気だって連絡があったがら」。
と家族に「報告」します。
それによって「家族そろって何事も無かった」1日の「幸せ」を感じることが出来るのです。
もし「朝になっても起きだせない牛がいれば、即座に、「牛の頭」に「頭絡」を装着して「監視小屋」に連れ帰ります。
監視小屋の隣には病気の牛を保護するための「ウマや」が準備されており、そこに収容します。
その上で「獣医」の往診を依頼します。
朝早く「病気」の牛を見つけ獣医の診察を受けれますから「病気の治り」も良いのです。
長い間、このような「やり方」で「牛まぶり」の仕事を行ってきています。おかげで「死亡事故」の割合も「他に比べて」抜群に低いのです。
「堀さん」がクマの襲われたのは早朝の牛の監視の途中のことでした。
その日は朝から「朝もや」がかかり視界があまり良くない日でした。
牛の群れは、「監視小屋」から歩いて15分くらいのところで草を食べているはずです。
牛の観察も終わり、隣の「牧区(放牧場が幾つかのの区画に分けられて、草の管理が行われている)」の牧草の生育の状況を見てから帰ろうと思いました。
いま、放牧している「牧区」の草もあらかた食べてしまい、新しい草を欲しがっているはずです。
隣の「牧区」に近づいたときです、草むらの窪みから大きなクマが飛び出してきました。
咄嗟の出来事に「高さん」は、手にした杖を武器に「大声」を出しながら抵抗したのですが、杖を持つ利き手の「腕」を「がぶり」と噛まれてしまいました。
倒れかかった「高さん」にクマは「馬乗り」の状態になりました。
「グァーグァー」。
と大きな唸り声で襲い掛かります。
さすがの「高さん」も「駄目か」と思ったそうです。
とそのときです。
「トラ」を先頭に、「ハナ」、「シゲ」など、「雌牛」の軍団が「怒涛」のごとく駆けつけてきました。
「高さん」の手前で牛の群れは立ち止まり、クマに向けて角を振りかざし「ウオー」と威嚇しました。
クマは一瞬ひるみ、「後ずさり」しながら、「高さん」から離れました。
牛の群れはその隙に「高さん」と、母牛の後を追ってきた子牛を中心にして円陣を作りクマに角を向けました。
「高さん」は「助かった」と思いました。
その後は「意識」が薄れ何も分っていませんでした。
この惨状を見つけてくれたのは、「牛」に「味噌球」を持って来た「牛の持ち主」の人々でした。
「畜主」の人々が見つけた時には、クマは立ち去っていました。牛の群れは「高さん」を「イタワル」ように周りに集まっていたのです。
その後、この「赤べコ」たちは「人命救助」の功績で「日本動物愛護の関係団体」から「表彰状」が贈呈されています。
つい数日前に、「J町」の「担当の課長さん」に「表彰状」のことを聞いたのですが、
「しばらくの間『監視小屋』に掲げられていたのですが。今は所在が不明です」。
とのことでした。
「牛は、クマが現れると子牛を取り囲みクマを追い返す習性がありますから。監視の人間も同じ仲間として守ったものでしょ」。
との見解でした。