牧師研修で、旭川六条教会に行ってきました。
今日は遅刻するわけにはいかないので、
万全の態勢で出発。笑
今日出席させていただいたのは、
「聖書に学ぶつどい」です。
毎月第2金曜日の午前10時から開かれています。
今日の聖書の箇所は、
テサロニケの信徒への手紙 一 2章1−12節でした。
文字通り、「聖書に学ぶ」集まりでして、
担当者を決めて、準備をしてこられるんですね。
出席される方も、それぞれに前もって読んで、備えをしておられるのです。
この集りも、始まってから30年ほど続いているそうで、
歴史のある教会の営みのすごさに、感心するばかりです。
ともすれば、教師からの説教や奨励で「一方通行」になりがちな聖書の学びですが、
こうやって、信徒の方々が中心になって準備をされ、
それを共に分かち合うというのは、なかなかできることではありません。
個人の信仰を、「守り育てる」という、教会の営み、
神の家族のぬくもりといいましょうか、
そういう絆を感じました。
聖書を読むというのは、単純に字面を追うということではなくて、
その中から、メッセージを汲み取り、自らの生活の中に反映させるという、
かなり大がかりな深いことですから、
それを丁寧におこなうというのは、大変なことでもありますが、
個人の営みを教会が守り育てるというのは、
お互いにとって、よいひとときとなるに違いありません。
私自身、よく読んで来たつもりでいる聖書箇所でも、
おひとりおひとりのコメントをお聞きする中で、
「ああ、そういう受け取り方があったのか」と、
新鮮な発見がいくつもありました。
最後に西岡牧師がフォローをされるのですが、
いくつも質問が出されたりするので、
普通にメッセージを準備するよりも、
「力量が問われる」ような気がしました。
さすが!と敬服いたしました。
士別教会では、同じような集まりを
青年会の「コイノニア」でおこなっています。
この集りは完全に自主的で、私は加わっておりませんが、
旭川六条教会のように、息長く続いてほしいなと思っています。
